第四章 推理編

第1話 各々の証言

 事件現場―――茨薔薇いばらの園、一階、蜜峰漓江みつみねりこうの個室、バスルーム。


 第一発見者―――寮監、濠野美咲ほりやみさきの証言。


「アタシは、百瀬のヤツに『蜜峰の身の回りの世話』を頼まれていてな。定期視察、ってことで蜜峰の部屋まで訪ねたんだが、インターホンを押しても反応がないから、予備の鍵を使って中に入った。当然、この時はしっかり部屋の扉には錠が掛かっていたぞ。……で、部屋に入ったがリビングにも寝室にも蜜峰の姿がなかった。こりゃシャワーでも浴びてんのかと思って、声を掛けてからバスルームに入ったら、明かりは点いていたがシャワーの音はしなかった。そして、そこには―――蜜峰のヤツが全身血塗れで倒れていたんだ。断っておくが、アタシはまったく蜜峰の身体に触れたり、事件現場を無闇に荒らしたりなんてしていないぞ? それで、とにかく緊急事態だってことで百瀬に連絡を取ったあと、倉敷を呼び付けて現場の検証を頼んだ。んで、その場を倉敷のヤツに任せてから、アタシは寮監室に戻って監視カメラの映像記録を倍速で見返していたんだが、朝にアタシが三峰の部屋に訪ねた時―――つまり、蜜峰のヤツが生きていたことが確認できている時間から、アタシが蜜峰の死体を見つけるまでの間、蜜峰の部屋に訪れた人間はいないかチェックしていたが……それに当て嵌まる人間は一人だけ。渋谷のヤツが蜜峰の部屋に訪れ、およそ三分と少しではあるが中にいたことを確認している。部屋に入る時と出る時の姿格好はまったく変わりのないようだった、ラフなシャツ姿で手には鞄を持っていた。時間は死体発見から約一時間ほどだな。アタシの証言できること、といえばこんなところか」


 現場検証者―――倉敷八代くらしきやしろの証言。


「私は寮監様に呼ばれて現場に駆けつけました。それまでは部屋で一人でいましたので、アリバイと言われても証明できませんが……ああ、でも監視カメラで立証できるかもしれませんね。それで検証結果ですが、私もプロではありませんので、確実な実証は不可能です。あくまでも素人よりは目が効く、程度のものであると断っておきます。蜜峰さんですが、手首からの大量出血によってバスルームが血塗れになっていました。恐らく死因はそれでしょうが、少し不可解な物が現場に落ちていました―――注射器です。濡れていたのでシャワーによって洗い流された後に捨てられていたと推測されます。これが何を意味するのかはわかりませんが、注射器を刺した跡はどこにもありませんでしたので、事件との関係性は薄いと思われます。次にナイフですが、こちらは傷のあった左手とは別、右手に握りしめられていました。血痕も付着していることから、これは間違いなく蜜峰さんの手首を切った凶器でしょう。元々、指紋や落ちている髪の毛などといった細かい分析はできませんが、現場がバスルームであることから、比較的それらの証拠を隠滅するのは容易いでしょうし、実際のところ目立ったものはありません。そもそも鍵を閉めていた上での事件ですから、ほぼ間違いなく自殺と判定してしまっていいと思われます」


 事件統括責任者―――百瀬百合花ももせゆりかの発言。


「確かに自殺である可能性が高いとは思われますが、容疑者とも言える渋谷さんはいったいどちらへ行かれたのです? 連絡をしても既読さえ付きませんし、このタイミングで姿を眩ませるなんて少しばかり怪しいのではなくて?」


 本来、無関係であるはずの二人―――紅条穂邑こうじょうほむら三日月絵瑠みかづきえる―――の内、穂邑の発言。


「僕も何度か連絡を試みてるけど……やっぱりこっちも駄目みたい。でも、それだけで香菜が蜜峰さんを殺しただなんて絶対にあり得ないと思うけど―――」


 それに対し、百瀬百合花の反論。


「本来関わるべきではない紅条さん達に発言権まで与えたつもりはありませんが……まあ、良いでしょう。首を突っ込んだからには役に立って頂きます。わたくしがどれだけ言っても引き下がるつもりはないようですし。それで、渋谷さんについてですが―――私情を挟まずに言えば、間違いなく怪しいでしょう。現場が密室であったという事実が覆らない限り、彼女が犯人である可能性は高いままでしょう。つまり、わたくし達が行うべきは、自殺である可能性を考慮した上で、他殺である可能性を探り、それを論理的に潰すことです」


 さらに、それに対して美咲の発言。


「つってもな……アタシは確かに鍵が閉まっているのを確認してるわけだし、部屋の窓もちゃんと鍵は掛かってた。他に侵入できる場所なんてどこにもない。つまり現場は完全なる密室だ。しかし、渋谷がどんな要件で蜜峰の部屋に訪ねたのかは確かめる必要はあるだろうが、アイツはほとんど白だろうさ。現場は血塗れだったのに渋谷のヤツが部屋から出たとき、監視カメラに映っていた姿はどこも変わりなかったしな」


 それに対して倉敷が発言。


「やはりこれは自殺ということで落ち着きそうですね。それよりも連絡の取れない渋谷さんが気掛かりです。彼女を犯人であると疑うよりも、まずは安否を心配するほうが大事なのでは?」


 口を噤んでいた絵瑠がそれに同意する。


「あの……えっと、その。わたしも、そう思います。誰も行けないなら、わたしが探しに行きましょうか……?」


 絵瑠の提案に賛同するように、穂邑が口を挟む。


「僕も一緒に行くよ。現場でやれることはもう特になさそうだ。あるかもわからない密室のトリックとやらの解明は百瀬先輩に任せる。蜜峰さんの死と香菜の失踪。これは決して無関係とは言えないはずだし、二人と関わりのある人間で自由に動けるのは僕だけだからね」


 溜め息を吐きながら、百瀬百合花が肯定する。


「良いでしょう。お二人には渋谷さんの捜索をわたくしが直々に依頼します。敷地外に出ればわかるはずですし、恐らくは茨薔薇の敷地内―――美咲さん、寮の監視カメラで彼女の行く先を追うことは?」


 どこかバツの悪そうな顔で、美咲が答える。


「あー、それがな……。寮の外に出て行ったまではわかるんだが、それ以上はわからん」


 穂邑はそれを聞いて、即座に動く。


「それなら寮の外……もしかすると校舎かもしれない。僕達はそっち方面で香菜を探すことにしよう。さあ―――行こう、える」


 絵瑠は頷き、穂邑と二人でその場から離れた。

 百瀬百合花はしかめっ面をしながら、呟くように言う。


「蜜峰さんが自殺……。本当に、そうなんですの……?」


 それぞれの思いが交錯し、事件の幕は開ける。


 ―――果たして、その真相は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る