それはそれなりによくある話

@chauchau

守れたのは出会ってから二日間


「「いただきまーす!」」


「落ち着いて食えよ」


 闇が支配する深い森に明るい声が大きく響く。焚き火を囲む三人の男女が、近くの川で取れた魚に齧りついていた。


「んまッ!」


「んんッ」


 魚の焼き加減を見ていた男性を除けば、二人ともまだ幼さが残る少年少女である。だが、彼らこそ人類を脅かす魔王を退治するために旅を続ける勇者一行なのだ。


「さすがは戦士ですわね。なかなかの味、褒めても宜しくてよ」


「はいはい、そういう台詞は口元を拭いてから言え」


 瞳を輝かせて素直に食事を楽しむ少年とは違って、赤毛の少女は偉そうに調理をしていた男性、戦士へと褒めの言葉を投げかけ、ようとして見事に恥ずかしい失敗に終わる。


「女性に対してそのように具体的に指摘するものではありませんわッ!!」


「あ、僕もう一匹もらっても良い?」


「もっとよく噛んでゆっくり食えよ」


「聞いておりましてッ」


 自慢の赤毛と同じくらい顔を真っ赤にして叫ぶ彼女の抗議は、最初の一匹をもう食べ終えて次に手を伸ばす若き勇者とのやり取りによって無視されることとなる。


「まったく! 二人は女性の扱いがなっておりませんわ! 全く以てまったくですわ!」


「いやいや、女魔法使いはそう言うが俺と勇者の心の広さは海の如しだと思うぞ」


「そういうことは自分では言わないものです!」


 そもそもの話を言えば、焼き上がりの魚を前にして勇者と一緒に元気よく手を合わせているのだからそこに淑女のそれがどうこうと言われても仕方のないことである。

 とはいえ、彼らが三人で旅をはじめてすでに四か月が経過しようとしているため、この程度で腹を立てることなど男たちにはなかった。むしろ、あしらい方をマスターしてしまったが故に女魔法使いのほうが怒り出す始末。


「言いたくもなるってもんだぜ、なあ勇者」


「え? う、うーん……」


「きーッ!」


 緊張感の欠片も見当たらない彼らではあるが、世界の平和を守るために命を懸けた彼らに少しでも心の平穏が訪れる機会があると言うのであればそれは喜ばしいことであろう。


「二人はもっとわたくしに感謝するべきですわ! 今日だってわたくしのサポートがなければ命を落としていたのかもしれませんのよ!」


「勿論感謝しているよ! いつも女魔法使いの魔法はすごいって思っているもの!」


「そうでしょう! そうでしょうとも!!」


「だがそれとこれとは話が別だ」


「どうしてですの!」


「持ちつ持たれつってやつだよ。実際、俺だってお前のこと何度か守ったし、魔族にトドメをきっちり刺したのは勇者だろう? 誰かひとりだけすごいってことはねえもんさ」


「そッ」


「だからまぁ、みんなすごいってことで終わりにしようや」


 女魔法使いが何かを言う前に、戦士は新しい魚を彼女の目の前に差し出してにっこりと笑顔を浮かべる。

 心の弱い者であれば泣き出してしまいそうな彼の笑顔に、女魔法使いは黙るしかなく、差し出された焼き魚を大人しく食べだした。


「ちょっとお花を摘んできますわ」


「なにかあったらすぐに呼んでね」


「あんまり遠くへ行くなよ」


「それくらい分かっておりますわ!」


 食事も終えて、明日に備えて眠る準備を整えだした時分のこと。生きて、食べれば出すのは人の性である。いくら気の置けない仲間であろうとも、さすがに女性のお手洗いに着いて行くわけにもいかず、二人は彼女の背中が完全に見えなくなるまで見送った。


「出てきなさい」


「はッ」


 二人の姿が見えなくなり、声が聞こえなくなった場所まで来た女魔法使いが小さく呟いた途端に、月明かりが生み出す彼女の影から小さな蝙蝠が飛び出した。


「ふふ……、おーほっほっほ! もはやこの勝負は勝ったといっても過言ではありませんわね!」


「さすがで御座います、お嬢様!!」


「伝説の勇者、歴戦の戦士と言っても所詮はこの程度! このわたくしの正体すら気付かずにもう四か月ですわ、四か月!」


「感服致しました、お嬢様!!」


「おーほっほっほ! もっと褒めなさい!!」


 高らかに笑い過ぎて仰け反る女魔法使いの周りを蝙蝠がパタパタと飛び回って褒めたたえ続ける。


「頭の固いお父様もこれでもうわたくしの行動に文句をつけないことでしょう!」


「はい! 魔王様もお嬢様の御見事な潜入っぷりに舌を巻いておられる御様子! 本日も四天王様方を招集されて新たな会議を行っておられました!」


「人間共を滅ぼしたあとの統治に関する会議ですわ! わたくしには分かっておりますわよ!」


「な、なるほど! だから会議室より出てこられた四天王様は一様に疲れ果てた御様子だったのですね! であるにも拘らず小生に優しい声を掛けてくださった皆様はなんとお優しいことでしょう!」


 勇者一行の強力なサポート役として旅を共にする女魔法使い。彼女の正体は、人類を滅ぼそうとする魔王の実の娘だったのだ。

 遡ること四か月前、彼女は突如として自身が勇者一行に加わり仲間のフリをして不意を突く作戦を立案した。当然ながら、父でもある魔王がその作戦を認めるはずがなく、使い魔である蝙蝠以外は誰もが認めてくれなかった作戦を、彼女は独断で勝手に城を飛び出して実行している最中なのであった。


「時にお嬢様! 小生はどうしてもお聞きしたいことがあるのです!」


「言いなさい! 本日は気分がよろしくてよ!」


「お嬢様はいつ勇者共を滅ぼすおつもりなのでしょうか?」


「……え?」


「この森を統治なさっていた魔族様との戦いでも、お嬢様がお助けにならなければあいつらは今頃死んでいたと小生は思ってしまうのです」


「それは、その……、だから……」


 あれほど自信の塊だった彼女が、蝙蝠の質問一つで分かり易く狼狽えだした。視線はあちらこちらへと移り変わり、たらたらと額からは冷や汗を流し、小さな手をもちょもちょと身体の前で動かし続ける。


「無論。我々魔物も、魔族様もすべては魔王様、ひいてはお嬢様に命を捧げている存在で御座います。お嬢様の作戦のなかで散るのは本望でありますが……、小生と致しましては早い所勇者を滅ぼしてしまったほうが良いのではないかと」


「あ、甘いですわ!」


「ははァ!」


 ずびしッ!!

 女魔法使いは蝙蝠に指を突付け、復活した自信……、があるようにも見えなくもない恰好にて宣言する。実際には、腰に当てた方の手が震えているのだが。


「わたくしは魔王の娘! そして次期魔王ですわ! たとえ潜入という作戦の最中だからといってわたくし以外の手で勇者が死ぬことが許されると思いまして? 否! 否ですわ!」


「ぉ……、ぉぉおお!」


「わたくしたちに歯向かう者は、この手! そう、この手で葬ってこそ価値があるのです! それこそが魔王なのです!」


「御許しください、お嬢様! お嬢様の気高く猛々しい考えを少しも理解せずに、小生は……、小生は愚かでありました!」


「おーほっほっほ! 良いのです、誰にも間違いがあるというもの!」


 空中で平伏するという離れ業を披露する蝙蝠に、少しばかし危なかった女魔法使いの自信は完全に復活を果たす。

 果たすのだが、


「小生はてっきり一緒に旅をしているなかで奴らに情が移ってしまい殺せなくなってしまったのではないかとばかり!」


「おー……ほっほっほ……、そんなわけ……ないでは、アリマセンか?」


 すぐに巻き戻ることになる。


「剰えお嬢様が奴らに惚れてしまったのではないかと心配で心配で!」


「…………ほぇ?」


「勇者と一緒に寝ている番の時はちらちらと奴の寝顔を見ている時や!」


「ごふっ」


「戦士の料理をそれはもう美味しそうに食べてはいつもいつもちょっぴり下手くそに褒めてなんとか会話をしようと探している時や!」


「げふっ」


「奴らが水浴びをしている時などは魔法で姿を消して覗きに」


「黙りなさい」


「けぷらァ!」


 見事なジャンピングニーを受けて蝙蝠は強制的に黙ることとなる。


「と、ともあれ! どれもこれもあれもそれもすべてはわたくしの作戦なのですわ!」


「さ、さすがでございま、すお嬢様……!」


「見ているのです! このわたくしの華麗なる勝利を!」


「お見事です、お嬢様!!」


「最後に勝つのはこのわたくしですわ! おーっほっほっほ!!」


 ちょっぴりとやけくそ気味な女魔法使いが高々に笑う。

 問題は至る所にありそうではあるが、実際、魔族が勇者一行に潜入しているのは事実である。人類を滅亡に追い込み兼ねない秘密がここに確かにあったのだ。



 ※※※



「で、どうするんだよ」


「どうしようか……」


 燃え続ける焚き火を若干死んだ目で勇者と戦士は眺め続ける。顔に浮かぶ疲れは、昼間の戦いでの疲労など比べ物にもならないものであった。


『わたくしは魔王の娘! そして次期魔王ですわ! たとえ潜入という作戦の最中だからといってわたくし以外の手で勇者が死ぬことが許されると思いまして? 否! 否ですわ!』


 女魔法使いが消えていった方角から聞こえてくる彼女の声に、二人はさらに頭を抱えていく。


「悪い子じゃないと思うんだ……」


「実際、あいつが魔族にトドメ刺すこともあるしなぁ」


「もうちょっと、もうちょっとだけ秘密を隠す努力さえしてくれれば」


「これはもう、実はああいう分かり易いっていう作戦なんじゃないのか?」


「そう思う?」


『最後に勝つのはこのわたくしですわ! おーっほっほっほ!!』


「絶対に違うと思う。言い出しておいてなんだが」


 続く彼女の隠している気があるのか突っ込み所しかない声に、勇者と戦士はため息をこぼすしか出来なかった。


 秘密を守れている。

 そう思っているのが、自分だけであるというのは……、それなりによくある話。

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