第29話 投降と決意 後編

「街ん中見てくるわ」


「自分も行ってきますね」


「俺は穀物庫と書類とにらめっこ、それに会議。面白い物があったら買って来てー、なんかすんげぇ二人がうらやましい」


 俺達が街に行くと言ったら、ヘイは凄くうらめしそうな顔で言ってきた。


「あぁ、何かあったらな」「高速道路級の物を期待してて下さい」


 二人で同時に言い、俺達はテントから出て行き、門のない防壁を通って街に入ると、やっぱり足下を見てるのか、物の値段が二倍になっていた。


「あ、このペーパーナイフ。高速道路のおみやげ臭がする」


 大飯が手に取った物を見ると鞘が装飾過剰で、抜いて刃を見たら案外切れそうな感じはする。


「それ、ペーパーナイフじゃなくて、子供に持たせるような奴じゃね? 実用性なくても持たせれば満足的な」


「あー……。コレください。それとその訳のわからない感じの彫り物も」


 買うのかよ……。本気だったのかよ……。ってかゴミになるやつばっかりじゃん。


「本気だったのか……」


「圧倒的にセンスのない物を送りつけられる苦行。曖昧な頼み方するのが悪いんですよ」


 大飯は笑顔で言い、お金を払って本当につまらない物を買っている。百問くらいある、クイズ用のへんな奴の方がまだマシなレベルだ。店主も驚いてるじゃないか……。


 そう思っていたら、懐かしい顔を見かけたので大飯に軽く言ってから別行動し、二人の背中を軽く追った。



「おっす、二人とも。久しいな。腕は上がったか?」


 俺は男の方の肩を叩くと、睨まれながら振り向かれた。最初もこんな感じだったな。


「おっさん?」「おっさん……」


 声をかけたのはフィルマとララだ。だが、なにか元気がない。どうしたんだろうか?


「……何があった」


 俺も声に緊張感を戻し、表情から笑顔を消して真面目に聞く状態にする。そして視線を動かすとララの顔に目立つ傷が一本できており、フィルマの右手の指と前腕、二の腕に添え木がしてあり包帯が厚く巻いてあった。


「魔物にやられただけだよ」


「そうか。爪が一本で牙もない。獲物を骨折させるだけで満足のか? よかったな食われなくて」


「う、うん。そ、そうだね」


 ララの歯切れも悪い。絶対に魔物じゃないよな……。


「……相談があるなら今日中に、外のビスマス軍のテントにコレを持って来い。それか落ち着いてからビスマス国のルチルって街にある死者の軍隊って宿だ。一人でどうにかしようとするんじゃねぇぞ。いいな?」


 俺は紙に簡単に名前を書き、ポーチの中から煙草の箱を取り出し、特徴のあるエンブレムの描いてある蓋を膝で半分に割って渡した。


「割符みたいなもんだ。コレで証拠にはなるだろ。言いたくないならそれで良い、二人で死のうが俺には関係ない。けど相談には乗れる……。とりあえずこれで美味いもんでも食っとけ」


 俺は多く聞かず銀貨二枚を渡し、そのまま大飯と別れた場所まで戻った。



「とりあえず見なかった事にします? 聞いて欲しいですか?」


「とりあえず大飯のそう言う所は嫌いだ」


「親しくなければ聞きません。親しいからこう聞くんです。あの若い二人の出方次第でどう動くか。スピナさんのは多少感情で動く事もあります。今変に動かれたら、軍の規律に関わりますからね。まぁ、ヤる時は証拠は残さずに上手くやるとは思いますが、少しだけ注意ですね。達だって仲間なんですから、相談して下さいね」


 大飯は軽く笑い、買った彫り物を手で弄びながら街の奥の方に歩いていった。


 本当に大飯はよくわからん。ドレが本物だ? 普段から丁寧語で塗り固めてるし。



「失礼します。スピナ様に会いたいと言っている二人がいまして。折れた木の板とサインの書かれた紙を持っていました」


 夕食後、テントの中で大飯とゴロゴロしていたら、いきなり外から声をかけられた。


「あぁ、確かに俺の客だ。今出て行くから案内してくれ」


 そう返事をすると大飯が俺の目を見て、無言で自分の胸を訳のわからないお土産で叩いた。


 何かあれば仲間である自分にも相談しろって事だよな? まぁ、フィルマとララ次第だけどな。


 ってかあれから、訳のわからないお土産を買いまくっていた。本当センスがわからない。


「よう、来たか。人のいない方に行こうぜ」


 テントから出て、兵の案内で二人に近づいて、親指で人気のない場所を指した。



「要点を掻い摘んで教えろ」


 しばらく歩き、階級が低い兵士のテントからかなり離れた場所で聞く事にした。


「狩りをしてたら戦争が始まって、盗賊に襲われた。運が良かったのか、通りがかった別の冒険者に助けられたけど、俺はこんなんだし、ララは女として襲われる直前だった。おっさんの言うことを聞いておけばこんな事には……。しかもララの顔に消えない傷が残っちまった」


 フィルマは泣きながら言い、ララはその背中をさすっていた。


「ビスマスの兵士の所為にできるとも言ってました」


 そしてララが補足するように付け足した。


「そうか。後で盗賊狩りも視野に入れねぇとな……。まぁ規律はクソ厳しくしてるから問題はないと思うが、死体から鎧とか奪われてたらっていうのはどうしようもねぇなぁ……。とりあえず上には言っておく。で、ここからが本題だ。俺の権限で保護はできる。けど戦争が終わったら故郷に戻れ、お前この商売向いてねぇよ。素直にパーティーでも組んでればこうならなかった、違うか? それかビスマスのどっかの兵舎で見習い兵士だな。自由はないが基礎の基礎からみっちりやって、訓練ばかりの毎日だ。そして増えた領地に配属されて暇な見張りだろうな。けど畑仕事はしないで済む。好きな方を選べ。このまま去って冒険者をやるか、俺に保護されるかだ。ゆっくり話し合って悔いのない方を選べ」


 俺はなるべく普通に、怒ってる感じを出さず、二人に選択させる事にした。



「盗賊退治はないのか!? やっつけてくれるんじゃないのか!?」


「俺は惚れた女を守るのに、軍の手助けをしつつ進軍中だ。俺は俺の幸せをつかみ取るのに足掻いてんだ。一度テーブルを囲んだガキ共の為に周りに迷惑はかけられねぇ。軍ってのはそんなもんだ。戦争が終わる頃には盗賊は解散してるか、進軍中に退治されるかだ。どこにいるかもわからない奴を捜す時間はねぇよ。甘えんな。だったら最初から村にいれば良かったんだよ」


 俺は紙に煙草を乗せて巻き、火を着けて吸ってからため息を吐くように煙を吐いた。どこの国にも所属しないとか言っときながらこのザマだもんな。自分でも笑っちまう……。


 まぁ、守る為なら仕方ないかもな。グリチネがあの店から離れる気がないんだから。


「フィルマが決めて。私はフィルマについて行くって村を出る時に決めたから」


 ララの覚悟は決まってるか。ただ、ある意味その選択は依存系だけどな。


「ララの中で、悔いが残らねぇならそれでもいいんじゃねぇのか? それ以上は何も言えねぇさ。大人の俺が今できるのは、突き放すか保護するかだからな」


 煙草の煙を吐き、足下の小石をつま先でつつきながら、無責任な発言をする。実際にこれ以上できることはない。金を渡して引退しろってのも、施設とかじゃない個人にするのは別だと思ってる。


「保護して欲しい。いや。保護して下さい。その後は傷の具合で村に帰るか、軍に入るか決める……あ、いや、決めます」


「そうか……。それが答えか」


 フィルマが迷いのない声で答え、俺は煙草をゆっくりと時間をかけて吸い、煙を吐いてから足下に中途半端に残った煙草を捨てる。


 そして太股にある自動拳銃を抜いて二人の胸を二発撃ち、ホルスターの脇にあった注射器を刺して薬液を注入する。


 自動拳銃を戻したら、先に注射器を刺したララが気がついて起きあがった。



「あれ、なんで私倒れてるんだろう……。フィルマ!」


 血だらけで倒れてるフィルマに気がついたララが駆け寄り、抱き寄せた瞬間に気がついたのか上半身を起こした。


「ララ、何してるんだよ。恥ずかしいだろ。てか顔の傷どうしたんだ? あれ、腕が痛くない?」


 俺は心臓をバクバクさせながら、傷が治った事が確認できて安堵のため息を出した。治っててくれてありがとう。


「傷は治ったんだろ。戦争が終わるまでか、春までに鍬を握るか剣を振るか決めろ。着いてこい。テントに案内する」


 俺は何事もなかったかの様に振る舞い、とりあえず自分のテントに戻る事にした。


「保護が決まった。相談できずに悪かったな」


 俺はテントの入り口を開け、二人を中に入れると動きが一瞬止まった。


「そいつの顔や見た目は俺より怖いが、クソ良い奴だから安心しろ」


「何を言ってるんですか。そっちの方が怖いでしょ。大飯です。しばらくの間よろしくお願いします」


 大飯は笑顔でいい、右腕を出してフィルマと握手を求めたが、一瞬で腕を引っ込め俺の方を見て、顎で外を指したので外に出た。



「彼、腕が折れてた気がするんだけど?」


 大飯が小声で言ってきたので、俺は今までの事を隠さずに言った。


「そう……ですか。スピナがそう決めたら良いです。見た目も中身もいい大人ですし。注射の件は少しだけ軽率な気もするけど、まぁ彼とスピナがそう決めたならいいんじゃないんですか? とりあえずこっちでは彼等も大人だから、少し支えれば直ぐに自立しますよ」


 それだけを言ってテントの中に戻っていった。ってか大飯にとってどうでも良さそうな奴への観察力もすごいな。俺と会ってたから注意深く見たのかな? けど少しだけ目付きが怖かったな。


 テントの中に入ったら、大飯がフィルマと握手しており、その後にララともしていた。やっぱり人間性が出るよなぁ……。



「でー。どうするのこの子達?」


 会議から戻ってきたヘイにも軽く説明したら、そんな事を言われた。


「本当は目の届く所においておきたいが、多分無理だからこの街で待機。もしくはルチルのグリチネの所だ。幸いにも二つの街は国境線を越えて一番近い。馬車なら二十日以内。歩きでも倍くらいと見てもいいだろう。だが、故郷に戻るか兵士になるかまだはっきりしてないからなぁ……」


 冷めたお茶を飲みつつ、頭を掻きながらフィルマの方を見る。一応どうしたい? って意味合いだが……。気がついてくれるだろうか。



「歩きでルチルにいく。安全な場所がいい。後ろから援軍が歩いてきてるんだろ? 街道を進んでいけばどうにかなる。後は春までに決める」


 フィルマはそう言うが、今の季節を知ってるんだろうか?


「冬の野営の経験はあります? なめてたら死にますよ? ここは大人しく宿で待ってた方がいいと思いますが」


「いや、平気だ。身内優遇で多少気が引けるが、お偉いさんの護送中にルチルで下ろせばいい。スピナ、グリチネさんに手紙を書け。俺は今から書類を作る。どう見ても冒険者一年目で、大人になって飛び出した世間知らずだ。向こうならギリギリ義務教育か高校だ。俺達から見ればある意味保護対象で、保護責任云々が発生するだろう」


 大飯が待機させる意見を出したが、ヘイが気を使ってルチルで途中下車させる案を出してくれた。


「そうですね。そう言われたらしかたがないですね。まぁ、深く関わるとこういう事もあるって事で。スピナさんに見捨てる勇気がなくて良かったと思います」


「ひでぇ言われ様だな……。まぁ確かに戦場とか極限状態なら見捨てる勇気も必要だけど、春の頃に一回飯を食ったのがいけなかったんだな。まぁ、手を出したからには最後までってやつだな。悪かったな情に厚くて」


 俺はフィルマの肩を叩き、ヘイから紙をもらって手紙を書き始める。


「あ、この洗う暇のなかったシャツと下着でも一緒に送るか……」


 そう呟いた瞬間、ヘイ以外の全員が変な顔になった。そう言えば言ってなかったっけ。


「あー、違う違う。いや、違わないけど。ってかグリチネって奴が、俺が長期間いないと、俺のベッドに寝たり、わざと洗わなかった隠してたシャツや肌着の匂いを嗅ぐんだよ」


「あー。そういう……。相手の体臭で安心する系ですか」


 大飯は変に納得し、ニコニコとしている。


「はぁ!?」


「君だってララさんの体臭とか下着の香りが気になりませんか? 思春期の男の子なら興味がありそうですが。ないならまだまだ子供ですね」


「ね、ねぇよ!」


 更に大飯は、クソ真面目にフィルマ……っていうかララにもセクハラしている。思春期にそんな事言うなよ。


 ってかムキになればなるほど嘘くさい……。絶対十五歳くらいなら興味あるって。


「あ、その気持ち多分私はわかります」


 だよなぁ。そういうお年頃だしねぇ。女の子は男の子より、色々な意味で大人だからなぁ。はっきり言うなぁ……。


「だよね。思春期ならわかるよね。大人でもやってるんだし、恥ずかしがらないで良いと思うよ。ほら、汗の匂いとかって気にならない? フェロモンっていう異性を引きつける物が入ってるんだよ。まぁ、虫なんかは警告とか餌までの道しるべに使うこともあるけどね。もう少し難しいのもあるけど、わかりやすく言うとこれくらいかな」


 大飯は人差し指を立てながら妙に詳しい説明をしている。確か毒の餌に誘導して殺すのもフェロモンとかが利用されてた気がする。ってか思春期って言って通じるのかな、この世界って。



「こんなもんか。んじゃ、明日に馬車が出るからそれに乗ってルチルに」


「そしたら死者の軍隊に行って、グリチネって奴にコレを渡せ」


「一応検閲していい? ほら、クソいらない役職が俺には付いてるし」


「別に構いはしねぇけどよ。ろくな事書いてねぇぞ?」


「憲法って言葉はここにはないんですね……」


 俺が手紙をヘイに渡すと、大飯がぼそりと呟いた。


「諦めろ、戦争中だ。ってか向こうの常識はほぼ通用しないぞ?」


「ってか、検閲する必要すらないくらい簡素すぎて涙が出る。もう八十日くらい会ってないほぼ妻っぽい恋人に送る手紙がコレ? ふざけてるの?」


 俺の手紙を検閲していたヘイが、手紙の文字が見える様にこちらに向け、空白が多いのを皆に見せている。


「お前こそグリチネの事がわかってない。長々と書いても多分読まないぞ」


「読まなくても書けよ! 妙に女らしくないかもしれないけど、絶対に喜ぶから! この子達に手紙を渡されて涼しい顔をすると思うけど、多分夜中にニヤニヤして読み返すタイプだから! いいから四の五の言わずに書き直せ!」


 ヘイに叱られ、手紙をクシャクシャに丸められてこっちに投げられた。ひでぇなおい……。


 仕方がないのでバカ正直に長々と手紙を書いた。戦況とかそういうのは一切抜きで二枚ほど。そしたら検閲してたヘイにお茶を噴き出された。


 そして付いた評価が『意外に詩人』だそうだ。本当酷いわー。ってか大飯や、フィルマもララも興味を持つって読みたがらないでくれ。人が書いた、意外に詩人な手紙なんだぞ?


「おい、誰か糊もってこい。封書にする!」


「はい、封蝋用の蝋とスタンプ。検閲済って書くから安心して」


「いやー。残念ですね。スピナさんの愛を綴った手紙が読めないなんて」


 なんで大飯はノリノリなんだろうか? からかわれてるのかな?


「おい、絶対に開けるんじゃねぇぞ? 命に代えても守れよな!」


「おー、ムキになっちゃって。意外にかわいいねぇスピナも」


 俺はフィルマに言うとヘイからからかわれ、残りの三人が笑い出した。


「おっさん。俺には人の手紙を見る趣味はねぇから安心しろ」


「見張ってますので安心してください」


 そして子供二人にもそんな事を言われ、蝋とは別にバツ印を二個ほど描いて、開けられてない事がわかる物を増やし、盛大にため息を吐きながらララに手紙を託す事にした。

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