第19話 人を虐殺6/6
数日の移動で腰が痛いが、ビスマスの国旗を掲げた大規模な軍団が、街道をルチル方面へ向かっていた。
そのまま横を走り、偉そうな奴を見つけようとするが、歩兵から拍手や感謝の言葉がかなり聞こえ、偉い奴の所に着くと、町から伝令を向かわせて国境方面に向かっていたルチルの援軍に伝えたらしい。
まぁ確かにそうだよな。
「馬上より失礼する。悪いが俺達は先に戻らせてもらうぞ」
「あぁ、かまわない。それと伝令を向かわせたから、メディアス様に話は通ってるはずだ」
「了解」
そしてそのまま横を馬で走っていくが、前方にいた部隊からも感謝の言葉が聞こえた。
「凱旋ってこんなものじゃないんでしょ?」
「だろうな。なんか二階の窓から紙吹雪とか国旗とか、街道には人、人、人。酔っちまうよ」
「何万人も相手にしたのにね」
多少愚痴を交えつつ、馬に乗って街道をひたすら突き進んだ。
□
ようやくルチルに付くと門で兵士に止められ、豪華な馬車に半ば強引に乗せられると、公爵様の屋敷まで一直線だった。
『
『バカ、止めろ!』
途中でヘイが日本語でやばい事を言ったが黙らせた。
門をくぐり、応接室に通されると直ぐにメディアスとウェスがやってきた。
「やぁ英雄諸君、よく無事に戻った」
「二人なのに諸君ってどうよ?」
ヘイがすかさず突っ込みを入れた。
「少し黙ってようぜ? 一応伝令が来てから色々忙しかったんだろうし、全部言わせてやろうぜ? な?」
「そうだね。んじゃ長くなりそうだから手短に」
すでにメディアスが苦笑いしつつ、左目がヒクヒクと動いているが何も言っては来なかった。まぁ、二人で八万を相手にして、戦闘職を三万は撤退させたからな。功績だけを見れば、多少の事は目を瞑ると決めていたんだろう。ウェスも何か言いたそうだけど黙ってるし。
「なら手短に言ってやろう。大軍を二人で退けた英雄様は、国王様に召喚され勲章の授与と男爵の位が与えられる」
「男爵ってどの辺だ? 爵位ってけっこう種類あったよな?」
「一代貴族だからほぼ特別枠だね、世襲制じゃないし気軽に与えられるって訳じゃないけど、男爵同士なら同格、むしろその辺の貴族より特権が多い。貴族として扱われない事もあるけど売れるらしいよ? けど売れる国は傾いてるし、領地ももらえないから、もらって嬉しいかは人によるね」
「愛国心がなければ必要ねぇな。むしろ俺には邪魔な肩書きだな。男爵です。だからなに? 何かするの? 何か発言権あるん? 言ったら言ったでこの成り上がりが! とか偉い貴族に言われそう」
わざとらしく肩ををすくめてため息を吐く。
「あーよく言われる奴。位置的に微妙だから、情勢が不安になると鞍替えが多かったらしいね。政治関係者が引退するともらえたりもするよ」
ヘイも肩をすくめて顔を横に振っている、ヘイも興味ないみたいだ。
「本当にいらねぇな。流れ者に名誉とか必要ないしな。辞退で」
「あ、僕も」
二人で国王からの授賞式を辞退しようとしたら、メディアスが思い切りテーブルを叩いた。
「貴様等いい加減にしろ! これはとても名誉のある事なんだぞ! 隣国の兵士を二人で撃退、しかも我が国の兵士に損害はない。これは政治的にもかなり有利になり、ヘイの言っていた抑止にも繋がるのだ! それをなんだ? いらないだの、売れるだのと。本当に不敬罪になるぞ!」
「そうしたら全てを捨てて逃げるしかないな。アラバスターの時みたいに。けど顔も多く割れてるしな。かなり遠くまで行かないと駄目だな」
「もういいんじゃない? もらっておいて特に何もしないでも」
「だな。どこにも属する気はないけど、ある意味定住場所が決まってるしな。仕方ねぇなぁ……。授与式の予定は?」
色々と言った後にメディアスの方を見ると、拳を握ってプルプルとしていた。色々と文句がありそうだが、一応目の前の俺達はかなりの戦力を保有してて、政治的な意味合いでも強みだから我慢でもしているんだろう。
むしろこの戦力が他国に渡るのがヤバイってのが本音だろうな。
「追って知らせる。この度の働き、ご苦労だった……」
メディアスはなんとかそれだけを絞り出すと、今度はウェスが口を開いた。
「今回の報酬の件だ。嫌だろうが、授与式にて国王から勲章と供にコレとは別に渡されるだろう。とりあえず先に一人大金貨二枚分、大きいと使い辛いから金貨十枚と大銀貨百枚を二人に与える。これは今回の戦争へ向かった兵の給金や維持費、もしその兵士が戦死して、ルチルで募集した新兵の訓練にかかる費用や教育費よりはかなり少ない。それだけの働きをしたと自覚しろ。それと、すでに王都に伝令を走らせてある。噂は出回るだろうな」
ウェスはいつもの口調で言い、金額を交渉する隙を与えないといった雰囲気で目の前に革袋を置いた。
置いた時に重そうな音がしたが、大銀貨百枚だしな。それくらいの音はするだろう。
日本円で兵士一人の一食が三百円として三食。計算が面倒だから一日千円として、一万人を二日導入した計算か。それが二人分。
一万人を五日動かすよりは安いんだな。それに、絶対に一万じゃ足りないから五万人にすると、一日五千万円、そして交戦までの移動とか、馬の飼料代や鎧の修繕費を考えると……。本当戦争には金がかかるな。
大金貨二枚分だと、かなり経済的にも優しかったんだな。けど別に渡される金額っていくらだろうか? かなり不安なんだが?
「別にこっちとしては問題ないけどさー、交渉くらいしようよ? 少ないって事はないけど、多いんじゃない? 物事には適正価格ってものが――」
「うるさい、黙れ……。これは決定事項だ。傭兵として街が雇った、その傭兵は二人で街の兵士、傭兵団以上の働きをし、ルチルどころかビスマスの危機を未然に防いだ。最悪国を挙げての戦争に発展するかもしれなかったんだぞ? 少ないなら文句は聞くが、多いだけで不満を漏らすな。自分達がやった事に対しての報酬に理屈は言うんじゃねぇよ。お前達は本国の国民や兵士の命も結果的にかなりの数を救ってるんだ。授与式も甘んじて受け入れろ」
ヘイが報酬の話をしようとしたら、ウェスに睨まれて言葉を遮られた。こんな威圧感のあるウェスは見た事がない。
「あぁわかったよ。今回は言う事を聞いておく。ヘイ、帰るぞ。イチャモン付けても報酬の適正価格は出ないぞ。この街だけじゃなくて、国全体の規模になってる」
「そうだな。過分な評価をしていただき感謝する。急だったので色々決められずに、そちらに無理矢理報酬を渡される事になったが、これは国民を結果的に救ったと言う事で自分に納得させる。先ほどは茶化して申し訳なかった。これ以上はふざけて良い範疇を越えている」
「……先ほどの態度は確かに度が過ぎていた。公爵様の前での自分勝手な振る舞い、とても許される事ではないが、できる事なら自分も謝罪をさせて欲しい」
ヘイが真面目モードになったので俺も社会人的な態度に戻り、それらしく振る舞わせてもらうが、目の前にいる二人が口を半開きにしたまま驚いている。
「あ、あぁ。問題はない。この度の働き、街の代表として礼を言わせてもらう」
「お、おう。国王の予定が決まったら宿屋に教えに行く」
「後は国としての政治的な問題なので、自分達は失礼する」
そして立ち上がり、退室して門を抜けてからヘイが口を開いた。
「どうするよコレ。どうするよ授与式!」
「どうするもこうするも、考え方の違いを押しつけられた感じだからどうにもならないよ。流れに身を任せるしかねぇよ。ここまで来たら覚悟を決めるしかねぇ……。マジでやばい。思っていた以上に事がでかい!」
「でかいってレベルじゃないよ。国民栄誉賞レベルだよ。敵国の大軍の遅延行為を任されたら撃退してた……。何を言ってるかわからねぇと思うが。ってやつだって。味方の兵士は向かっただけで損害ゼロ。歩いた距離と消費した食料は何とも言えないけど、死ななかっただけマシ。不満は出るはずがない。出るとしたら金がもらえない傭兵団くらいだって」
とりあえずは後日と言う事で、俺達は宿屋に戻った。
□
「ただいま戻りました」
「おかえり。無言で涙目で抱きつこうか?」
グリチネは夕食の仕込み中だったが、この間言った事をしようかと言ってきた。そこは無言で実行して下さい。
「包丁もってるし今回はいいや。ちょっと荷物置いてくる」
俺は部屋に戻ると、やっぱり俺の香りじゃない物が微かに漂っている。まぁ、それは目を瞑るとして、この金だよな。やっぱり銀行施設のある大きな冒険者ギルドだよなぁ……。半分は寄付か?
俺はお金の入った袋から、大銀貨を十枚自分用に抜き取り、寄付用に四十五枚ずつ詰んでから二つの袋に入れた。
「ちょっとギルドと寄付に行ってくる」
「気をつけてー」
心地良いリズムで野菜を切る音がやむ事はなく、素っ気ない返事だけが帰ってきた。
□
まぁ、冒険者ギルドは良い。預けるだけだから。普段行かないこの街の本部っぽい大きな場所だから、少し迷ったけど。
そして教会まで移動して、軋む音がしなくなったドアを開けると、燭台が増えていて内装もかなり綺麗になっていた。そして……。
「あの方です! 捕らえて下さい!」
修道士も増えていた。いや、刺繍の細かさとかでそう思うだけで、神父様って感じじゃないし。
「捕らえてって、なんか言葉の使い方違くねぇか!?」
そう叫んだら、後ろから修道士に羽交い絞めにされた。神職らしくない行動だな! それだけ必死って事か?
その後無理矢理懺悔室に押し込まれ、先ほど命令を放ったシスターの声が向こう側から聞こえた。
これ懺悔室の意味ないよね?
「なぜあの時に逃げたのですか?」
「色々面倒な事が起ると思ったので……。今まさに面倒な状況ですが……」
「巨額な寄付をいただいたのに、お礼もできない我々の気持ちを考えなかったのですか?」
「いや、寄付ですし……」
「それにここ数日不在だったらしいじゃないですか。まったく……。我が教会に寄付をしていただき誠にありがとうございます。寄付のおかげでいたるところの修復ができ、簡単な物ですが内装の補修や小物の買い替えもできました」
「いえいえ。それと……。寄付です!」
俺は小窓から布袋を滑り込ませ、懺悔室のドアを勢いよく開け逃げ出すが、修道士が道を塞いでいたので、長椅子に足をかけて飛び越え、教会から走り去った。
そしたら後ろからシスターの叫び声が聞こえ、修道士がアスリート走りで追いかけて来て、足にタックルを食らって転ばされた。
「あんた、元ラガーマンか?」
「私は最初からモンクだ」
いや、確かに
「なんで貴方は普通に寄付ができないんですか!」
そして少しだけ遅れてきて、肩で息をしているシスターに怒られた。
「だって感謝されるのって恥ずかしいし!」
その後に少しだけありがたい説法を頂き、やっと解放された。教会関係者はある意味しつこいな。
そして孤児院もやばかった。
「顔の怖いおっちゃんじゃん!」
「おっちゃーん」
子供達にまとわりつかれ、元気な男の子が背中をよじ上ってきた。
「おいこら! あぶねぇぞ! 下りろ!」
「こらこら、駄目ですよ皆」
優しい声で、ぼろい平屋から父性あふれる笑顔で、フィルさんが出てきた。
「あぁ、どうも。子供達とちょっと戯れてました」
「いえ、問題ありません。ちょっとお茶でもどうですか?」
フィルさんに笑顔でお茶を進められたので、とりあえずそれに従い、ぼろい平屋に入って椅子に座って待つ事にした。
「そう言えばですが……」
フィルさんが作り置きのお茶を注いでくれていたら、いきなり喋りかけられた。少しだけトーンが低くなった声で。
「奴隷商人が斧のような分厚い刃物で殺されたそうですね……。しかもスピナさんが寄付をくれた夜中から翌日に……。不思議な事もあるものですね。しかも奴隷は誰一人として助け出される事もなく、その場で放置」
そして物凄い笑顔でお茶を目の前に置いてくれた。なんだろう、嫌な威圧感しか感じない。
「あぁ、そうらしいな。良かったじゃねぇか。孤児院が平和になって」
「そうですね。とてもいい事だとは思います」
フィルさんは俺の目を真っすぐ見ながら言い、澄んだ瞳から目を反らしたくなるが、少しだけニコニコとしながらお茶を飲む。
「なぜか不思議とスラムの巡回も増えたらしく、公爵様が少し予算を回したという話も出ています。本当に偶然って怖いですね」
ヘイがやったのに、なんで俺がやったみたいに言うんだろうか? 俺が疑われてるんだろうか?
「偶然って怖いですね。それと、ちょっと収入があったからまた寄付に来ました。お金が出来た時にしか来られないんですけどね。子供達に何か美味しい物でも。ごちそうさまでした」
俺はまっすぐ見つめて来るフィルさんの視線に耐えられなくなり、さっさとお金を置いて立ち去る事にした。
「ありがとうございます。早速明日のお昼にでも、お肉を子供達に食べさせてあげる事にします」
「そうして下さい。子供はやっぱり笑顔が一番ですからね」
まぁ、教会や孤児院に寄付をしていた奴とその一族、しかも使用人達を虐殺した罪滅ぼしから始めた寄付だが、奴も薬を売っていた罪滅ぼしなのか、外見だけでも取り繕っていただけなのかはもう聞けないけどな。
□
「ただいま戻りましたー」
「おかえり。夕食できてるよ」
「先に風呂行ってくる……。なんか変に疲れた……」
俺は色々済ませ、宿屋に戻り風呂に行ってから夕食を食べてホールに立つ。
「お、ゴッツイあんちゃん。久しぶりだな」
「えぇ、お久しぶりです。ちょっと野暮用で出ていたもので」
なじみの客と世間話をしつつ、色々と仕事をこなしていき、閉店時間になってからグリチネの質問が始まった。
「で、どうだったの? 生きてはいるみたいだけど」
「あぁ、ひでぇもんだ。撃退と撤退を繰り返し、夜中には奇襲をかける。寝てる暇は殆どなく、夜明けに敵が飯を作ってる煙が見えたら片方が見張りで片方が仮眠。終わる頃には疲労と眠気で馬に乗りながら寝そうだった」
「そう、疲れ過ぎると何してても寝ちゃうのよね。で、何人殺したの?」
「覚えてねぇ。とりあえず敵軍八万を三万まで減らして、白旗振ってる奴と話して終わった。その事がなんだかんだでバレて、国王様に呼ばれて勲章の授与と男爵持ちはほぼ確実になった」
「二人で五万も殺ればそりゃそうでしょうね……。味方の被害は?」
「なし。味方が着く前に撤退させた。後は政治的な問題だな。これは俺達は関われない」
「うちみたいな宿に、なんでこんな男爵予定の化け物がいるのかがわからないわ」
グリチネは煙草の煙を吐き出し、灰を灰皿に落としている。
「そりゃ。惚れちまったもんは仕方ないだろ」
「なんでこんな女を好きになるかがわからないのよね」
「男の好みはそれぞれなんだよ」
「……へぇ。つまり私みたいな胸の薄いのが好みと? ラザニア生地やアイロン台の様な胸がお好きと」
グリチネが目を細めてニヤニヤしながらこっちを見ている。何が言いたいんだろうか? まぁ、好きなんだからいいじゃないか。
「それも好きになった理由の一つだな」
「へぇ、他のは?」
「秘密だ」
「ならベッドで聞き出してあげる」
そう言ってグリチネは煙草を灰皿に押し付け、ランプの明かりを消して回っているので、俺も手伝い、既に用意されていた、臨時休業の看板を吊るし、軽食を持って階段に一歩足をかけた。
「あ、手加減してくれよ?」
「それは貴方次第よ」
まいったな……。どの程度まで言えば、グリチネの望んだ回答なのかわからないぞ……。
――後書き――
どこかで書いたかもしれませんが、爆撃機やUAVのような支援機を飛ばす施設がないので、この物語ではそういうものは使えない事になっています。
同じ理由で、MAPに配置されていないので戦車や戦闘ヘリ、戦闘機もありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます