第23話 ピクニックと悪夢 前半

「おはようございます」


 あれから約半月、宿から出たらトニーさんが待っていた。どうやら呼び出しっぽい。だってトニーさんがいたら、ほぼ確実に馬車でお迎えだし。


「……風邪引いたみたいだ。ちょっと今日は休むか」


「いやいやいや、ちょっとお待ちください」


 ドアを閉めようと思ったらドアノブを引っ張られ、珍しく必死な顔のトニーさんが見れた。


「なに? しばらく見ないと思ったら、今日はいるの? 呼び出しなんだから行ってあげたら?」


「いや、どう考えても時期的にこの間の王都絡みだろ……」


 グリチネが洗い物をしながら、少しだけだるそうに言っている。


 いや、ね? 面倒くさくないなら行くさ、けどね? 絶対面倒事じゃん?


「わかった。なんだ、どうせ呼び出しなんだろ?」


「えぇ」


 トニーさんは微笑み、馬車のある方を手で案内する様に広げた。


「ほらぁ! やっぱり呼び出しだって!」


「駄々をこねてないで行ってらっしゃい」


 無慈悲にも笑顔で送り出された。


「いってきます……」


 俺はトニーさんと一緒に馬車に乗り、公爵家に向かうとやっぱりヘイがいた。


「ヘイがいるって事は、王都がらみだろ?」


「ん? まだ聞いてないよー」


「あれ、二人ともどうしたんですか?」


 俺が応接室に入ったら、なぜか大飯が直ぐに入って来た。いったいなにがあったんだ?


「オオイは俺が呼んだ」


 そして大飯の陰からウェスとメディアスが現れ、反対側の席に座った。


「オオイは俺が独自に接触し、冒険者の噂話の情報をまとめてもらった」


「まぁ、アルバイトですね。はい、こちらが報告書になります」


 大飯は俺に報告書を出してきたので軽く目を通す。すると尾鰭が付いて、ジェットエンジンも追加されてそうな噂話が書いてあった。


「おー。ついに輜重兵を含めた二十五万人と戦って勝ったってよ。それに王都で毒殺しようとした貴族を顔がわからなくなるまで殴り、毒を入れたメイドを許す心の広い男爵二人。教会、孤児院、スラムの頭目に多額の寄付……。謎の鎧愛好者に好色絶倫、ミンチメイカーに広範囲爆破魔法使い……。最前線狂いに鷹の目……。朝からやる気が下がる――」


 俺はどんどんテンションを下げながら読み上げて報告書をヘイに渡し、メイドが淹れてくれたお茶に砂糖をたっぷりと入れて、ゆっくりと啜る。


「冒険者ギルド内で流れてる二人の、噂話の一番凄い奴の厳選です。本当噂って怖いですね。酒が入ると気分良く喋ってくれます。飲みにケーションはおもしろい。余計な事も・喋ってくれる」


 大飯が淡々と言い、ヘイは大声で笑っていた。俺も笑えた方が良かったかな?


「それがお前達の世間の噂だ。あの時は三人一緒にいろと言ったが、一人がギルドにいてくれるおかげで、ある意味変な評価が自然と入ってくる」


「あぁ、だろうな。ああいう場所は噂も飯の種だし、生き残る為の知識でもあるしな。まぁ誇張されてた方が、ある意味政治的にはこの場合は好都合だろ?」


 そう言うとメディアスが頷き、なんか高そうな紙を出して、こちらに押し出してきた。


「お前達に喧嘩を売った奴等の処遇が決まった。国境付近の僻地、侵略された村に無理矢理監禁。三食昼寝見張り付きだ。残された家族は雇用していた使用人に適正の退職金を支払うか、国が用意した別宅に入るか、そのまま家を買い取ってそっくりそのまま住むかだ。大半は子供を連れて実家に戻るから、金を残した感じだ。そして新しい貴族が後釜としてそこに入る……」


 メディアスはもう一枚紙を出したが、そっちは興味がないので見る事もしなかった。


「そっちの噂もちらほらと出てますね」


 大飯はもう一枚紙を出すが、そちらは半分も埋まっておらず、目を通すと先ほどメディアスが言った通りの事が書いてあった。


 人の口に戸は立てられぬって言うけど、出回るのが早いな。それにルチルに届くのが早すぎる。


「王都からわざわざこっちに来てる冒険者でもいるのか? 噂が早すぎるぞ?」


「それですか……。多分商人だと思います。行商人とか結構税とか噂話に敏感ですし、取引きに見切りをつけたり、調度品や貴金属の買い付けをしている商人だと思います。貴族婦人から、出戻りになりますからね。再婚も難しいですし売れる物は売っているのかと。旦那の物とか……」


 大飯が珍しく笑顔を作るが正直怖い。その顔で笑わないでくれ。刑務所で新入りが入った時に獲物を見つけた顔っぽい。


「合理的に割り切ってるな」


 子供とか少しだけ可哀想になってくる。没落と同じようなものだし。けど向こうが悪いしこっちも割り切ろう。


「あとはお前達の領地になるが……。必要か? 欲しいなら売ってやれとの事だ。その場合は色々手続きやらが必要になるが」


「いらねぇ」


「同じく」


「ならこの話は終わりだ。他になにもなければ解散してくれ。また新しい情報が出たら呼ぶ」


「あぁ、朝から気分が悪いが仕方がない事だ、諦める。それと、見張りの件だが……メディアスの計らいか? それとも国か?」


「気が付いているのか。国から言われて私が雇った。何か不都合があったのか?」


「もう少し自然にやれ。常連客がいきなり増えて、向かいの集合住宅にいきなり場に似合わない若い夫婦だ。嫌でも気が付く」


 俺はお茶を飲み干し、紙を返してから部屋を出た。



「で。出鼻をくじかれて微妙な時間だが、これからどうするよ?」


「あ、自分の狩りに付き合ってください。わざわざこの為に臨時パーティーを断ってるんで」


「ならそれで。近所になにか出現してるの?」


「残念ながら平和そのものです。だから遠征かゴブリンや野犬、盗賊退治ですかね?」


 大飯はそう言うが、日帰りなら街の周りになってしまうし、もう出鼻をくじかれてる状態だ。豚の出る森に行く気にはなれない。


「盗賊……ねぇ。近くに出てるのか?」


「噂程度の目撃情報ですけどね」


「この間のアラバスター戦の残党とか? 吹き飛んで気絶だけ。国にも帰りたくない、そして侵略ついでに国境越えしてるからそのまま居着いた。憶測だけどね」


「にしても動くならもっと情報が欲しいし、今日が今日勢いで動くって事はできないぞ?」


「日雇いの仕事も、多分もう無理な時間ですね」


「まぁ、そうなんだけどね」


 ヘイがため息を付き、露店に寄ったかと思うと林檎をこっちに投げてきたので、片手でキャッチした。


「ピクニックしようぜー」


 ヘイの言葉に俺と大飯が止まった。なんでピクニックなんだ?


「つまりお弁当持参で、あてもなくさまようって事だよ。それとも昼前から飲む?」


「不健全ですし、前者でお願いします」


「あ、あぁ。そうだな。けどハイキングでもいいんじゃないか?」


「目的をどっちにするかだよ、せめて食事を目的に歩こうよ。街道沿いを防衛目的ってなだけで歩くのは、個人的なやる気に関わる。豚とは逆方向の森に行こう」


 ヘイのドヤ顔になにも言えないが、なんでこんな流れになってるんだろうか?


「んじゃ、何か軽食でも買って歩くか」


「おやつは銅貨五枚までです」


「先生、バナナはおやつに入りますかー?」


「タッパーに入れて、昼食時に食べればおやつではありません。ですがそれ以外でならおやつです」


 ヘイが使い古されたネタを言い、大飯もそれに真面目に答えている。しかも楽しそうに。ってか食事のデザートとしてバナナを持ってくれば、確かにおやつじゃないな。


「先生、先生にバナナは挿――」


 俺はいけないと思い、ヘイを両手で押して言葉を遮った。


「三本挿――」


「だぁ!」


 そして大飯の言葉も大声で遮った。三本って何だよ!?


「おいおいスピナ君、こいつは大人のピクニックだぜ? なにを恥ずかしがっているんだい?」


「下品な下ネタはお嫌いですか? 臨時パーティーとかに入ると、結構飛び交ってますよ? 朝から。それに男勝りな女性も結構参加してます。その粗末な物をしまえよ。までが一連の流れです」


「いや。なんか流れを止めないといけない気がしてな……。ここ上級区が近くてご婦人も多くいるし」


 俺は辺りを見回し、少しだけ上品な女性が目を細めてこっち見てたし。


 二人ともノリノリすぎて困るなぁ……。


「んじゃ適当に動こう」


「おう」「はい」


 そして俺達は露店で色々な物を買い、リュックに詰めて門の外に出て、アラバスター方面に街道を逸れて歩き出す。


「ってか大人のピクニックなのに、本当におやつ銅貨五枚縛りかよ……」


 そして誰にも聞こえない声で呟いておいた。



「いやー最悪なピクニック日和になってきたねー」


「あぁ、雲が出てきたな」


「気圧が下がってますよ? 多分昼食時には降りますね」


 大飯は肌で感じているのか、なんとなくわかるみたいだ。骨折った人が天気がわかる的な?


「雨天決行、戦闘時に天気は関係ないし」


「ずぶ濡れのサンドイッチ。雨でふやけたパンとおかし」


「保存技術的なものが……。結構こっちはまだまだ色々と低いですからね」


「お腹に入れば一緒一緒ー」


「やる気の低下」「士気の低下」


 俺と大飯の言葉がかぶった。まぁ、雨は色々と支障が出るが、隠密にはもってこいなんだけどね。



「おい、本当に降ってきたぞ。ピクニック中止か? 決行か?」


「もちろん決行」


 ヘイはニコニコと言い、さらになんかウキウキしている。


「お前絶対台風でテンション上がるだろ!」


「田んぼの様子見てきます」


「なら俺は船の様子だね」


「んじゃ……。裏山?」


「よし、全員死亡フラグ立てた。生存フラグだ!」


 装備を変えて、ジャングルハットから水を滴らせながら、ヘイが銃を持ったまま子供のようにはしゃいでいる。もう好きにしてくれ。


「ってかさ、雨の中を行軍する少数精鋭っぽくない? 絶対映画とかでこんなシーン、どれかにはあるよね」


「まぁ人数足りないけどあるだろうなぁー」


「塹壕、雨、不衛生な環境、水虫。早く地獄に落としてくれ……」


「それ、史実のじゃねぇかよ……。ああはなりたくねぇな」


 さらに雨が強くなり、ちょっと森の奥に行って雨宿りしようと話し合いをしていたらMAPに光点が映り、全員が一斉に黙ってアイコンタクトをとる。


「スピナがこのまま真っ直ぐ目標まで行って偵察、大飯が大きく迂回して裏取り、俺は少し遅れて歩いて援護。状況開始」


 ヘイが小声で言うと全員が動き出したので、俺も木々で取り回しの邪魔にならないように、自動小銃G36kのストックを折って構えたまま前進する。

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