私達の暮らしているこの世界では日常的にゾンビが徘徊している
矢魂
私達の暮らしているこの世界では日常的にゾンビが徘徊している
いつもと変わらない通学路。私は普段通り一人で駅に向かって歩いていた。いつもと少し違うのは、朝からちょっと嫌なことがあったくらいかな?はぁっ、と小さく溜め息を吐いた私の鼻につんとした異臭が吸い込まれる。生ゴミを寄せ集めて、真夏の炎天下に丸一日放置したようなそんな臭い。もしくはお父さんの靴下の臭いか。最近ではすっかり嗅ぎなれた臭いではあるが、それでもくさいものはくさいのだ。それと共にやや遠くから、びちゃっ、びちゃっと水気を含んだような足音が近づいてくる。
(『アレ』が近づいて来てる)
そう感じた私は満を持して振り返った。そこには、全身の肉が腐り、骨や臓器が剥き出しになった男が白目をむいて迫っていたのだ。つまり、世間一般でいう『ゾンビ』。それが私の背後にいた。
私は慣れた手つきでカバンからガスマスクを取り出すと、それを装着する。そして山本製薬から発売されているゾンビ撃退専用スプレーをそいつの顔に吹き掛けた。
「うぅ……うぁぁ」
唸りながらよろめくゾンビの隙を逃さず、カバンの底に忍ばせている短い鉄パイプをそいつの両足に叩きつける。もともとゾンビの骨にはそこまでの強度は無いのだろう。まるで枯れ枝の様にそいつの骨はポッキリと折れた。……これでもう追ってはこれないだろう。そうして私はゾンビ撃退グッズをカバンにしまうと、警察に電話をした。そこで初めて私はそのゾンビの顔を見た。……ああ。この辺りをいつもランニングしているおじさんだ。健康の為に走っていたのに、こんな死に方をするなんてちょっと可哀想だな。……ツイていないといえば今朝の私だってそうだ。駅に向かう道すがら、私は家を出る前の事を思い出していた。
朝、いつものように自室で目を覚ました私は身支度を整え、リビングへと向かっていた。その途中、家の中で微かに異臭が漂っているのが感じられた。鼻の奥を突く、あの独特な臭い。そしてその正体はリビングの扉を開けた瞬間、明らかになった。
「うがぁー!うごぅぅ……」
「あら?おはよう」
リビングには父……いや父だったものが手足を拘束された状態で床に転がっており、その傍らには眉をしかめた母が立っていた。
「お父さんね、昨日の帰りにゾンビに噛まれちゃったみたいなの。明け方に発症したみたいで……もう!だから飲み屋に行くのはほどほどにしなさいって言ったのに」
ぷんぷんと口を尖らせると、母は父への愚痴をこぼした。その足元では未だにゾンビが唸っている。
「あっ!そうそう。お母さんもう市役所の方には連絡してあるから。今日の夕方にはお父さん引き取りに来てくれるって。家族の感染チェックもその時にするらしいからあなたも今日は早く帰ってくるのよ?」
それだけ言うと母は朝食の準備にとりかかった。だが私は流石にこんな臭いの中で食事は出来ない。だからチラリと父だったものの顔を覗き込むと、朝食も食べずに家を出たのだ。
ゾンビがいつから街を徘徊するようになったのかわからない。とにかく私が産まれるよりかなり前だということくらいしか知らない。SNSやインターネットの掲示板では、やれ国の陰謀だ突然変異だある研究所から漏れたウィルスが原因だなどと、あらゆる説が飛び交っている。だけど、どれが本当かなんて私にはわからないし、どれも真実じゃないかもしれない。考えてもわからないなら考えるだけ無駄だと思ってしまう私はドライなんだろうか?それに彼等が出没した当初は世界中がパニックだったらしい。が、それなりに撃退法が確立され水際での対策が進んだ現在では、ゾンビに対する認識は恐怖の対象から気を付けるべき事象へと移っている。田舎に住んでいる
そんなことを考えてるうちに駅へと着いた。私は脇目もふらずに改札へ向かうとそこに設置された生体反応感知器に手をかざす。これは電車内にゾンビが侵入することを防ぐための水際対策の一環であるらしい。正直こんなの意味ないし、ただのお国のアピールにしか見えない。それでも文句も言わずに皆従うのはあまりに日本人的というかなんというか……。
とにもかくにも駅のホームへと到着した私は周りをぐるりと見渡す。辺りにはちらほらガスマスクを着けた人が見受けられる。ゾンビの異臭から身を守るため、外に出る時はガスマスクを常に装着する人は一定数いる。でも私はオススメしないんだよね。だって臭いがわからないとゾンビの接近に気が付かないことって結構あるんだ。音も聞き取りづらいしなによりかわいくない。私の友達も去年ガスマスクのつけっぱなしでゾンビに噛まれちゃったんだ。いい子だったのに残念……。
そんな事を考えているうちに、ホームに電車が到着した。
(朝から嫌なこともあったけど……今日も一日頑張りますか!)
私は気合いを入れ直すと、やや混雑した電車に乗り込んだのだった。
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