第20話 指輪と話し合い 前編

 翌日、気だるい中無理矢理体を起こし、サイドテーブルにある常温の水をコップに注ぎ一気飲みする。


「だるい……」


 ベッドに腰掛け頭に手を置き、ため息を吐きながら昨晩の事を封印する。知識はあったがあんなの経験した事ないわ……。


 そしてグリチネが起きたので、水を渡してやるとゆっくりと飲み干し、俺にもたれ掛かり煙草に火をつけた。


「癖になったなら言って。またしてあげるわ」


「いや、いい。昨日はすまなかった」


「わかればよろしい」


 グリチネは微笑みながら煙を吐き、灰皿に灰を落とした。いや、大きい胸は嫌いって言ってたけどさ。小さい胸が好きとは言ってなかったしな。まぁ、俺が悪いんだけどね。


「で、今日はどうするんだ?」


「身につけるアクセサリーでしょ」


「あぁ、そうだった……。少し遅い朝食でも食べに行ってから買い物でいいか?」


「いいわ、昼食はこの間の所で?」


「それも良いな」


 今日の計画を話し始めると、グリチネはいつもとは違う小洒落た服に着替えを始め、ピアスを耳に付け始めている。


「けど、先に煙草だろ?」


「……わかってるじゃない」


 グリチネはにやりとして、シャツのボタンをかけていた。



 それからいつもとは違う、少しお洒落なテラスのある場所に行き、軽く朝食を頼む。


 軽食メニューにするとして……。コーヒーか。ってかボスが飲んでいたのは、やっぱりコーヒーだったんだな。あるところにはあるんだなー。


「この軽食メニューの日替わりとコーヒーで」


「私はお茶で」


 注文をするとウェイターは奥に行き、通りを眺めて食事が届くまで待つことにする。


「ってかコーヒー飲めるのね。あんな泥水みたいな物」


「泥水って……。愛好家に背中から刺されるぞ? ってか俺は砂糖もミルクも入れるから泥水じゃねぇよ。ってか愛煙家なんだから、俺が煙草すげぇくせぇ! って言ったら気分良くねぇだろ。お茶もコーヒーも嫌いじゃないだけで、その日の気分で変えてもいい程度だ。果物の果汁でも問題ない」


「ふーん。なんかおいしいと思えないのよねー。私には合わないってなだけかしら?」


「一回美味いのを飲んでみろ。考え方が変わるぞ?」


「なら煙草も吸ってみたら? 考え方変わるかもしれないわよ?」


「吸わないだけだ。吸えない訳じゃない」


 そう言うとグリチネがニヤニヤしながら、握っていた手から人差し指と中指を伸ばすと、そこには煙草が挟まっていたので受け取り、テーブルに軽くトントンと落として葉っぱを片側に詰め、吸い口を少し細くする。



 そして唇を内側に巻き込んで煙草をくわえると、グリチネが腕を伸ばしてきて指先から小さな火を出してくれたので、ゆっくりと吸って煙草に火をつける。両切りって吸った事ないんだよなー。


 そしてゆっくりと浅く吸い、肺から煙を吐き出し、舌に残る味や香りを楽しむ。添加剤とかないから、タバコ本来の味って言うのかな? 前に同僚からもらった物よりは香りがいい。


 ってか、吸ってる途中でいきなり俺煙草やめるわ。とか言って箱を俺に渡して、携帯灰皿にタバコを消してから入れて、ゴミ箱に捨てたのはすげぇと思ったなー。何かスイッチがいきなり切り替わったとしか思えない動きだったし。


「体に悪いのを知ってるからあまり吸いたくはないし、考え方が変わることもないな。気分を変える為のスイッチに使ってる奴は知ってるが、そいつは俺の麦酒みたいに毎日って感じでもなかったぞ?」


 俺は灰を灰皿に捨て、残りをゆっくりと吸いつつ、熱くならない内に灰皿に煙草を押し付けて消した。


 ってかそれでも少し口に入るな。吸い方が悪いんだろうか? まだ何か足りない知識があったのか? まぁ、喫煙の習慣もないし、滅多に吸う事もないからいいか。


「けど吸い方は知ってるのね」


「知識が少しあるだけだ。子供ができたら止めてもらうぞ」


「あら、厳しいお父さん」


 タバコを一本吸い終わらせ、のんびりとしていると食事が届いたので、まずはブラック無糖でコーヒーの味を確かめるために飲むが、なんだろう……。本当に酷いとしかいえない。なのでミルクと砂糖を少し多めに入れる事にし軽食を口に運ぶ。


「前言撤回だ。確かに少し酷い。前に飲んだことのある物が良かったのか?」


 缶コーヒーとか色々な店、ドリップやインスタント。向こうじゃ色々種類があったが、本当に豆を焦がしただけの様な感じがする。水で延べたい。


「頼んだんだからちゃんと飲みなさいよ」


「お、おう」


 とりあえず砂糖とミルクをさらに足して飲みきり、軽食メニューで口直しする。ここのコーヒーはハズレで、幅広く飲まれてるお茶にハズレはないと心に刻んでおく。



「さて、買い物に行くか。ちょっと案内を頼む」


 お金を払い、グリチネに案内を頼んで雑貨やアクセサリー屋が多い通りを歩き、目に付いたアクセサリー屋に入る。


「いらっしゃいませー」


 店員がニコニコとしているが、別にそんなに高い物を買うつもりはない。シンプルな物で指にあえばいい。


「お?」


 俺は並んでいたシンプルな銀色に輝く指輪が目に付いた。目立った装飾もなく、太さも厚さもそこそこな物だ。


 それを店員に聞いてから手に取り、左の小指にはめてみる。ふむ、ちょうどいい。そして銃を抜き構えてみるが違和感もない。


「グリチネ。コレはどこかの指にはめられるか?」


 そう言って指輪を渡すと、真っ先に左手の薬指に指輪をはめて残念そうにしている。そして太い中指にはめ直したがまだ緩いみたいだ。


 ってか結婚指輪の文化はあったんだな……。まぁ、薬指にするのは十六世紀くらいにはあったらしいし、あってもおかしくはないか。


 ってか真っ先に左手薬指にはめないで……。


「左手薬指に……。欲しいのか?」


「まだいいわ。そっちが落ち着きたいって思ってからで。ほら、今度色々あるでしょ?」


「あー……」


 受勲後の政略結婚とか考えてるのか? もういるアピールしておいた方が面倒が少ないか。ってか政略結婚の道具になった女性との結婚は考えられない。


「店主、ペアになってる指輪を見せてくれ。予算は二点で大銀貨五枚まで。なるべくシンプルなのを」


 婚約指輪の相場的には問題ないはず。日本基準だけど。


「はい、こちらになっております。もしよろしければ指のサイズを測りますが?」


「ちょっと! 私は別に――」


「あぁ、頼む」


 俺はグリチネの声を遮り、店主の言葉に返事をする。そして入り口の方に引っ張っていき、顔を耳に近づける。


「すまない。面倒を避けるために、もう身を固めてる事を周りに主張しておきたい。政略結婚とか持ちかけられたくないからな。それが嫌なら婚約という事にしておいて欲しい。その場合は宝石がついている少し高いのを送る」


「え……。べ、別に嫌じゃないけど。私で本当にいいの?」


 グリチネは少しだけ戸惑っている様子がある。過去に何かあったんだろうか? 珍しく動揺しているな。けど何だろう、少し可愛い……。


「逆に聞きたい。あんな思わせぶりな言葉やそぶりをしておいて、いまさら尻込しりごみか? 体だけの関係で良いのか? 俺は嫌だぞ?」


「そうね……。少し弱気になってたわ。貴方が良ければ、これからもよろしくお願いします」


 グリチネが軽く微笑むと店員の方に歩いていき、指のサイズを測ってもらっている。


 そして結婚指輪を選ぶと直ぐに売ってくれた。指輪の内側に名前は刻まないし、鉱石類もないシンプルな金の指輪だ。


 本当にこんな物で良いのだろうかと不安になる。だって結構時間かけてデザインを決めたり、受け渡しに時間かかったりと聞いていたからだ。


 そして左手薬指にはまっている指輪を見て、少しだけ頬を緩ませているグリチネを見ると、こちらも自然と頬が緩む。


 プロポーズらしい事をしてないのは少しだけどうかと思うけど。俺的にも、相手的にも……。


 まぁ、喜んでるみたいだしいいのかな?


 左手薬指と小指に指輪が増え、多少違和感を感じながら歩き、昼食を食べるためにこの間の店に行く事にする。



「日替わりシェフのおすすめランチと……。軽く飲むか?」


「そうね、私も同じ物を。それと果実酒のフルボトル一本」


「かしこまりました。シェフのおすすめランチが二セット、果実酒ですね」


 いつものウエーターは復唱し、確認を取ると店の奥に入っていった。視線は指に行っていたけどな。


「まぁ、悪い意味で顔は覚えられてるが、向こうは気にしていないし問題はないだろう」


「そうね、今日のランチが楽しみだわ」


 そしてグリチネが一服している間に果実酒が届き、乾杯をして軽く口を湿らせる。


「で、王都に行って叙勲するらしいけど、手順は知ってるの?」


「いいや。まったく知らん。けどお偉いさんか教育係的なのが、付きっきりで教えてくれるだろ」


「覚えられるの? 様式って面倒の一言よ?」


「まぁ当人だからな。座ってたり立ってれば終わるものじゃねぇし、宣言も必要だろ? 最悪即興で誤魔化す。それか殺し合いが始まる」


 俺はグラスに残っていた果実酒を一気に飲み干し、音を立てないようにテーブルに置く。


「戦力を保持してる個体が、どこにも属さないと宣言してる。他の国に行かれたくないから、どうにかして首輪を付け様としてくるだろう。それこそさっき言った政略結婚もだ。適当な位の低い貴族の娘をあてがわれたりもするんだろうな。だからそのための指輪だ。離婚経験のある子持ちとか勘弁だぞ? 後はなにかしらの理由で結婚できないか。とか」


「あら、私の事を捕まえておいて、そんな事言っちゃうの?」


 グリチネはニヤニヤとしながら果実酒を飲み干したので、自分のとグリチネのグラスに二杯目を注ぐ。


「特権意識に凝り固まってて性格に難ありだったり、浪費癖があったりだ。別に経験があろうがなかろうがその辺は問題はないし、多少見た目が悪くても一緒にいて苦にならなければ俺は気にしない。まぁ、極端に太ってたり、男みたいじゃなければだけどな」


 貴族の娘だからって特権意識があって傲慢だったり、湯水のごとくお金を使ったりとかのイメージあるし。まぁ偏見だけど。


「ふーん。私の事を胸で選んでおいてよく言うわね……」


「胸もだが、雰囲気も好みだったぞ? 今の明るくなったのもな」


 なんか言い訳っぽくなったが、本当の事だから仕方がない。けどグリチネが恥ずかしそうにしているので、まんざらでもないんだろうな。


 そう思っているうちに料理が届き、美味しく頂く事にする。今日は鹿肉のリンゴソース掛けがメインだった。ってかあの森に鹿がいるのか? オークが住み着いてたのに? 別な場所にいるんだろうか?


 美味しく料理を楽しんでいたら、なんか見覚えのある、あまり記憶に残らない顔が視界の隅に映り、顔を向けて目を合わせると軽く右手を挙げた。トニーさんだ。もう嫌な予感しかしない。



 食事を終わらせ、会計をして歩き出すとトニーさんが寄ってきた。まぁ邪魔しないでいてくれたのには感謝だな。


「こんにちは。立ち話で申し訳ありませんが、もしよろしければ明日の昼食後にお時間をいただきたいのです。よろしいでしょうか?」


「用件にもよる。ここで話せるか?」


「……メディアス様が国王様に手紙を送るのに、聞きたい事があるそうです。ですので直接会ってお話がしたいと」


「ヘイはどうなんだ? 了承したのか?」


「ウェス様とアニタが今探し回っております。まぁ、自分もこのあと探しに行くんですがね」


「そうか。女性に娼館を探させるのか。酷じゃないのか?」


「保険です。女性なら危害を加えないと思いますし、本人が女性の勘とも言ってましたので。そもそも娼館なんかで怖じ気付くほど初心うぶでもありませんので」


 まぁ、仮にでも裏世界の人間だしな。問題はそのまま二人相手に連戦にならなければいいんだけど。ってか最悪ヘイは平気で女も殺しそうだしなぁ……。運次第だな。


「そうか。こちらは問題ない」


「では探しに行きますので、昼食後に宿屋にいて下さい。お楽しみのところ申し訳ありませんでした」


 トニーさんはそう言うと、人混みに紛れて消えていった。目で追ってたけど、以外に早く見失ったな。尾行重視型かな? 記憶に残りにくい顔出し。


「犬の犬……ね。あんなのもいたのね」


 酷いな……。まぁ確かに会うのは初めてかもしれないけどさ。


「あぁ、俺が知ってる限りあの男と、この間の女だけだ」


「にしても……。女の方がヘイを探しに娼館まで行くとは……物好きねぇ」


「本当だ。最悪引き込もうって算段だったらおもしろい事になるんだが」


「男には女を、女にはプレゼントを、共通のプレゼントならお金を。昔から変わらない法則ね」


 グリチネはいつの間にかタバコを吸っており、煙を少し長めに吐いていた。


「ただ、利用されてると知ってて応じるか、本当に騙されるかの二つだが、ヘイは馬鹿じゃない。知ってて逆に利用してやろうって方だ。最悪引き込んで乗っ取りまであり得るし、用済みになったら全ての罪を着せて捨てるまでありそうだ」


「アイツはそんな外道なの?」


「それくらいできる頭を持ってるって事だ。性格はあんな調子だからわからねぇなぁ……。やる時はやると思うぞ。女の方がどう出るかで変わると思うけど」


 そう言うと、グリチネは苦笑いをしながらタバコの煙を吐いていた。


「本性を隠してるからこその振る舞いって奴ね。食い散らかすくらいが似合ってそう」


「そうだな。気にくわない奴だったら、再起不可能にまで追いつめそうだ」


 俺はため息を吐きながら軽く頭を振り、少しブラブラしてから宿屋に帰り、お互いにのんびりとした時間を過ごした。


 ベッドの上で!

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