だから何?

阿紋

「明日何する」

 彼女の場合、この言葉に特に意味はなく、真面目に答える必要はない。

「挨拶みたいなものさ」

 戸惑い気味の隣の男に彼はそう言った。

「さてどうしよう」

 そう答えればすべては完了する。すでに明日の予定は決まっていた。

 浴衣姿の彼らは温泉まんじゅうを横目にくたびれかけた安宿に戻っていく。

「またお風呂に行くの」

 すっかり待ちくたびれた女が部屋に戻ってきた男に言った。

「そろそろ食事でしょう」

「そうだね。せっかく温泉まんじゅう我慢したんだから」

 安宿の食事にはあまり期待できない。男は思う。さっきはそんなことを彼女と話していた。

「茶碗蒸しが食べられれば、あたしはそれでいいの」

 茶碗蒸しなんて出るもんか。男は心の中で叫んだ。

 仲居が部屋に来て、四人はスナックのような部屋に通される。

 料理はごく普通の温泉宿の料理。特筆すべきものなどない。

「やっぱりお魚は新鮮ね」女が言う。

 ここで魚が新鮮でなかったら詐欺だと男は思った。

「安宿だったので私も少し不安でした」

 向かいの男に彼は笑顔でそう言った。

「でも茶わん蒸しがない」

「きっと後から出てくるんだよ」

「それはないかも。スプーンがないもの」

 彼女が彼にそう言った。

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