第144話 おっさん、何気ない日を過ごす

 親方と過ごした始まりの街に帰って来た。

 工房に行くと修理をしている音がする。

 ドアを開け。


「親方!」


 と俺は叫んだ。


「前の親方なら亡くなりました」


 親方とは別の職人がそこには居た。

 そうだよ。

 生き返る訳がない。


 俺の後ろに人が立った。


「あんたは親方の葬儀を出した人だったかな」

「ああ、よく銃弾を買いに来た人か。覚えているよ」

「立ち話もなんだ。一杯ひっかけねぇか」

「そうだな」


 男と昼の酒場に入る。


「エールを二つ。つまみは適当に」

「話が何かあるのか」

「やけにしょんぼりしたふうだったからさ」

「そうか気を使わせたな」


「親方がやっていた工房だけどな。近々売りに出される」

「儲からないのか」

「事故物件なんで誰も嫌がる。今いる職人も出ていく予定だ」

「そうか。じゃ俺が買ってみようかな」


「親方を知っているあんたなら、しっくりくる」

「そう言って貰えると嬉しいよ」


 俺は親方の工房を引き継ぐ事にした。

 親方の墓石の前で手を合わせる。


「俺が工房を引き継いでも良いだろうか」


 風が木の葉を揺らした。

 なんとなく承諾してもらった気がした。


「仇は討ったよ。親方は喜ばないかも知れないが、ケリはつけた」


 ヴィスを埋葬してやらないとな。

 仇がこの街に眠ってたら、親方がゆっくり休めないだろう。

 俺は隣街に行ってヴィスを葬った。


「親方、時計を修理してくれ」


 買い取った工房に客が来た。


「せっかく来てもらって悪いな。分解は出来るんだが、修理は出来ない。それに俺は親方じゃない。おっちゃんとでも呼んでくれ」

「ちっ、無駄足かよ」

「時計なら新品を売ってやる」


 俺は100均の時計を出してやった。


「こいつは小さくて良さそうだ。いくらだい」

「そうさな。銀貨1枚かな」

「安いねぇ」


「そうだが。これは魔力駆動でもゼンマイでもない。電池ってのを入れると動く」

「なるほどね」

「電池は銅貨1枚で売ってやる」

「そんな安くていいのかい」

「良いんだよ。道楽だから。壊れた時計は俺が修理に出しておいてやる。こっちもマージンは取らないから安心しな」

「そうかい。じゃこの銀貨1枚の時計をしばらく使ってみるよ」

「おう、そうしてくれ」


 しばらくして別の客がくる。


「頼んでた弾丸は出来てるかい」

「ああ、出来てるよ。俺の作った物じゃないけどな」

「しかし、何だね。あんた人に仕事を回してなんの得があるんだい」

「それね。道具を売り込むんだよ。例えばこのノギス、見ない道具だろ。筒の直径が分かる」


「ほう、こりゃ便利だ。それは俺にも売って貰えるのか」

「ああ、銀貨1枚だ」

「ほら、銀貨1枚。なるほどね、こうやって弾丸の直径を測ると。おお、ぴったりだ。弾丸のジャムっちまう事が減ったがこんな道具が流行ってるのか。納得だね」

「道具が良くなりゃ。職人の腕も上がるってものだ」


 客は去り、また別の客が来たようだ。


「バイクを修理する間。代車を出してくれるって聞いたよ」

「おう、液体の燃料で走るバイクだけどな」

「走れりゃなんでもいいさ。急ぎ隣街まで荷物を届けなきゃならん」

「裏に停めてあるから好きのを選んでいいぞ」


 工房の裏に回った。


「ほう、こいつは選り取り見取りだな。ところでガラクタを修理に持ち込んで、代車をかっぱらう奴もいるんじゃないか」

「このバイクは特殊な燃料でしか走らないから、燃料が切れるとガラクタさ。ガラクタを持ち込んで、ガラクタを得たんじゃ手間賃にもならない」

「そりゃそうだ」

「道楽でやっているが、間抜けじゃねえさ」

「そんなもんだよな」


 親方、こんな工房で良かったのかな。

 修理仕事はよそに回して、俺は斡旋するだけだ。

 だが、何となくこの世界で工房をやっているのが、親方に対する供養なような気がした。


「港町ライニーアから、醤油とマヨネーズの注文が来たよ」


 ギルドの職員見習いが伝言を届けにきた。


「おう、ありがと。走って汗をかいたろう。サイダーでも飲んでいきな」

「これこれ、これがあるから辞められない。銅貨10枚のお使いなんてろくなものじゃないけど、サイダーがあれば話は違う」


 調味料の注文がギルド経由で入っている。

 梱包して送らないと。

 こんな感じでベティナの一日は終わって行く。

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