第4話 楽しいお茶会でも小説書きたい!


 自分が悪役令嬢『レティシア』に転生していると気づいてから数日。

 昏睡で失った体力を取り戻しながら、併せてレティシアらしい振る舞いを学習しつつ知識を擦り合わせた。


 大まかにだが、レティシアの家族関係も分かってきた。


 レティシアの父ルードはルーシェンロッド伯爵家の当主。

 良くも悪くも仕事人間で、家庭にあまり関心がない。

 ディナーの席も黙々と食事を済ませると『仕事がある』と言って家族を置いて立ち去る。


 対して、レティシアの母エリザベータは感情の起伏が激しい。

 しばしば使用人に八つ当たりしている光景を目にしている。

 本人にもコントロール出来ていないようで、激しい折檻の後は自分自身の激情に驚いているようだった。


 知り得た情報を紙に記して、分析した結果それほどレティシアに扮することは難しくないことが分かった。

 危惧していたマナーは幸いにも身体の中に知識として蓄えられていたし、本棚にはそれ関連の本がある。

 教本だけしかないのが少し残念だが、これも小説に役立つと思って読んでおいた。



 そして、今日は転生してから初めて家族以外の人と会わなければいけない。

 貴族の令嬢ならば必ず一度は経験するという『お茶会』だ。

 庭園の薔薇を鑑賞するという名目だが、実際はレティシアが健康であることをアピールするために開催される。

 招待されたのは父が所属する派閥のなかでも親交の深いファーレンハイト侯爵家。

 いきなり衆目に晒すのではなく、徐々に広げていくという計画なのだろう。


 リディに手伝ってもらって腕を通したドレスはライムグリーンに染められたシルクのドレス。

 袖口はきらきらと輝くトパーズのブレスレットを嵌め、首元には向日葵を模したロゼットというアクセサリー。

 こういったアイテムで裕福さを宣伝しないといけないのだ。


 会場はルーシェンロッドの屋敷の庭園。

 参加者の来訪を日除け傘の影に置かれたガーデンチェアに座りながら待つ。


「それにしても、まさか日本語以外の言語を喋っていたとはね」


 なんとなしにリディや使用人の口を見ていて、どうも私が耳にしている音と口にしている言葉は違うことにも気づいた。

 意識してみれば、前世で日本語と英語を話す時のようにスイッチを切り替えることで出力する言語を変えられることが分かった。

 私が転生直後に書き綴った長編小説はこの世界の言語だったので、意識しない限りは日本語が飛び出すということはなさそうだった。


 そんな取り留めのないことを考えていると、複数の足音が聞こえてきた。

 どうやらお茶会に招待された面々が到着したらしい。

 やがて庭園にやってきたのは、綺麗なドレスに身を包んだ貴族たち。

 そのなかで一番若い少女がたたたっと私に駆け寄ってくる。


「ああ、レティシア! 体調は大丈夫なの?」


 クリクリとしたヘーゼル色の瞳で私の顔を覗き込んでくる少女は、招待リストによればファーレンハイト侯爵家の末の娘サリーだろう。

 レティシアとしての社交マナーを参照しながら、スカートの端を摘んで挨拶をする。


「ええ、この通り体調に問題ありませんわ。私の為に心を砕いてくたさったこと、深く感謝します」

「はっ……、ファーレンハイト侯爵家の娘として、この度災難に見舞われましたルーシェンロッド家の安寧を心よりお祈り申し上げます」


 どうやら私とサリーは仲が良かったらしい。

 私の無事に思わずマナーを忘れて駆け寄ってしまっただけで、慌てて彼女も挨拶を返せばファーレンハイト家の間に漂っていた緊張が少し緩まる。


 追いついたファーレンハイト侯爵夫人が何かサリーに耳打ちすると、サリーは笑顔でこくんと頷くのが見えた。

 その光景を見て、私は違和感を覚える。

 客人を前に耳打ちはあまり好ましくない動作だ。

 相手に不信感を与えかねない。

 先ほどのサリーの行動を咎めたにしては、彼女の顔が明るいことも気になる。


 そんな好奇心を刺激されつつも、お茶会は幕を開ける。

 主催者である父が一歩前に出て、恭しく一礼をして挨拶を始めた。


「この度は我が茶会の招待に応じてくださり、心より御礼を申し上げます。どうぞ、我が屋敷の薔薇をお楽しみください」


 父の言葉を皮切りに当主同士の歓談が始まり、夫人は連れ立って薔薇と紅茶を楽しみ始める。

 彼らの話に耳を傾けていると、ちょいちょいとサリーに袖を引かれた。

 こっそりと私の耳元に口を寄せた彼女はこっそりと囁く。


「私、この前話していた吟遊詩人に会ったの!」

「まあ、吟遊詩人!」


 私の脳裏にハープを片手に鳥の羽を着けた人間がイメージとして浮かぶ。

 各地を巡っては見聞きしたものを詩にして語るという職業で、前世ではかの『ベオウルフ』といった伝説や神話を後世に残したとも言われる。

 一所に留まることなく常に放浪する為、『吟遊詩人』に会ったということは一種のステータスになる。


 吟遊詩人に会ったことがとても嬉しかったのか、口元を押さえてジタバタと悶えるサリー。

 興奮して顔に少し赤みが差している。


「それでね、お願いして王妃フレイヤの詩を聞かせてもらったの!」

「あら、それは良かったわね。どんなお話だったか聞かせてくれるかしら?」

「勿論よ! まずはね、ルーサー王とフレイヤは結婚するの。でも、ルーサー王は浮気性で他の女性ばかり気にかけるけど、それでもフレイヤは王妃の務めを果たすのよ」


 なんとなく、これから話がどう転ぶのか見えた気がしたがぐっと口を挟みたいのを我慢して相槌を打つ。


「孤独なフレイヤに寄り添うのはルーサー王の腹心、ハミルトン様! フレイヤの為に竜を退治して、その鱗を献上するの。でもね、フレイヤへの恋は決して口にしないのよ!」

「まあ、ハミルトン様は素晴らしいお方なのね」

「そうなの! フレイヤに気持ちを告げてはルーサー王を裏切ってしまうからよ! 忠義と愛に揺れるハミルトン様……!」


 顔を真っ赤にして空を見上げ、胸を押さえる姿はさながら恋に恋する乙女。

 ストーリーの構成が『アーサー王物語』のアーサー王、王妃グィネヴィア、ランスロット卿の三角関係に類似しているのは、貴族の娘向けにシナリオを練ったからだろう。

 かの『アーサー王物語』も宮廷夫人に向けて脚色されたというから似通った構成になる可能性は高い。


「私もいつかハミルトン様のようなお方と……きゃっ」


 その光景を想像したのだろう。

 顔を押さえているが、髪から覗いた丸い耳は真っ赤になっていた。


「サリーはやっぱりハミルトン様のような男性が好きなの?」

「うん! 情熱的に愛されたぁい……!」


 身体をくねらせるサリー。

 年頃の娘らしい、可愛さのある愛され願望に苦笑しているとようやくサリーが居住まいを正した。


「そういえば、レティシアはどういう男性が好きなの? や、やっぱりこの前レティシアを助けたっていうクロノ様?」

「残念ながらその時のことを覚えてないのよねえ」


 謝礼の手紙を送ったのは昨日。

 急を要するような内容の手紙でもないし、感謝の言葉を綴っただけの手紙だから返信が来るかどうかは分からない。


「私は……刺激的な人が好きね。一緒にいて飽きないような人だといいわ」

「お、大人だわ……!」

「そうかしら?」

「も、もしかしてそんな詩を吟遊詩人から聞いたの?」


 チラリと視界の端で両親の様子を確認する。

 話は盛り上がっていて、終わる様子はない。

 何時頃に解散するのかはその時々によって決まるので、明確に終了時間は分からない。


 サリーの顔を見る限り、吟遊詩人の話を切り出してきたのはマウント目的でないのは確かだが、伯爵令嬢『レティシア』としてはこのままファーレンハイト家の自慢を聞いて終わりにするわけにはいかないのだ。

 先ほどのファーレンハイト侯爵夫人の耳打ちが関係していると思うが、確たる証拠もなく直接サリーに聞くわけにもいかない。

 つくづく貴族というのは面倒だと思う。

 が、同時にこれはチャンスだ。

 家の名誉を守る為なら、嘘も方便として許される。


「ええ。実は私も吟遊詩人にお会いして、詩を一つ教えてもらったの」


 当然、吟遊詩人に会ったなど嘘だ。

 吟遊詩人がいると聞いたレティシアはサリーに自慢しようと屋敷を飛び出して盗賊に襲われたのだ。

 だが、ここは吟遊詩人に会ったあとで襲われたということにしておこう。


「まあ、どんな詩を聞いたの? 教えて、教えて!」


 瞳を煌めかせる彼女に、私の口角も緩む。

 頭の中で組み立てるのは、女性の願望に付け込んだ恋愛物語。


「昔々、ある所に……」


 これから語るのは私がサリーの話を聞きながら作り上げた私オリジナルの小説。

 湧き上がる高揚感に、私は心の底から歓喜する。


 ああ、私は今、たしかに創作しいきている!

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