第239話 おっさん、別れる

 俺は真夜中までムハナの脇で過ごした。

 白い日焼けしていないうなじを見ると血を吸いたくてムラムラする。

 俺はアイテムボックスから血を出して飲んだ。


「ひっ、ここはどこ? 悪魔、とと様とかか様を返して」


 ムハナが目を覚ました。


「ここに悪魔はいない」

「そう良かった」


 ムハナが再び眠りに就いた。

 悪魔とは誰だろうか。

 皇帝の事かな。


 朝になればはっきりするはずだ。


 時間が経ち俺が血を再び補給するとムハナが目を覚ます。


「最後に私は自由に振舞えたわ。満足よ」


 そう言ってムハナはにっこり笑うと、目をつぶった。

 慌てて鼻のそばで寝息を聞く。

 良かった死んでない。

 もうこの部屋で血は飲まないぞ。


 朝になりムハナが目を覚ます。


「いかがしましょうか」

「状況を話せ。昨日は何があった」

「ドアの隙間から悪魔が見えたのです」

「そいつは誰だ?」

「両親を殺した男です」


「それで逃げ出したのか?」

「悪魔の手にかかれば皆殺しになります。あなた達を巻き込みたくなかった。好意を持った人間を殺されるのはつらい」

「そうか。自分で選択したのだな。命令ではなく」

「はい、いけなかったでしょうか」


「そうだな。やり方は間違っていたが、そういう気持ちは大切だ。それが人間だ」


 ほどなくして、イリスが引き取りにきた。


「ムハナが皇帝の血筋よ」

「どうするつもりなんだ」

「分からないわ。レジスタンスの人間は殺すべきと言うでしょうね。げんにシュトロムはそう言っているわ」

「可哀そうだな。なんとかならないか」


 可哀そう、何がだ。

 言葉だけで実感がない。

 ただ、口に出しただけだ。


「説得させる材料がないと」

「なら、こういうのはどうだ。皇帝を倒すだろ。その後釜に据える」

「それじゃ今と変わらないわ」

「慌てるな。議会を作る。そして、儀式をムハナが執り行うんだ。議会開始の宣言とかな。実権は何もない。君臨すれど統治せずだ。それを法律で決める」

「上手く行くかしらね。でもやってみる価値はあるわ」

「晩餐会などには出席させる。だが、挨拶をするだけだ。外交はしない」

「なるほどね。皇帝の血筋を国の箔つけに利用するのね」

「そうだ」


「分かったわ。皇帝を倒すまで、秘密裏に保護しましょ」

「そうしてくれると助かる」


「嫌だ、嫌だ、嫌だ」


 ムハナがだだをこねた。


「わがままも言えるようになったんだな。大きな進歩だ」

「見捨てないで」


「見捨てるんじゃない。一時、別れるだけだ。また会えるさ」

「絶対だよ。約束だ」

「ああ、魂に掛けて」


 泣きじゃくるムハナをイリスが連れていった。

 ああ、感動しないな。

 いよいよ、人間味が薄れてきたか。

 悲しいとも感じない。


 あるのは血の渇きだけ。


 ポータブルDVDプレイヤーで別れの映画や感動の映画を見る。

 だが、心が反応しない。

 昔はこれで泣けたんだけどな。

 俺は途方にくれて放心していた。


「ムニ、どうしたの。ぼーっとして」

「ジャスミンか。俺の寿命は残り少ないらしい」

「死ぬの」

「分からない。狂ってモンスターになるか、それとも命を絶つか分からない。人間に戻るかも知れないが、その日は近いと思う」

「じゃ、あんたの最後は私が看取ってあげるわ」

「よろしく頼む」


 これでモンスターになっても、ジャスミンが止めを刺してくれるだろう。

 心残りは無い。

 人間に戻る事を断念した訳じゃないけどな。

 早く皇帝の弱点を見つけないと。

 焦る気持ちも沸いてこない。


 だが、情が無い分、冷静に判断できるような気がする。

 何を目指そう。

 民衆を味方につけて革命か、それとも皇帝の暗殺か。

 民衆を味方に付けるのはレジスタンスが既にやっている。

 暗殺も容易くはないだろう。

 ふと思った俺のような存在が沢山いれば、皇帝を引きずり下ろせると。

 人間の血を吸ってヴァンパイヤを作る。

 いや駄目だ。

 人間を食料として見たらもうそれは人間ではない。


 聖杭ミスランターだ。

 これが俺がアンデッドになったきっかけだ。

 これの犠牲者を探すんだ。

 きっといると思う。

 そうすれば同類が見つかるかもしれない。


 イリスに言って聖杭ミスランター関連の任務を割り当てて貰おう。

 それが近道のはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る