第88話 おっさん、罠を張る

 なんと、馬車に乗ってバルバラがやってきた。

 バルバラは俺が憑依しているジャックの幼馴染だ。


 ジャックを好きなのかな。

 ジャックの記憶が無い俺には厄介者としか考えられない。


「元気でやっているようね」


 バルバラの視線がアルマ達三人を行き来する。

 だがそこに嫉妬の色は見えない。

 ジャックを好きな訳じゃないんだな。


「何で来たんだ?」

「何でって? 幼馴染だからに決まっているでしょ」


「そうか。まあ何にもない所だけど、気が済むまで居てくれていい」

「記憶は戻った?」

「いいやまだだ」

「そう」


 俺はスコットを呼び出した。


「バルバラの護衛をしてやってくれ」

「何で俺が。部下に任すが、いいか」

「いいぞ」


 爺さん婆さんが護衛に付くのなら問題ないだろう。

 仕事の忙しさでバルバラの事などすぐに頭から抜け落ちた。


「あいつ、怪しいぜ」


 スコットがそんな事を言いにきた。


「あいつって?」

「バルバラだよ。やっている事が間諜のそれだぜ」


 ほう、バルバラはどうやら敵の一味らしい。


「尻尾を出したんだよな」

「決定的な証拠はないが、動作がみえみえなんだよ」


「間諜だが、素人というところか」

「そうだな。その表現で合っている」


 俺はバルバラを夕食に招いた。


「いい物食ってるわね」


 調味料は魔力通販で出したからな。

 味付けには自信がある。


「まあな。領の経営も順調だからな」

「老人に聞いたのだけど、干ばつで酷かったらしいわね」

「そうだな。なんとか餓死は免れたってところか」


「どうやって?」

「そこは色々と工夫してだな」


「私に隠し事をするようになったのね」


 バルバラの目が探るような目つきに見えた。


「領の経営の話なんか聞いても退屈だろう。女の子ならお洒落とかしか興味がないと思ったよ。そんなに知りたいのか」

「別にいいわ。水の呪符を大量に作って持ち直したのは知っているわ」


「まあな。呪符作成スキルしか頼る物がないんでな」

「ついに役に立つようになったのね。嬉しいわ」


 バルバラの様子は少しも嬉しそうではない。

 素人の間諜だな。

 演技ぐらいすればいいのに。


「ありがと。明日は領内を案内するよ」

「ええ、お願いするわ」


 次の日。

 バルバラと一緒に領内を回る。

 最初に行ったのは修練場だ。

 老人達がつぶての呪符を片手に小石を的に放っていた。


「ここでも呪符なのね」

「まあな。使える物は使わないと」


 次は肥料を作っている所に案内した。


「臭い」

「臭いだろ。肥料を作っている」

「そんなの見れば分かるわ。どうやってって事が知りたいわ」

「ゴブリンとウルフを材料に呪符を使ってだな」


「ここでも呪符。呪符を書いている人達はどこ?」

「それは教えられないな。この領の生命線だからな」

「えー、私にも?」


 バルバラはしなを作っているが、別にどうとも思わない。

 俺はジャックじゃないし。


「ああ、教えられないな」


 バルバラはスパイ確定だが、誰の手の者なのか。

 十中八九、弟のブレッドの手先だと思うが、そこをはっきりさせたい。

 しばらく泳がせてみるか。


「女を3人も侍らしているし、あなた変わったのね」

「そうだな。別人になったと思ってもらっても良い」


 実際に別人だからな。

 他の人の魂が入っているなんて信じないだろうから、秘密でも何でもない。


「優しかったあなたは、もう居ないのね」

「俺は優しいよ。領民だって救っただろう。こんな優しい男はいないと思うがな」

「そういう事ではないのだけど、今のあなたに興味が湧いて来たわ」

「そうかい。存分に見ていってくれ」


 へぼなスパイは扱いが楽で良い。

 これで種は十分に撒いた。

 あとは罠にかけて証拠を押さえてぎゃふんと言わすだけだ。

 さて、後の展開が楽しみだ。

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