第27話 微笑むのは悪魔だけ
ざわざわと騒がしい大ホールのなか、遠巻きに眺める人々に囲まれながら私と王妃は立食形式のお茶会に参加していた。
「レティシア。あなたは私に恩を売っておいて、対価に求めるものはないとおっしゃるのね」
「ええ、王妃殿下がお困りになられた際に助けるのは臣民として当然のこと。見返りを求めるなんて恥知らずな行いはできません」
「人の夫を脅しておいてよく言うわ」
シェリンガムが寄越したデザインよりも遥かに洗練された首詰めのドレスを身に纏い、孔雀の扇子を手にした王妃は気品と威厳に満ちている。
襟には細やかな刺繍が施され、それがこの世で一つしかないものだと一目見て分かった。
少し話してみてよく分かったのだが、彼女はとても洞察力に優れている。
人間関係においてもバランス感覚がよく、有り体に言えば苦労人なのだと伺えた。
「シェリンガムの悪事は公にはならず、内々に処理します。彼には『温情』と『慈悲』を持って教会へと出家していただき、情報を流出させた第三王子は謹慎を言い渡します」
王妃はパチンと扇子を閉じて、手でトントンと叩く。
「ルーシェンロッド伯爵家には後日、謝礼を与えましょう。それと、貴女の服を仕立てたという『天使の刺繍針』には褒賞を……やることが多いわね」
「心中お察しいたします」
ふうと息を吐いた王妃は、私に視線を戻すと上から下まで眺める。
その視線は私が今着ている服を値踏みしていた。
「私とのドレス被りを絶対に避ける為にそんな風に仕立てたなんて、貴女って噂に違わぬ変人ぶりね」
「お褒めに預かり光栄です」
「その最小の面積に施した針子は凄いわ。私の魔力放出に至近距離で耐え切った時から思っていたのだけど、いい仕立て屋を見つけたものね」
ジュリアの顔が脳裏を過ぎる。
のほほんとした顔で、とんでもないものを納品してきた彼女には呆れるしかない。
ちらりと見れば、大ホールの天井には王妃が起こした氷風で凍りついた箇所がちらほら見える。
会場のあちらこちらでは度々くしゃみする音が響いていた。
「運が良かったとしか思えません」
シェリンガムがいなければ、私は氷漬けになって緊急搬送されていたかもしれなかった。
彼には助けられてばかりだ。
「それに、シェリンガムにあそこまで執着されるなんて貴女って本当に変わってるわ」
「それが私にも何故彼が執着するのか分からないのです。今まで接点がなかったもので、心当たりが何一つなく……」
転生前のレティシアと接点があったわけでもなく、政敵であれど執著するならば父か母が社交界で会う機会が多い。
彼の動機だけはどうしても私には分からなかった。
「あれは昔から『自分は評価されて当然』と思っていたから、きっと有名な貴女を僻んだのでしょう」
「はあ……今後も絡まれないといいのですが……」
「上手く立ち回ることですね」
無情にも王妃はそこまでシェリンガムと関わる気はないらしい。
もっとも、社交界を追放されて職を失った以上は食い扶持を稼ぐためにも、私に関わってくる時間すら惜しくなるだろう。
今回の件で父は責任追及を逃れるために私を勘当する。
代わりに優れた魔力を持つ他の家から養子を引き取って後継ぎに据えるのだ。
当初は父も母も渋ったが、最終的には頷かないといけなくなるように誘導した。
実際、魔力のない私が婿を迎えるよりも優秀な人材を育てた方が堅実。
私は煩わしい伯爵家令嬢のアレコレから解放されて執筆に本腰を入れられる。
お互いWIN-WINな計画だ。
ああ、本当にここまで上手く物事が転がるとは思わなかった。
笑いがこみ上げてきてしまう。
「話は以上です。下がってもよいですよ」
「ありがとうございました。それでは失礼いたします」
宮廷儀礼で学んだ通りに一礼してから、王妃の前から退散する。
王妃から離れた私に駆け寄ってきたのはアランだった。
「レティシア、その、大丈夫だったかい?」
顔から下を見ないようにして話しかけてくるアランに思わず笑みが溢れる。
周りはジロジロと見てくるというのに、意外にも彼は純情なのかもしれない。
「ご機嫌よう、アラン様。ご心配をお掛けしました。アラン様が危惧なさるようなことは無事に回避できましたわ」
「そうか、それならよかった」
ほっとした表情を浮かべ、胸を撫で下ろしたアランはそれから少し眉を下げた。
「君は本当に凄いな。なんだかいつか僕の手が届かないほど遠くに行ってしまいそうだ」
「その時はきちんと一言告げてから行きますわ。まだまだ小説は書きたらないのでかなり先の未来になるでしょうけど」
「それもそうか」
幾分かマシな顔になったアランは、まだ挨拶回りがあるからと後ろ髪を引かれるような振る舞いをしながらも他の貴族に話しかけに行った。
アランと入れ替わるように私に駆け寄ってきたのはサリーだった。
ドレスの裾を軽く持ち上げながら、息を切らせて私の前にやってきて口を開く。
「レティシア! ああ、よかった。貴女に何かあったら、私どうしようかと……!」
走ってきた影響で寄れたフリルの付け襟を直してやりながら、私はそっと苦笑する。
どうやらファーレンハイト侯爵と娘のサリーは変わらずルーシェンロッド伯爵家と懇意にしたいらしい。
「私は大丈夫よ。それよりも心配をかけてごめんなさいね」
「いいのよ、だって私たち親友ですもの!」
そう言って私の手を握り、笑みを浮かべるサリー。
王家主催のお茶会ということで化粧を施した彼女は、子供と大人の中間にある独特の美しさと可愛さを持っていた。
なるほど、これが乙女の魅力というやつなのだろう。
「それより、今日の貴女は素敵ね。淡い水色のドレスがよく似合っているわ」
「ありがとう、レティシア。貴女の服もとっても素敵よ。身体のラインが美しいから、何を着てもきっと似合ってしまうのね」
「あら、お上手」
和やかに歓談しながらも時間は進んでいく。
そして、シェリンガムとのドタバタ以外に特に大きな事件も起こらずお茶会は無事に終わりを迎えたのだった。
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