第19話 セルリウム
それを聞いたミライさんとかばんさんが固まる。俺にはその理由が分からない、なので率直に聞いた。
体を起こしてカコさんを見て問いかける。
「セルリウムって何ですか?」
カコさんは顔色を変えずにそのまま話し出した。
「簡単に言うとセルリアンの元よ。」
なんだって?セルリアンの元が俺の体から検出された?それじゃあ俺はセルリアンになってしまうのか?そんなの嫌だ!!!!
「落ち着いて、まだセルリアンになると決まったわけではないわ。もうちょっと詳しく調べたいから採血させてもらうわ。」
そういってカコさんは駆血帯を取り出した。
「右腕出してくれる?」
また体を寝かせて言われた通りに袖を捲って右腕を肩ぐらいまで出した。
腕が圧迫される。さっきの駆血帯が巻かれたのだろう。それから間もなくして肘の内側に痛みが走る。おそらく針だろう。
治るよな…?もし治らないんだったら…。
「終わったわよ。いま調べてくるからちょっと待っててね。」
そう言ってカコさんは部屋から出て行った。
部屋が静かになる。
「ごめんなさい…」
ミライさんがそんなことをぼそっと俺に言ってきた。どうしてだ、ミライさんは何も悪くないだろう。
「どうして謝るんですか、ミライさんは何も悪くありません。」
「でもフレンズをできる限り守るのが私たちパークスタッフの務めなのに…。特殊ではありますけどあなたもフレンズなんですから。」
何も言えなかった。現状その通りだから。
これじゃあ今まで培ってきた技術はどうなる。俺がセルリアンとなってみんなに向けられてしまうのか?
実際俺が見た夢ではアオにこの技術を向けていた。
この未来はどう頑張ったって変えられないような気がしているんだ。でも自殺はしたくない。
天井を見つめたままそんなことを考えてるとカコさんが部屋に戻ってきた。
体を起こしてカコさんを見ると目が合った。
「今から言うことはとても大事なことだからよーく聞いて。」
俺の肩をつかんでそう言われたので少し困惑しつつもうなずいた。いったい何を言われるのかという心配はあるが聞く以外道はないだろう。
「あなたの体から検出されたセルリウムはおそらくすべてあなたの血液中に混ざっているわ。」
血液にセルリウムって…さっきみたいに注射でセルリウムを入れられたってことか?やっぱりあの時なのだろうか。でもそんなことをされて覚えていないはずがないんだがな。
「今のままならあなたの体内のセルリウムが活性化することは無い、それにそのセルリウムは通常とはちょっとちがうみたいなの。」
それってつまりセルリアンにはならないってことか?なら良かった…。でも油断は禁物だ。何かあってからじゃ遅い。
「そのセルリウムが活性化しないのはおそらくあなたの体内に流れるサンドスターのおかげよ。つまりどういうことか分かる?」
カコさんはそう問いかけてくる。それが俺のサンドスターのおかげということはつまりそういうことだろう。答えは一つしかない。
「サンドスターを使いすぎないこと?」
カコさんは俺の答えを聞いて満足げに続きを喋りだした。
「その通り。あなたが普通に意識を保てるレベルならセルリウムが活性化することは無いわ。でもサンドスター欠乏症レベルまで行くとセルリウムが活性化してあなたはセルリアンになってしまう。ちょっとラッキーを貸してちょうだい。」
腕からラッキービーストを外してカコさんに渡すとミライさんに何やら頼み事をしていたがこの数時間で与えられた情報が多すぎてそれを聞こうとは思わなかった。
しかしサンドスターを使いすぎないようにすることか…。難しいな、意識を保っていられる限りは大丈夫だということは敵対性の感情ではセルリアンが抑えられないということか。
困ったな、最近特訓しているときは敵対性の感情しか湧かなくなっていた。自分に対してもそうだ。
万事休すだ、どうやっても変えられない。俺が自殺する以外でこの未来を変えられる気がしない。
そうなったときのために誰かに言っておいたほうがいいかもな。
こんなことになるんだったら俺は生まれないほうが…。
「ちょっと聞いてる?」
「あ、ごめんなさい。」
カコさんがため息をついて話し出した。
「あなたのラッキーが体内のセルリウムの状況を感知できるように改造したわ。これで今まで通りとはいかなくともそれなりには特訓できるはずよ。」
「ありがとうございます。」
カコさんにはしてもらってばっかりだ、いつまで続くんだろうか。いつか恩返しとかしたいな。
その時部屋にある音が響き渡る。俺の腹の音だ。
時刻は昼過ぎ、今思えば俺は朝から何も食べていない。
音がやんでしばらくするとかばんさんが笑い出した。
「どうして笑うんです?」
「ごめんなさい、やっぱりグンさんはグンさんだなって思って。」
どういうことだろうか。俺がどんな状態であっても俺は変わらないということだろうか。今の俺にとっては非常にいい言葉であると同時に一番の皮肉でもある。
俺は変わらない。つまりそれは未来も変わらないということである。もう誰かに殺してもらうしかないんじゃないだろうか。
「なにか食べに行きますか?」
かばんさんが笑顔でそう語りかけてくる。
「そうね、たまにはみんなで外食と行きましょうか。」
カコさんにしては珍しく乗り気みたいだな。
「カコさんがそういうならみんなで行っちゃいましょう!」
ミライさんもか…。まあ、たまにはこういうのがあってもいいかもな。
「何食べに行くんですか?」
カコさんは顎に手を当ててしばらく考えた後提案してきた。
「前回と同じでいいかしらね。」
「あそこですか、いいですね!かばんさんはどうですか?」
かばんさんはいつもの雰囲気を保ったまま答える。
「僕もそれでいいと思います。」
「そうと決まれば早速いきましょうか。」
そう言って部屋を出ていくカコさんに2人もついて行った。俺も遅れないように体を起こしてドアに手をかけると同時にふと部屋を見渡した。
来た時と光景が変わらない。いろいろされたはずなのにその痕跡が無いのだ。セルリウムは聞く限りでも危険な物質だ。
そんなものを置いておくわけにはいかないということだろう。それにしても片付けるのが早すぎないか?
いや、俺の気に留まらなかっただけか。
その時ラッキーが虹色に光出した。
「ちょっと何してるのよ、もうみんな外で待ってるわよ?」
ラッキー越しにカコさんの声が聞こえてくる。
「ごめんなさい、今行きます。」
ラッキーの光が消えるのを確認して来た道をそのまま戻って外に出る。
カコさんが言っていた通りそこには白衣を脱いだ3人が立っていた。いったいどこにしまっているのだろうか。
というか白衣を脱いだカコさんを見るのは初めてかもしれない。なんだか違和感がある。白衣を着ているカコさんに見慣れてしまったからであろう。
「それじゃあ行きましょうか。」
カコさんを先頭にパークセントラルを歩く。そういえばこの辺にどんな施設があるのか研究所とこの病院以外全く知らない。人が住まう場所なんだ。もっといろんな施設があるのかもしれない。
どうせ特訓したってセルリアンに使う前に俺自身がセルリアンになるんだ。そうなったら死んだも同然、しなくていいだろう。
それならフレンズとしての余生を探索で楽しんだほうが俺は気兼ねなく逝けるだろう。
そんなことを考えていたら前を行く三人の足が止まったので俺も止まる。
「着いたわよ。」
そこには何の変哲もないレストランがあった。日本にいた時にミライさんと会った建物に形だけ似ている。
「久しぶりですね。」
そして入店する。中は昼時ということもあって人がたくさんいる。カコさんが何やら店員さんと話している。
「こちらにどうぞ。」
奥から店長らしき人が出てきてそう言ってきた。そのまま案内されるままについていく。
「ふっ、なるほどね。」
その声を聞いて振り返る。声がした方向の席には誰もいなかった。その席には誰がいただろうか。
思い出せない。他の席の人はある程度思い出せるがそこだけ出てこない。いったいどうしてだ。
それと同時にどこかに行かなければいけないという衝動に駆られている。どこかは分からないが呼ばれている気がする。
「グンさん?」
かばんさんに呼ばれて気を取り戻す。
「あぁごめんなさい。」
小走りで3人に追いつくとそこには個室のようなものが見えた。VIP席ってやつだろうか。カコさんはいったい何者なんだ、まあでも研究所の所長をしていてなおあの優秀だ。そこそこの権力はあるのだろう。
案内をしてくれた店長らしき人がドアを開けて中に案内してくれた。
「中には使用人が1人おりますのでご注文やご用件はそちらにお願いします。」
俺宛てのメッセージだろう。ここに来るのは初めてだからだ、結構気が利く人だな。まあ気も利かない人間が店長になんてなれるわけないだろうし当たり前か。
「はい、ありがとうございます。」
部屋の中に入ると円形のテーブルに四つの椅子があった。内装はとても質素、カコさんの好みになっているのかもしれない。多分カコさんはあまり派手なのを好んでいないように見えるしな。
その椅子に腰を下ろすとさっき言われた使用人がメニューを渡してきた。
「おや?初めての方ですね。私はク・ルリアと申します、以後お見知りおきを。」
そう言って俺にはメニューと一緒に名刺も渡してきた。
「俺はグンです。よろしくお願いします。」
緑髪ロングのストレートで緑目の女性ですらっとした体つきをしている。綺麗な方だ。
「ご注文がお決まりになられましたらお申し付けください。」
「ルリア、私はいつものをお願い。」
「かしこまりました。」
いつもの?カコさんは常連なのだろうか。とりあえず俺もメニューを決めないと。
「ルリアさん、私はこのカルボナーラでお願いします。」
「じゃあ僕もそれで。」
「グン様はどうなさいますか?」
ルリアさんがそう聞いてくる。いろんな料理があって選べない、どれもおいしそううだ。
「でしたらこちらはどうでしょうか。」
ルリアさんがおすすめしてきたのはマカロニグラタン。メニューの半分くらいは食べたことないものだったしそれにしておこう。
「じゃあそれで。」
「かしこまりました。では料理担当の者に伝えてまいりますのでしばらくお待ちください。」
そう言ってルリアさんは部屋を出て行った。
沈黙が広がる。まあ喋ることがないのも頷ける、3人はいつも研究に没頭しているのだ。そして俺はそんな3人の仕事を増やすことになっているのだろう。
でも不健康なようには見えない。みんないきいきしている、かばんさんも6時ごろにはいつも帰ってきていたし。
ドアの前で誰かが話しているのが聞こえてきた。たぶんルリアさんだ。
「おや、これは失礼。」
さっきも聞いた声だ。ルリアさんの声はぼやけて聞こえるのにこの声ははっきりと頭に入ってくる。わざわざ
「用は済んだのでお暇させていただきますよ。」
やけに響いてくる。どこかで聞いたような、腹の立つ声だ。
「待ってろよ、すぐに"迎えに行くからな"。」
どういう意味だろうか、まさかあの男が俺を無理やりセルリアンにでも変えようというのか?まったくもって検討がつかない。
考えているとルリアさんがドアを開けて部屋に戻ってきた。
「伝えてまいりました。もうしばらくお待ちください。」
再び部屋に静寂が流れる。さっきの声はカコさんたちに聞こえていたのだろうか。
「みなさん、今の部屋の外の会話聞こえました?」
「はっきりとは聞こえなかったけど聞こえてたわよ、それがどうかした?」
やはり俺にしか聞こえていなかった。いったいどうやってピンポイントに伝えてきているんだ。俺の中にあるセルリウムを通して?セルリウムを制御するなんてできるのだろうか。
いやでも俺の中にあるのは特殊なセルリウムらしいし不可能ではないのかもしれない。セルリウムを改変する技術があるなんて相当な強者だ。正しい方向に使えばきっとフレンズの助けになるだろう。
しかしそうしないということは理由は一つしかないだろう。そのセルリウムを使って俺やフレンズを陥れるためだろう。そこまでの技術を持っているのに世間に知られていないということは知られたくない理由があるからだろう。
あいつは何者なんだ?聞いたことあるようだし妙に腹が立つ声だった。俺の過去に何か深いかかわりのある人間なのだろうか。
記憶には無いが体は覚えているということが今までにもあった。今回のこの嫌悪感もその一部なのかもしれない。
あいつを見つけて情報を引き出さない限り俺は成すすべなくセルリアンへと変えられてしますかもしれない。なんとしてでも見つけなくては。
その時、ドアが開かれる。そこには料理を持った店員と思われる人間がいた。
「料理をお持ちしました。」
その人はテーブルの近くまで来るとそれぞれが注文した料理を目の前に運んでくれた。料理やフラットウェアを置かれる。
「ではごゆっくりどうぞ。」
そう言って踵を返し、その人は部屋から出て行った。
「それじゃあいただきましょうか。」
「「「「いただきます。」」」」
これはスプーンで食べればいいのだろうか。とりあえず一口食べてみる。
「おいしい。」
それは思わず口に出るほどの絶品だった。今まで食べてきた何よりもおいしいと感じた。
「ありがとうございます。」
ルリアさんが満足げな笑顔でそう言った。
「実はそのグラタン、私が発案したメニューなんですよ。」
こんなにおいしい物を作れるのにどうして使用人なんてやっているんだろうか。それなら料理人でもすればいいのに。
……
「「「「ごちそうさまでした。」」」」
みんなが食べ終わったタイミングで挨拶をする。
「いつもありがとうねルリア。」
「いえ、これが私の役目なので。」
落ち着いた声色でルリアさんは返事をする。それと同時に部屋のドアを開けて、出やすいようにしてくれた。
「この後私たちは研究所に戻りますがグンさんはどうしますか?」
今日はいろいろ疲れた気がする。もう帰って休みたい。
「俺はもう帰ることにしますよ。」
「じゃあここで今日はお別れですね。」
そう言って3人は研究所へと足を進めようとする。俺はそれを止める。
「あの、ちょっと待ってください」
「どうしました?」
理由は単純明快。
「道が分からないんですけど…」
「ラッキーに頼めば案内しくれますよ?」
さも当然かのようにミライさんは答えたが俺からしたら初耳である。でも普通に考えたらそのくらいできて当然なのだろう。
日本からここまで連れてこられる間に降ろされたときは下に何があるかまで伝えられていた。
「じゃあ、私たちは行きますね。」
こんどこそ研究所に向かっていく3人を見届けた俺はラッキーに道案内を頼む。
「ラッキー、かばんさんの家まで案内してくれるか?」
「マカセテ。」
ラッキーが道を喋りだしたのでその通りに歩いていく。
……
「ただいま。」
リビングに入るとみんなが話していた。
「おかえり、今日は早いね。」
日はまだ登ったまま、少し傾いているくらいだろう。今日したことと言えば身体検査と昼食くらいだ。
「まあね。」
それだけ答えて俺は部屋に向かう。もう今日は何もする気力がない。明日はどうしようか、ラッキーにナビ機能があったことだし適当に歩き回って探索するとしようか。
ドアを開けて入った部屋はいつもと変わらない俺たちの部屋だった。それぞれの所持品が少し散らばっている。
どうせ俺はしばらくして死ぬんだ。自分の荷物くらい片付けておこう。
机の上やベッドにすこし乱雑に置かれた自分の物を使えるものはポーチに、要らないと思ったものは捨てて片付けて行った。
「何してるのグン?」
片付けに夢中になっていてその気配に気付かなかった。アオが不審な顔をしてこっちを見ている。
そう思うのも頷ける。つい昨日までそのままにしていたものを急に片付けだしたんだ。しかも朝にかなり焦っていたというのもある。
何かあったと思われても不思議ではない。それに俺はよく顔に出る。
「たまには片付けでもしようかと思ってね。」
「ふーん、まあそういうことにしておいてあげるよ。でも何かあったら言うんだよ。」
鋭いアオのことだ、理由はともかく何かあったということはお見通しなのだろう。
「あぁ、ありがとう。」
そう答えるとアオは部屋を後にしていった。
「これは…」
アオに貰ったペン。机に置きっぱなしにしていたがかなり大事にしていたもの。必然とはいえ初めて人からもらった物だった。
返すべきだろうか。いや、これは持っておこう。少しは心が軽くなる気がする。
そこにペンがあるなら当然スケッチブックもある。アオのと俺のが重ねておいてある。
それを手に取って広げ、自分が描いたものとアオが描いたものを見比べる。相変わらず俺の絵は出来が悪い。アオの絵はやっぱりうまい、こんなのに追いつけるのだろうか。
いや、今はもう無理だ。追いつく間もなく寿命が来る。それは一週間後かもしれないし明日かもしれない。皮肉なもんだよ、2週間前に成長が楽しみとか話したばっかりなのにそんな間もなく命が終わるなんて。
スケッチブックをそっと閉じて机に置く。これはさすがにポーチには入らない、そのままにしておこう。
その後も片付けを続けていくうちに散らばっていた自分の荷物がだいぶ少なくなった。このくらいまでやっておけば大丈夫だろう。
今日は本当に疲れた、もう何もする気力が無い。
ベッドの中に潜り込むと溶けるように力が抜けて行った。これじゃあもう動けない、今日の夕飯はパスしとこう。
明日はどこに行こうか。帰り道の途中にあったショッピングモールにでも行ってみるかな。
そんなことを考えているうちに眠気に襲われた。それを受け入れ眠りにつく。
アオ…あと何日一緒にいられるかな…。
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