第19話 人を虐殺1/6

 いつも通りに目が覚め、グリチネが用意してくれた朝食を食べているとドアがノックされた。


 俺がドアを開けると村が盗賊に襲われていた時にお世話になったアニタさんがいた。


「おはようございますスピナさん。申し訳ありませんが、朝食を早急に済ませて通りに来て下さい。馬車を止めてあります」


「かまわないが……。何があった?」


「私の口からは申し上げられません」


 アニタさんは笑顔で言えないと言ってきた。やばい事でも起きてるんだろうか?


「言えないなら、お前の上司ウェスを連れてこい。理由も言えないのに付いて行けるかよ」


 俺はドアを閉めようとしたら、アニタさんはつま先を一歩前に出し、ドアを閉められないようにした。


 俺が思いきり閉めたらって思わないのか? それにどう見ても靴に鉄板が入ってる様には見えない。どうにかして連れてこいって言われてるんだろうなぁ……。


「いえ、ちょっと……。本当困るんです。お願いですから来ていただけませんか?」


「アニタの判断で、今言える情報だけで俺を納得させろ。無理なら上司を連れてこい」


「折れてあげたら? その子はただのお使いでしょ?」


 後ろからグリチネの援護が入った。珍しいな。ウェスじゃないからか?


「わかった。一つだけ言え。ウェスはどうしたんだ?」


「ヘイさんを。…………トニーと共に探しに行っております」


 あぁ、本当に宿を変えてるのか……。ってかかなり間があったな。トニーって名前を忘れてたのか?


「はぁ……。わかった。食ったら直ぐに行く」


「特殊な方法でヘイさんと連絡が取れるんですよね? お願いしても良いですか?」


「へいへい……」


 そういうとアニタさんは笑顔で足を引き、通りの方に去って行った。朝から疲れそうだ……。


 俺はとりあえずメッセージを送るが、見るか見ないかは知らん。



 俺は朝食を済ませ、ため息を吐く。


「食事後にため息なんて行儀が悪いわよ? 美味しくないみたいでしょ?」


「すでに嫌な予感しかしないからな。本当ならこのお茶もゆっくり飲みたいんだけど仕方がない」


 そう言ってカップのお茶を一気に飲み干した。


「んじゃ行ってきます」


「嫌な予感って結構当たるのよね……」


 食器を持ち、流し台の方に歩きながらグリチネはそんな事を言い、タバコに火を付けてから袖を捲った。


「そうなんだよな……」


「気を付けてー」


 それだけを言ってグリチネは食器を洗い出した。タバコは少し控えるように言った方がいいんだろうか? ってかどこから出したの?



「すまない」


 馬車のドアをアニタさんが開けてくれたので、俺はそれに乗り込むと、アニタさんが前方の小窓を叩いて御者に合図を送った。


「グリチネさんに感謝です」


「そうだな……。で、何があったんだ?」


「お二人が揃ってから、ウェス様から直接お話があります」


 どうしても言ってくれないのか。それとも聞かされていないかだな。まぁ、向こうで聞けるならいいか。どうせアニタさんもお使いだろう。



「では、少々お待ち下さい」


 いつもの館に連れて行かれ、いつもの部屋に通され、メイドさんがいつものお茶とお菓子を持ってくる。まぁ、コレもいつもの事だ。


 けど、違う事がある。お茶を飲み干してから三十分以上経つのに、ウェスもヘイも現れない。つまりまだ見つけられてないって事だろうか?



「やぁ、待たせたね」


 さらに三十分して、ヘイが明るい声でメイドさんと一緒に部屋に入って来たが、ウェスはなんか疲れている様子だった。


「遅かったな。どうしたんだ?」


「娼館にお泊まり。そして知らない男がウェスの名前を出したから、渋々付いてきた」


「だから遅れたのか。メッセージは?」


「寝てたから気が付かないよ。終わった後の気だるい中、女性に抱きつきながら良い気分で寝てたんだけどね。危うく耳を吹き飛ばしそうになったよ」


 トニーさんも可哀想だな。先に見つけたのがウェスだったら良かったのに。ってか娼館をしらみ潰しに探したんだろうか?


「とりあえず緊急事態だ。喋るな」


 ウェスが会話を遮る様に、強い口調で割り込んできた。珍しいな。


「メディアス様は会議の為不在だ。俺が今から呼んだ理由を説明をする。帝都のアラバスターに動きがあった。兵を集め、こっちに進軍させるつもりらしい。むしろ数日前の情報だから、もう動いていると思う。さっさと動ける二人を早急に動かし、敵の戦列を遅滞させて欲しい」


「お、強行的な進軍? 向こうも本気になったかな? 味方の情報の防衛は弱いけど、それ以外は優秀らしい」


「情報の防衛も優秀だ。お前が変に行動したから、メディアス様が怒られたんだぞ! 急な横やりが入ったってな」


「あ、街じゃなくて国でうごいてるんだ。怪しい奴を見かけたから、警察が動いて、声をかけたら公安だったって奴か」


「ケイサツ? コウアン? まぁいい、我々も国で抱えてる機関の連中は知らん。だからお前が下手に動いたからこうなったんだよ。泳がせてた最中だったらしいぞ。結果的に少しだけマシな方に転んだから良かった物を……」


 ウェスはため息を吐き、お茶に砂糖を入れだした。


「あーあ。やっちゃった。まぁしかたないか、反省しても後悔はしないよ。クヨクヨしてても仕方がないし、汚名万来ってところだね」


 まぁ、そうだな。仕方がないよな。失敗を怖がってちゃ何もできないし。ってか張り込んでる刑事デカに警察が職質して、ばれちゃったとかドラマであるし。実際どうなんだろうか? ってか汚名万来ってなんだよ……。どんどん来いってか?


「ならその失態を、働いて返してもらおうか」


「なに、行って死んでこいって奴?」


「そこまでは言ってない! こっちの兵が向かうまで、国境線に近い村や町を守れって事だよ!」


 この怒り方は、ウェスも怒られたっぽいな。


「倒してしまっても構わんのだろう?」


 俺はその言葉に思い切りお茶を吹き出した。有名すぎる台詞すぎて、まさかここで使うとは思わなかったわ。ってか声も似せるなよ……。


 ウェスが何も言わずに布巾を投げてきたのでテーブルを拭き、とりあえず詳細を聞く事にした。


「進軍速度を重視し、整備された街道をそのまま進むと思われる。だから街道をそのまま進め」


「おい、もし遭わなかったらどうするんだよ」


「近所の村が襲われて、帰って来てから八つ当たりされるに銅貨五枚」


「賭は嫌いだ。あと空気読める時は読んでくれ」


「すまない……」


 ヘイはいきなり顔つきを変え、口に運ぼうとしていたクッキーをソーサーの上に置いた。


「実際こっちは二名だぞ? 遭遇できなかったらどうするんだ?」


「国の情報では、どこの国に進軍するのにも大量の物量で押してくるから、整備された道を最短距離で進むらしい。兵站の維持も楽だからな」


「脳筋かよ……」


「いや、理にかなってる。進軍するのに、平時は道路工事をやってた軍隊もある。真っ直ぐ進むのに森を切り開き、山も削る。全ての道は?」


 ヘイは確認するように俺に聞いてきた。


「ローマに続く……。そう言われれば納得だ」


 ローマで合ってたよな? 道にアスファルト使ったり、コンクリートにしたりって話もあったな。


「お前達、何を言ってるんだ?」


 ウェスは訳が分からないという感じで、眉間に皺を寄せた。


「こっちの話だ。で、どうすればいい?」


 俺はウェスに聞くと、紙を渡され、それを村長や町長に見せれば水と食料がもらえ、そして馬を変えられると言い、今日の午後までに街を出て国境に迎えって事らしい。


「進軍速度を考えこちらは馬。情報では国境線から徒歩で二日目付近で目撃できると予測している」


「国境から一日の所に村があっただろう。どうするんだ?」


「見捨てるしかないだろう。どうにもならん」


「国境線に近い村ってそんなもんだよね。進軍する時は食料を出せと言われ、侵略されたら全て奪われる。かといって全くないと不便。逃げられてればいいけど。逃げる時に火を付けてこいって教育されてれば最高だね。井戸に毒も入れてれば言うことなしだ……」


 ヘイはお茶を飲みながら、紙に重要そうな事を走り書きしていた。


「金の話をするだけ今は時間の無駄だな。どうせかなり無茶させる事になる」


「だね。はい、まとめ。コレで良い?」


 ヘイは紙を滑らせ、ウェスがそれを受け取り目を走らせ、また戻してきた。


「あぁ、これでいい。こちらも急いで準備をし、追いつく形になるだろう。時間が経てば経つほど援軍が増えるから、なるべく耐えてくれ」


「いや、撤退できるなら問題ない。最悪遭遇して後退しながら町に着くまでに遅滞戦闘。援軍の第一波が到着して、町で防衛戦が理想だ。んじゃ動くか」


「だね」


「頼りにしてしまってすまない。昨晩の会議でお前達を送る案は満場一致だった。冒険者ギルドは中立だから、冒険者に声をかけられない。裏は暗殺とかがメインで、万単位の軍勢の食事に毒を使うのは難しいし、正面から戦うことはしない。騎兵だけを向かわせても死にに行かせるようなものなんだ……。ある意味冒険者稼業副業にしてるお前達に、頼むしかないんだよ。そもそも、普通の冒険者を向かわせても、焼け石に水だがな」


 ウェスは珍しく、申し訳なさそうにしている。ここはフォローしておくべきだな。


「おいおい、コレは仕事なんだろ? ならやるしかねぇだろ。それに俺はこの街を戦場にしたくねぇ。お前はいつも通り、俺に仕事を頼んでればいいんだよ」


「だねー」


「で、建造物の破壊はどこまで許されてる?」


 俺は遅滞戦闘ができるなら、橋も建物も壊すつもりでいる。


「任せる、兵士の到着が間に合うなら全部やれ!」


「了解」


 そう言って俺はヘイの肩を叩いてから立ち上がり、昼食を早めに食べて正門に集合って事を、ウェスに聞こえるように言い部屋から出た。たぶんアニタさんかトニーさんが馬でも用意して待ってるだろう。



 俺達は屋敷を出て、とりあえず相談をする。


「水はまぁ良いとする。食料も村や町でもらえる。問題はゲームでは馬も存在するが、実際に乗れるか? っていう問題がだな……」


「出たとこ勝負? 結構ゲームでも本物と似せてるから、手綱でどうにかなるんじゃない? 後は慣れ?」


「だよなぁ~。あの草原のMAPの馬ってかなりナマっぽく死ぬから嫌いでさ、あまり乗ってないんだよ。ってか強化アーマー拒否するんだよ。アレ重いし」


「何回か乗った事があるならやるしかないよ。あと何かあった方がいい物は? 戦場に一回行ったんでしょ?」


「水に入れるレモンとか砂糖。料理が面倒なら保存食。野菜は欲しい。野営用の毛布とかは絶対に欲しい」


「僕は料理ができない」


「男の一人暮らしが長いから少しできる」


「頼んだ」


「まじかよ……」


「あ、エナジーバー。チョコと蜂蜜味だ。戦闘中でも食べられるから買っていこうか」


「聞けよ」


 そんなやりとりをしつつ、二人で帰りながら必要な物を用意し、正門前で集合って事になった。


 ってかエナジーバーまで、よく見たらあの椰子の木とハイビスカスの会社かよ。手広いな。



「ただいま。嫌な予感は当たった」


「どうしたのよ?」


 昼食の仕込みをしていたグリチネが、手を止めずに聞き返してきた。


「また戦争だ。今度は相手の侵略。軍隊は遅いから俺達二人で行って遅滞戦闘をしろってよ、。昼前には出る」


「そう。下着を脱いで出せとは言わないけど、ポケットに入ってるハンカチを出しなさい。どうせ魔法で色々消えるんだから、消えない物を出しなさい。この間買って持ってろって言ったわよね?」


「お、おう」


 ポケットから、男性用の少し地味な色のハンカチを出すと、グリチネは直ぐに鼻の方に持って行き香りを嗅いでいる。


「まぁ、これでいいわ」


 そしてポケットからハンカチを取り出し、ピアスを取ってカウンターに乗せてきた。毎回思うが、なんでハンカチと身につけている物なんだろうか?


「ほら、預かっててくれ」


 俺は冒険者ギルドカードを出し、カウンターに置いた。コレもいつものだ。


「戻ってこなかったら金は好きにしてくれ」


「はいはい。あとで何かアクセサリーでも身に付けておいて」


「なぁ。なんで毎回身に付けてる物なんだ?」


 ちょっと気になったので聞いてみた。


「ちょっとしたお守りみたいな物よ。相手を思い、きっと帰ってくる、きっと帰ってやる。ってね」


「……わかった。帰ってきたら何か身につけるわ。直ぐに出来る物はあるか? 遅くても昼には出ろって事だからな」


「パンと……今仕込んでる豚肉ね。焼けば直ぐよ」


「ならそれを頼む」


 そう言うとフライパンで、下味のついている豚肉を焼いてくれ、パンに野菜と一緒に挟んで出してくれた。


「いただきます」


 グリチネは、特に何も聞いてこずに下拵えの続きを始めた。なので俺もいつも通り早めの昼食を食べ、部屋に戻って少し多めにお金や調味料をリュックに詰めて一階に下りる。


「んじゃ、行ってきます」


「気をつけてー」


 戦争だというのに、いつも通り送り出してくれた。俺の借りてる部屋のベッドで寝たりするのに、送り出したり帰って来た時はいつも通りなんだよなぁ。恥ずかしがり屋なんだろうか? それとも戻ってこない事を前提にドライなのか。夜はあんなに積極的なのになぁ。



 門の外に出るとトニーさんが見え、二頭の馬の手綱を持っていた。


「お疲れさまです。急で申し訳ありません」


「いや、最悪この街が戦場になるのだけは避けたいからな。それと今朝は大変だったらしいな」


「えぇ、まぁ……。仕事ですので、スピナさんはお気になさらず」


 危うく耳を吹き飛ばされそうになった事を言ったら驚くかな?



 そしてしばらくして、ヘイもやってきた。


「ごめん遅れた」


「いや、朝よりは待たされてない。早速行くか」


「そうだね。とりあえず裸馬じゃなくて良かった。あ、朝の人。あの時は悪かったね」


 ヘイはトニーさんに気が付くと、軽く謝っていた。労力を考えたら本当に軽すぎるけどな。


「いえいえ、自分は問題ありません」


 トニーさんは引きつった笑顔で問題はないと言っているが、青筋が少し見えている。ウェスと同じ苦労人な雰囲気がプンプンする。


「では、お気をつけて」


 俺達は馬に跨がり、手綱を握ってゲームと同じようにしてみたら、以外にもそれっぽく動いてくれたので、軽く腹の部分を軽く蹴ったら速度が上がった。蹴るということに少しだけ抵抗があるが仕方がない。


 ってかヘイは既に乗りこなし、かなりの速度で門の前で馬を操っている。


「問題ないね。行こうか」


 俺は問題ありまくりです。心の準備がまだです。けどヘイが街道を走って行ったので、今度はさっきより強めに蹴ると馬が走り出し、追いかける事にした。

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