フチ子さん!そこんとこ、よろしくね!

涼。

第1話

『フチ子さん!そこんとこ、よろしくね!』


コロナ禍で自粛生活中の俺、21歳のごく平凡なサラリーマンだ。

自粛中は家で待機しろとの命令だったが、俺には良い休暇になっていた。

それは俺がいわゆるオタクでフィギュアマニアだったからだ。

しかし、誰も知る由もない、誰にも言えない秘め事なのだった。


そりゃね…。


部屋には大小、様々なフィギュアを飾り、囲まれているのが幸せでたまらない…。

そんな幸せいっぱいのある朝だった…。とんでもない悪夢で目が覚めた。

夢の中、フィギュアに囲まれているせいか小さくなっている俺だった。

そして、何故だかコップの中で溺れていた。

リアルでも泳げないカナヅチな俺は夢の中でも必死だった。


「誰か助けて~!ルフィ~!ミクちゃ~ん!…誰でもいいから~!」


と、ぼんやり、コップのふちに誰かの姿が…。コップ?そうか!きっと…。


「フチ子さん!助けて!」


手を伸ばす俺、伸ばされる手…そこで目が覚めた…。


「なんて夢だ…訳わかんねぇ…これだけフィギュアあるのにどうして

フチ子さんだったんだ(笑)いや、それどころじゃない…暑い!」


見るとエアコンが止まっていた。


「なんでだ?」


とにかくエアコンをつけ、冷蔵庫に直行し、開けてコンビニで買っていた

紅茶を取り出し、ガブ飲みした。


「あのまま寝てたら、マジ死んでたかもな…」


そして、冷蔵庫からサンドイッチとコップを持ち、テーブルに向かった。

もうかれこれ1ヵ月、コンビニにしか外出していない。


「なんか、勉強もしない浪人生みたいだな…」


俺はサンドイッチと紅茶とコップを置き、座った。


「そうそう…確かここに…あった、あった…」


カプセルトイの飾るにいたらないフィギュアをざっくり入れた

ボックスの中からフチ子さんを取り、コップのふちにセットした。


「ブリッジのフチ子さん(笑)これは確かシリーズ4だったか…」


改めて見ると可愛いじゃないかと、思いながら

「さっきは、助けてくれてありがとうね」


と、つぶやくと…。


〈うん!〉


ん?


「とうとう空耳か…ヤバいな」


〈空耳じゃないよ~〉


えっ!?


「ちょっ、ちょっと待って…えっ?え?」


〈よいしょっと〉


フチ子さんはブリッジから起き上がり、コップのふちに座った。


「わっ!!」


俺は座ったまま後退りした。目を疑うどころの話じゃない…。


〈なに?そのリアクションは?命の恩人に失礼じゃない?〉


「そうか、まだ夢なんだな…」


気が動転して、部屋を見渡す俺。


〈夢じゃないよ~〉


と、立ち上がるフチ子さん。


「わっ!現実?…嘘だろ…」


〈そんなに疑わなくてもいいじゃない。よくある事でしょ?〉


と、脚を広げ座るフチ子さん…。


「いやいや、ないない…ありえない…」


〈よいしょっと、現に話してるじゃない〉


と、寝そべるフチ子さん。

よし、とりあえず、ここは1度、現実としてみよう…。


「えっと…借りぐらし的なこびとかな?」


〈借りぐらしのフチ子?くすっ(笑)違うわよ〉


と、脚組みするフチ子さん。

声だけは可愛い…佐藤さん(声優)にそっくりだ…いや、それどころじゃない。


〈おーい、聞こえてるー?〉


と、体躯座りするフチ子さん。

あぁ、何だかちょっと面倒くさくなってきたな…。


「ねぇ、いちいちポーズしながらじゃないと話せないの?」


〈ありゃりゃりゃりゃりゃ~そんなことないけど、せっかくだから色々と見せてあげようと思って〉


と、ふちにぶら下がるフチ子さん。

あぁ、もう!


「いいよ、全部知ってるし!普通に座っててよ、パンツ見えてるし!」


〈エッチね、くすっ(笑)〉


と、普通に座ってくれたフチ子さん。

今時、よくあるって?漫画やアニメの事を言ってるのか?それならそれで…


何でフチ子さんなんだー!!(心の叫び)


フィギュアオタクなら1度ならずともあるよ、可愛いフィギュアがって妄想は…だけど…あったとしても、せめて手乗りサイズ?もしくは等身大?

いや…等身大のフチ子さんは怖いか…。


「はぁ~えっと…あなたは一体、何なんですか?」


〈フチ子だよ、なんか不満な感じよね〉


はい!そうです!


「どうして?何のために?何処から来たの?」


〈助けを求めたじゃない、あのまま寝てたら危なかったよ?〉


まぁ…。


「あの夢はフチ子さんが見せたの?」


〈そうだよ〉


命の恩人って事?フチ子さんが?…何とも言えない複雑感!


「まぁ、ありがとう…」


〈どういたしまして〉


何でフチ子さんなのかが、どうしても納得いかない俺だった。


「他の…」〈私だけだよ〉「あっそう…」


もうあらゆる期待は捨てよう…。


「助けてくれたって事はご先祖様の霊とか?」


興味はもう何か?という事だけだ。


〈違うよ〉


「じゃあ、何?付喪神的な?まさか宇宙人?」


本当に何?…夢ならいいのに…。


〈んー強いて言えば妖精?そんなのどうだっていいじゃない〉


いや、そこしか興味ないんだって!


「妖精って…フチ子さんの妖精?妖精がフチ子さんに?」


〈くすっ(笑)フチ子の妖精かなぁ〉


よし、もう決めてしまおう、あなたは「妖怪フチ子さん」です!


「コップから降りて、近くに来れる?」


〈無理だよ、コップのふちから離れられないの〉


ほら、その限定システム!妖怪だな…でも害はなさそうだし…ってどうする?

正直、トイに戻って欲しいけど…。


「あの、もう戻って大丈夫です。エアコンも気を付けます」


〈ダメダメ、7日間はいるよ〉


1週間、居座る?頭がどうにかなるよ…。


「…3日」〈ダメダメ〉


「5日」〈ダーメ〉


「あの…ずっとかまってあげられないよ?忙しいから」


〈1日中、お人形を見てニヤニヤしてる事が?全部、知ってるんだからね〉


え?全部?…えぇ…。


「それは…プライバシー侵害だぞ…」


〈別にとやかく言うつもりはないわよ?ただ、命の恩人なんだから丁重に扱ってよね〉


何だよ…言い返せないじゃないか…。


「分かったよ、本当に7日間だな?」


〈うん、よろしくね、涼(りょう)君〉


えぇ!名前まで知ってる?…とにかくここはポジティブに考えるしかない…。


「まぁ…よろしく…フチ子さん…」


こうして、フチ子さんとの奇妙で悪夢な1週間が始まった…。

とりあえず、よりによって何でフチ子さん?という思いはしばらく消えなかったが、

すぐにそうではなくなった。


「ねぇ、7日間って何か意味あるの?」


長い1週間になりそうだと思っていた。


〈あるよ、私がこの世から消えるタイムリミットだよ〉


「この世から消えるって、トイに戻るって事?」


〈違うよ、魂が消えて無くなるの、私たちの世界では人に関わる事が1番の大罪なの〉


「えっ?どういう事?」


フィギュアの国がある?いや、それよりも大罪って…。


〈気にする事ないよ?掟を破ったのは私だから〉


えぇ…俺を助けた事が罪?それで消滅って…。


「人を助けた事が罪なんておかしいよ…」


〈人に関わる事自体がダメなの、でも後悔はしてないよ〉


いや、重いよ…設定がいきなり重すぎるよ…。


「どうして、助けたりしたのさ」


〈ほっとけなかったからよ〉


「…俺が一緒に謝ってやる!いや、抗議してやる!」


何処の誰にだ?


〈くすっ(笑)仕方ないの、世の中にはね、どうにもならない事があるのよ〉


そりゃそうかもだけど…居たたまれない…。


〈そんな顔しないで?時間が限られているんだから…ね?〉


あくまで明るいフチ子さん…初めから良い展開でもなく、望んだ展開でもないけど…

色々と諦めて、フチ子さんの思う通りでいいかと思った。


「フチ子さん、何かしたい事とかある?」


〈そうねぇ…散歩に連れて行って?〉


聞くんじゃなかった…フチ子さん付きのコップを持って外を歩く?

かなり危ない人だよ…確実に職務質問されるよ…。


「それは、すぐには…でも方法は考えとくよ」


〈じゃあ、とりあえず窓際に連れて行って?空が見たい〉


「それならすぐに。空は見えるけど景色は良くないよ?ここ3階だし」


と、コップを持ち上げ窓際に行き、窓枠にコップを置いた。


〈わぁ…本当に青いんだね…〉


空なんて当たり前にあるものなのに…しかし、受け入れたものの不思議だ…。


「ふぅー」


空を見上げるフチ子さんに息を吹きかけてみた。


〈わっ!何?くすっ(笑)スカートがめくれるとでも思った?〉


「ち、違うよ!動けるし、話せるし、どこまで同じなのかなって」


〈素材が違うだけよ?〉


「そうなの?なら…少しだけ窓を開けてあげるよ」


と、コップを窓枠の角に置き、少しだけ窓を開けた。


〈んーいい気持ち…〉


フチ子さんは背伸びをして、足をぶらぶらと、ご満悦の様だ。

最初は妖怪なんて思っていたけど…少し可愛いかもと思い始めていた…。


「じゃあ、大した用事じゃないけど、色々やる事あるから、しばらく外を見てて」


〈はーい〉


本当に大した用事はない、着替えて歯磨きして顔を洗いコンビニに行くぐらいだ。

そして、着替えようと寝間着用のTシャツを脱ぐと、


〈こらこら、レディの前だぞ〉


と、ツッコまれた…。レディって、そこまで忠実にフチ子さん?…。


「はいはい、それは失礼しました」


俺は着替えを持って洗面台に向かい、面倒だな…と思いながら着替え、

歯磨きをしようと洗面台を見ると…。


「わっ!え?」


歯磨き用のコップにフチ子さんが居た。


〈くすっ(笑)コップのふちを移動できるのでしたービックリした?〉


瞬間移動?もしかしてフチ子さんって凄いのか?


「したよ…って、いつ来たの?」


〈先回りしてたよ?全然、気づかないから見えなくなったのかと思っちゃった〉


「…レディはどこ行った…」


〈くすっ(笑)だって、できるだけ一緒に居たいんだもん〉


あぁ…何でフチ子さんなんだと、ついつい思ってしまう。


「はいはい、好きにしてください」


もう何をしてもかまわないと思いながら歯磨きと顔を洗い済ませた。


「移動するよ」


〈はーい〉


と、本当にスッと消え、窓際に向かうと窓際のコップに移っていた。


〈これから何するの?〉


「買い物に行くよ」


〈お留守番?〉


「う~ん…あっ、そういえば…」


〈なになに?〉


俺は押し入れから昔、使っていたウエストポーチを出し、腰に巻いて

小さなティーカップをウエストポーチに入れた。


「おっ、ジャストサイズ、ここに移れる?」


〈うん!〉


と、フチ子さんはウエストポーチのティーカップに瞬間移動した。


「これなら、何とか一緒に出掛けられるかな…凄く揺れると思うけど」


〈嬉しい~!大丈夫だよ、ふちに居ればどんなに揺れても!〉


流石フチ子さんというところか…俺は一体何をしているんだろうと思いながら家の中を歩き回った。


「大丈夫そうだね、出かけようか」


〈わーい〉


「でも、顔を出すぐらいにしてよ?あと他の人が近くに居る時は話さないでね」


〈承知いたしました~〉


本当に頼むよ?フチ子さん…そうして、俺は家を出た。


〈本当に涼君で良かった。夢みたい…〉


夢みたいは俺のセリフだけどね…街は都合よく人が少なかった。

これならと、定期券もあるし、電車も人が少ないだろうと俺は最寄りの駅を目指した。


〈あれ?電車に乗って何処か連れて行ってくれるの?〉


「いや、今はレジャー的な所は閉まってるんだ。買い物だけだけど、せっかくだから電車に乗せてあげようかなって」


〈わーい、買い物デートだね。嬉しいなぁ〉


そうやって情がわく様な事を言わないでくれと、

思った時にはもう情がわいてしまっていた。

女は面倒だと思っていたのに、独りの方が気楽だって思っていたのに…

どうしてだろう…

楽しい…小さくてもフィギュアだから?自分でもよく分からない複雑な気分だったが、

とにかく、ただ電車に乗って買い物するだけでもフチ子さんはいちいち

喜び感謝するし、

人に見られてはいけないというドキドキ感も伴って楽しい買い物となった。


〈楽しかったね、ありがとね〉


「うん…」


〈なーに、その歯切れの悪い返事はぁ、涼君は楽しくなかった?〉


「楽しかったからだよ…」


〈なら、いいけど〉


やはり、人の複雑な気持ちなんて分からないのか…始まったばかりで

終わりを考えてしまう俺がおかしいのか…

とりあえず、俺だけ悩んでいても仕方ない、

同じように気楽に楽しもうと、自分に言い聞かせた。

俺は風呂とトイレ以外、ずっとフチ子さんと一緒に居た。

こんなに1日が充実した感じはいつ以来だろう…あっという間に夜だった。


「ふあぁ~そろそろ眠いんだけど、フチ子さんは眠るの?」


〈眠らないよ〉


フチ子さんはテレビに夢中だった。好きにチャンネルを変えられるようにコップに

リモコンを入れてあげていた。


「食べなくていい、眠らなくていい、トイはいいね…俺は少し眠るけど、

テレビ見てていいからね」


〈えぇ、ヤダぁ一緒に居るー枕元にコップ置いて?〉


俺はもう、いちいち可愛く思うようになっていた。


「分かったよ」


コップを枕元に置き、寝転んだ。フチ子さんが大きく見えた…。


「眠って、居なくなって、やっぱり夢でしたって事ないよね?」


〈ないよ…ないけど、沢山、可愛い子たち居るのに私でゴメンね…〉


最初の残念感が伝わってたか…。


「いや、まぁ…でも今はフチ子さんで良かったと思ってるよ…」


冴えない俺には十分すぎる…。


〈色々してくれて、本当にありがとうね〉


この、底抜けの明るさが新鮮というか、いいんだよな…そして、その声が可愛い!

声オタクじゃないつもりだったんだけど…。


「ねぇ、今更なんだけど、声とか話し方とかって、自前じゃないよね?フチ子さんを

演じてる声優さんにそっくりなんだけど」


〈ありゃりゃりゃりゃりゃ~これはねぇ、涼君のイメージでこうなったんだよ、

でも、性格はオリジナルだよ〉


俺のイメージはあの劇場マナーの動画しかないけど…。


「そっか、じゃあ劇場マナーの動画を見たわけじゃないんだ」


〈ん?〉


首をかしげるフチ子さん。俺は起き上がり、コップを持ってノートパソコンを

開けた。


〈何?どうしたの?〉


「待ってね…まだあるかな…おっ、あった!」


俺はYouTubeでフチ子さんの動画をフチ子さんに見せた。


〈私だぁ…何で?私、こんな声なの?〉


「うん、ほとんど一緒だよ」


〈そうなの…でも、自由に動いてる…私、ふちから離れられないのに…

これ、私じゃないよ?もう1人居るの?〉


そりゃ分かってるよ。


「えっと、コレは作り物だよ、アニメーションってやつだよ」


〈何それ?〉


何でちょっと怒った感じなんだ?

俺は分かる範囲でアニメーションとYouTubeの説明をした。


〈そっかぁ…偽物ってことね〉


どっちも、フチ子さんなんだけどな…。


〈でも、本物の私の方が可愛いよね?〉


ほぼ同じだって…でも、まぁ俺だけのフチ子さんだからな…。


「うん、もちろんだよ…でも、凄い観覧数だね、フチ子さんは人気者だね」


実際、知らない人は居ないだろう…。


〈観覧数?そうなの?〉


「うんうん、ここの数字が見た人の数なんだ」


〈よく分からないけど、偽物が人気者って、なんだかなぁ~〉


フチ子さん自体がブランドなんだよ?でも、どう説明する?

説明出来たとしても、ますますややこしくなりそうだしな…。


〈ねぇ明日、私を撮って?涼君のスマホ?アレ、写真とか動画とか撮れるんでしょ?

コレって誰でも出せるんでしょ?〉


「えっ?撮れるけど…」


また、ぶっ飛んだ事を…フチ子さん…。


「人に関わるどころじゃないよ?大丈夫なの?」


〈だってもう、どうしようもないし…私が居たあかしになるし…

涼君の思い出に残りたいし…ダメ?〉


忘れられない辛さもあるんだよ…と言っても分からないか…。


「ダメじゃないけど…」


あぁ、もうっ!


「よし、撮ろう!どうせ撮るなら良いのを作ろう」


〈やったぁ!〉


やれやれ、とんでもない事になったな…でも、ちょっと楽しみだ…。


「それじゃあ、明日に備えて寝ようかな」


〈はーい〉


そうして、フチ子さんが乗っているコップを側に眠った…そして、朝。


〈おはよう、よく眠れたみたいだね〉


目を覚ますと目の前にフチ子さん、夢じゃなかったんだな…良かった…。


「おはよう、フチ子さん…」


〈おはよう、いびき凄かったよ、くすっ(笑)〉


そりゃ、色々ありすぎて疲れてたし…。


「プライベートもあったもんじゃないな」


〈私が居る限り、そんなものありませーん〉


「はいはい」


〈それより、いつ撮ってくれる?〉


あぁ、撮影するんだった、やる気満々だな…フチ子さん。


「まだ起きたばっかりだよ?着替えて、コンビニ行ってから、ゆっくりね」


〈はぁ~私がもっと大きくて自由に動けるなら、色々してあげたいな…〉


ごもっとも!だけど…フチ子さんはそのサイズだから可愛いんだよ?


「その気持ちだけで十分だよ、今日も良い天気だし、良い1日になりそうだ」


そうして、俺は身支度をし、フチ子さんを連れてコンビニに行ってフチ子さんと

まったりと午前中を過ごした。


「さて、撮影しようか?」


〈うん!〉


俺は午前中、どう撮影するか考えていた。撮影場所は窓際、スマホは固定で置き、

フチ子さんが乗るコップを置くところから始める。後はフチ子さんだけど…

本当のヒロインにしてあげよう!俺は考えていた事をざっくりフチ子さんに伝えた。


〈素敵ね、頑張るね!〉


俺はアングルを決め、窓枠にスマホをセットし、撮影を始めた。


「じゃあ始めよう」


〈はーい〉


俺はフチ子さんが乗ったコップを窓枠に置いた。


〈おっとっと、はーい、皆さんこんにちは~〉


って、どこ向いてる?


「フチ子さん、こっちだよ」


〈ありゃりゃりゃりゃりゃ~〉


いきなりアドリブか…エンターテイナーだな…。


〈改めまして、皆さん、こんにちは~フチ子です。今日はとっても良い天気で

気持ちがいいです。よいしょっと〉


組んだ脚を開脚するフチ子さん。


〈色んなポーズをしながら話しますが、気にしないでくださいね。よいしょっと、

何だか世の中が大変なことになっていますね~でも、暗くなることはないですよ~

きっと、すぐに明るい未来に戻ります!フチ子には未来が見えるので~す。

本当ですよ?ウイルスなんて私がえいえいっ!やっつけちゃいますから!

明るい未来を信じて、もう少しの辛抱だと思って頑張ってくださいね!

フチ子は皆さんの健康と幸せを願っていつも見守っています。

だから、明るく元気にまいりましょう!

それではまた、明るく元気がとりえのフチ子でした~〉


手を振るフチ子さん、俺はコップを持ち上げ画面から外す…。


〈ありゃりゃりゃりゃりゃ…〉


そして、撮影を止めた。


「良かったよ!フチ子さん」


〈へへん、くすっ(笑)撮ったの見てみよう?〉


「うん」


そうして、撮った動画を2人で見た。


〈ちゃんと撮れてる、可愛い?〉


「うん、凄くいい、可愛いよ」


心底、そう思ったが、公開するにはちょっと出来過ぎかとも思った。


〈みんな元気になれるかな?〉


「うん、絶対なるよ」


こうして、フチ子さんとのとんでもない共同制作は終わったが…

俺はパソコンをほとんど観覧のみで使いこなせてなく、フチ子さんの

動画を撮ったものの、それをYouTubeにアップロードするにも時間がかかってしまい、後日となった…。


「おはよう、フチ子さん…昨日は公開できなくて、ごめんね」


〈涼君おはよう、そんなのいいよ、いつでも〉


いつでもって…3日目だよ?昼になったら後、半分の時間しかない…焦るよ…。


「フチ子さん…大好きだよ…」


〈どうしたの?急に…私も大好きだよ〉


俺はコップを持ち、顔に近づけて、フチ子さんにキスをした。


〈ありゃ…〉


「あぁ、やっぱりダメか…大抵の魔法なら解けるかと、思ったのにな」


〈そういう事かぁ…ダメみたいだね…でも、ありがとう〉


気にかけてって…本気で想い、願ってるんだよ…。


〈フチ子はもう十分だよ?〉


「でも、本当のヒロインにしてあげるから」


俺はフチ子さんの動画をYouTubeにアップロードし、有名どころのNSNの

フィギュア好き、可愛いもの好き等のグループに「可愛い動画、見つけました」と、

拡散を願い書き込んだ。


〈どうかなぁ?〉


「見てくれたら、きっと広がるよ、少し待ってみよう」


そして、また一緒にコンビニに買い物に行った。


〈また、唐揚げ弁当?バランスが悪いなぁ~サラダも買いなさーい〉


「はいはい、サラダね…?」

総菜のコーナーに向かおうとすると、このコンビニでよく見かける派手なエスニック柄の服を着た女の子が居た、おそらくオタク女子…。

「やっぱりサラダはいいや…」

〈どうしたの?あの子、知り合い?〉

「よく見かけるだけだよ、同じオタク感がするから苦手なんだ、バレそうだし」

〈あれれ?それって意識しているって事?もしかして恋の予感?〉

「誰があんなオタク女子を…今、俺の彼女はフチ子さんだよ」

髪は腰より長く、目の下にクマ、正直気味が悪い…。

〈私が彼女だって~嬉しい~〉

「もうっ…いちいち…」

俺はポーチのチャックを閉め会計をすまし、コンビニを出た。

「いい天気だし、公園で弁当を食べて帰ろうか」

〈うん!〉

そうして、公園に寄り家へと戻った。

「さてと、YouTubeはどうなったかな…」

と、パソコンを開けると…。

「えっ!に、2万回?…まだ1時間半くらいしか経ってないのに…」

まだ、良くて50件くらいの観覧かなと思っていた…。

〈わぉ、凄いね~〉

「うん…可愛いってコメントや励みになったって沢山コメントされてるよ」

自然すぎるとか何処の会社が?とかもコメントされてるけど…。

〈これでフチ子も有名になる?〉

「元から有名だよ」

独占している自分が嬉しかったが、この勢いはちょっと大変な事になりそうだ…

フチ子さんが居なくなってから、消すか非公開にしようと思った。

〈いい思い出になる?〉

「…もちろん、なるよ」

忘れるはずないよ、こんな事…絶対に…しかし、どんなに願っても無慈悲に時は進んだ。

そして5日目、久しぶりの雨が降った。

〈…涼君、今日は出掛けないでいよう?〉

「ん?フチ子さんなら雨も喜ぶと思ったけど…雨、嫌いなの?」

〈嫌いじゃないけど…〉

やっと別れが辛くなったのか…。

「いいよ、すぐ戻るから、フチ子さんはテレビでも見てて」

〈ヤダ~離れるのは嫌…私も行く~〉

何だよ…もう…。俺はフチ子さんを連れ、いつものコンビニに向かった。

途中、あのエスニックの女の子が雨の中、スクーターを道端に止め、

スマホを見ながらうつむいていた。

「何やってんだ?スマホ壊れるぞ…」

見ないふりをして通り過ぎようとすると…。

〈ねぇ、様子がおかしいよ、声かけてあげないの?〉

「どうして?変わってるんだよ、あの子は…今は普通の人でも関わりたくない…

フチ子さんとの時間が何より大切なんだよ」

〈嬉しいけど…〉

調子狂うな…様子がおかしいのはフチ子さんだよ…。

そうして、かまわず歩き、コンビニが見えた頃、

後ろからエスニックの女の子がスクーターで通り過ぎて行ったのだが…。

「ん?なんかフラフラしてるな…前見えてるのか?」

と、コンビニ前の交差点、信号が黄色から赤に変わろうとしているのに、

ゆっくりと進むスクーター、右方向から勢いよくトラックが!

「ヤバい、あいつ…」

〈うん…涼君、私なら助けられるかも…どうする?〉

「え!?」

また、いきなり過ぎて分からない…でも…。

「助けられるなら…」

〈うん、涼君ならそう言うと思ってた…残りの力を使ってみるね、

涼君、本当にありがとう、さようなら…〉

「な、何を?…あっ!」

その瞬間、交差点でスクーターとトラックがぶつかった…あの子は勢いよく飛ばされた。

「間に合わなかったね…仕方ないよ…」

と、ポーチを見ると、ブリッジのフチ子さん…。

「こんな時に…フチ子さん?」

返事が返ってこない…動きもしない…。

「冗談やめろよ…」

俺はフチ子さんに手を伸ばしたが、ブリッジのままコップの中に落ちた…。

「もう、いい加減にしてよ…ねぇ、フチ子さん!」

俺は傘も手放し、しゃがみ込みポーチを抱きかかえた。

「何でだよ…間に合ってないだろ…何とか言ってよ…」

俺は人目もはばからず、泣いた…。

「こんな終わり方、ずるいよ…」

俺は事故も見ず、コンビニにも行かず家へと戻った。

「あぁ…」

少しの間、座りもせず、たたずんでいると…

ピンポーン!ピンポーン!と、ドアチャイムが鳴った。

「何だよ…こんな時に…居留守だ…」

と、すぐにドアを叩かれた。ドンドンドン!

〈涼君!〉

えっ?フチ子さん…いや、声も違うし…でも…。

俺は慌ててドアを開けた。すると、そこには服はボロボロでびしょ濡れ、

血だらけのあの子が立っていた…ホラーそのものだった。

「わっ!ちょ、ちょっと待って…声かけなかった俺が悪かったよ…」

〈私だよ、涼君、分かるでしょ?〉

えっ!?

「…フチ子さんなの?」

〈うん…そうだよ〉

とりあえず、また理解不能…。

「…どういう事?あの子は?」

〈事故は防げなかったんだけどね、間に合ったんだよ〉

全然、分からない…でも、とりあえず玄関先でびしょ濡れ、血だらけで居られてもと思った。

「とりあえず中に入って!」

と、正直、怖かったが家に入れた。

〈あのね、この子は死ぬつもりだったの…でも、その寸前で私が傷も治して、

留めようとしたんだけど、拒否されて…そのまま私もこの子から出られなくなったの、

だから…〉

「だから?」

〈涼君、よろしくね!〉

「えぇ~!」


おわり。


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