第33話 面倒くさいよ、セシルくん!


 セシルにファンレターを出したその日の午後、リディが作ってくれた夕食を食べていると扉の郵便受けに何かが投函された。

 なんだろうと思って覗いてみると、そこにはなんと差出人セシルと書かれた封筒があった。


 封筒を開けると、便箋からは柊の香り。

 どうやら香水ではなく、柊を削り出して練り込んだ紙らしい。


『お手紙拝見いたしました。まずは私が出版した本『宵闇の宴』をご購入いただき誠にありがとうございました。拙作に情熱的な視線を向けてくださったことを深く感謝します。つきましては、お時間の合う時で構いませんので一度お会いしたく思います。

 サンガスター男爵家第二令息セシルより』


 そんな言葉と同封されていたのはとあるアフタヌーンティーの招待チケット。

 日時と会場が書かれたそれには、服飾規定ドレスコードが書かれていなかった。

 アフタヌーンティーの規模を考えて、恐らく中流貴族の社交の場であるとみて問題なさそうと判断し、実家から持ってきた(半ば母に押し付けられた)服から白のブラウスと白と黒のチェック柄のミモレ丈スカートを着ていくことにした。


 そして、貰ったチケットを片手にアフタヌーンティーが開かれるという店を訪れた私を歓迎したのは、


「………………。」


 明るい茶髪をオールバックに纏めた黒スーツのセシル・サンガスター。

 今にも雨が降り出しそうな天気だというのに、傘も持たずに店の前で忙しなくきょろきょろとしていた。

 どう声をかけようか悩んでいる間に彼は大股で私に近づくと無言で私を見下ろす。

 頭一つ分背の高い彼を見上げるのもなかなか一苦労だ。


 数秒見つめ合って、埒があかないと判断。

 挨拶をしようとした矢先、ポツポツと雨が降り始めた。


「御招待いただきありがとうございます……あっ、雨が降り始めたので店に入りましょうか」

「……ああ」


 店自体はこじんまりとしたレストランだった。

 恐らく客足が減る時間帯を狙って貸し切りになっているのだろう、店の中はセシルと私以外に従業員ぐらいしかいなかった。

 人の少なさに目を丸くしていると、セシルは店の外を眺められる窓際の席に座る。

 突っ立っているわけにもいかないので、とりあえずセシルの向かいに私も座った。


「紅茶でございます。茶葉は南産のダージリンでございます」

「ありがとうございます」


 給仕が出した紅茶をそっと飲みながら、さてどうしたものかと頭を悩ませる。

 もう少し人がいるようなホームパーティーもどきを想定していただけに、二人きりというこの状況でどう振る舞うべきか考えていなかった。

 何せ、相手は無口なセシル。

 何を話せばいいのかもわからない。


 困り果てていると、最初に口を開いたのはセシルだった。


「君の話は大まかにだが聞いた。その年で勘当されるとは大変だな」

「あ〜……まあ、自業自得ですから。暫くは貯めていたお金でどうにかしますよ」


 親から仕送りを貰っているということは個人的な事情なので伏せておくとして。

 男爵家の令息にも噂話が広がっているのは些か居心地が悪い。


「そうか。その……新生活は大変だと聞く。執筆の方は大丈夫なのか?」

「書き溜めていたものがあるので当分はなんとかなりますね。幸いにもペンとインクはあるから、紙さえ買えばなんとかなります」

「そうか、それはよかった」


 ふっとセシルは微笑むと、私と視線が合うなりきゅっと眉を顰める。

 持ち上げかけたカップをソーサーに戻し、彼は一気に捲し立ててきた。

 まるで何かを弁明しているようだ。


「今の良かったというのは、決して新作が出ることを喜んでいるわけじゃない。非力な君でも稼げる手段として執筆が最たるものであることを考慮してだな……!」

「は、はあ……?」

「とにかく、分かったな!?」

「は、はい……」


 私としてはどちらの意味でも構わないのだが、セシルはどうやら『新作を期待している』とは思われたくないようだ。

 つくづく面倒な男。

 一体何を考えているのかさっぱり読めない。


 分かればいい、と紅茶を啜るセシルに苦笑しながらも、気を取り直して私からも話を振ってみることにした。


「セシル様が書いたという『宵闇の宴』を読みました。孤島の屋敷で起きる殺人事件のトリックには驚かされました」

「そうか」

「特に登場人物たちの駆け引きや心理戦は手に汗握る緊迫感があって、なんか、もう凄かった!!」

「お、おお……」


 語っているうちに内容を思い出して、テーブルの上に乗せた拳に力が入る。

 過去に一度、ミステリー物に挑んだことがあるが、自分でも『これは人には見せられないな』という出来の物しか作れなかった。

 だからこそ、妬みや嫉みはあるけれども、セシルが書き上げた『宵闇の宴』は素晴らしいと心の底から言える。


「特にラストはラブロマンスも絡めつつしっかりと考察の余地も残しながら答えを提示していて、凄いとしか言いようがなかったよ!! 思わず何度も読み返したわ!」

「そ、そうか」


 きょとんと惚けた顔をしたセシルの顔を見て、自分がテーブルに乗り出して語っていたことに気付いて咳払いをしつつも席に座り直す。

 興奮のあまりに我を忘れるなんてはしたないわ。


「君には俺の書いたものがそう見えたのか」

「ええ。貴方の本を買えて良かったと心の底から思います」


 そう告げると、セシルはふいっと視線を逸らした。

 数秒無言を保った後、静かに呟く。


「怒らないのか?」


 そっと伺うような視線は初めて会った時のニコラスを彷彿とさせた。

 彼の方が、私よりも三歳年上だというのに不思議なものだ。


「怒るって何に? セシル様は何も悪いことはしていないでしょう?」

「前書きの部分を読んでいないのか?」

「前書き……あぁ、そういえば私のことについてどうたらこうたら書いていましたね」


 今の今まで頭からすっぽりと抜けていたが、私が小説を出したからセシルも本を出したと前書きに書いてあった。

 正直言って、本の中身の方に意識を向けていたので前書きなんてどうでもいい。


「怒りませんよ、あんな低俗な煽り文程度では。それに、私が小説を出したから、貴方も小説を書こうと思ったのでしょう?」

「……ああ」

「なら、私が小説を出版した価値がありましたわ」


 セシルは苦々しい表情を浮かべて私の顔を見る。

 その視線はありありと疑惑の色が浮かんでいて、彼は言葉こそ少ないものの所作や振る舞いで胸中が分かる人物なのだなと私はぼんやり思った。


「君は、なんというか、気色悪いな」

「あら、素直な感想をありがとうございます」


 セシルはカップに残っていた紅茶を飲み干すと、テーブルに置かれていた伝票を一瞥して、隣の座席に置いていた鞄から財布を取り出す。


「俺のことは敬称をつけなくてもいい。父は男爵だが、次男など平民と変わらん。君も勘当されたなら俺と同じ平民だ」


 そう言って札を一枚、財布から取り出して机に置くと椅子から立ち上がる。


「すまないが、この後予定がある。釣りはとっておけ」

「え、あ、ちょっと!」


 私の制止も聞かず、セシルは雨が降る店の外へ駆け出していった。

 渡された金額は紅茶二杯分でもお釣りが沢山あるほどで、彼なりの気遣いだとは分かっていても受け取るには額が大きい。

 碌に別れの挨拶も伝えられずに曲がり角で消えた背中に、私は呆れるしかなかった。

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