橋の下のチャンピオン

糸賀 太(いとが ふとし)

カラオケボックス

「三年生の御三方の引退を祝して」

 乾杯!ジュースのコップが五つ突きだされた。

「つづきましては、久葉先輩の全国大会、個人戦優勝を祝して」

 もう一度乾杯!団体戦は二回戦止まりだったから、僕だけが持ち上げられるのは申しわけない気分だ。

「そしてそして、久葉先輩のスポーツ推薦決定にも」

 三度目の乾杯!僕ばかり祝わないようにと、幹事の二葉には言っておいたのだけれども、このカラオケボックスの予約とか先生の許可とか、夏休みなのにいろいろやってくれたことに免じて許そう。

「ねえ先輩、実業団スカウトのウワサ、本当ですか?」

「ぼくにも教えてください」

 二葉が顔をぐっと近づけて聞いてきた。マネージャー兼任で一年の新田もだ。

「とりあえず資料を渡されただけだよ」

「久葉の腕前なら、ウワサになるのも仕方ない」

「テレビにも出たんじゃ。有名税だと思っとき」

 まだまだ上には上がいるのに。恥ずかしいから他の話題をふることにした。

「そうだ。合宿の写真、見ようよ」

「ああ、鳥居がスイカ割りでコケたやつな」

「そういう三谷かて、フナムシにびびってたやろ」

「ほらほら、先輩、写真出しましたよ」

 二葉がささっとすり寄ってきたとき、みんなのスマホが一斉に震えた。

「なんや、千鳥ちゃんか?まだ門限ちゃうやろ?」

「あ、メールだ。なんか動画が添付されてますね。ぽちっと」

「二葉くん、こういうのあんまりタップしないほうが…」

「えー、そういうの先に言ってくださいよ―」

 再生したのは二葉だけだった。

 サーっという微かなノイズとともに動画が始まった。

 映っているのは、どこか薄暗い場所だ。

 灰色の壁を背景にして、パーカーのフードを目深にかぶった男が立っている。

 暗くて顔がよく見えないが、体つきには覚えがある。

「よお、オマエら、オレだ。覚えてるよな?」

 画面の男は、左手でフードを跳ねのけた。間違いない。加賀美だ。

「まずは久葉、全国大会の優勝おめでとうと、言わせてもらうぜ。さすが全国ともなると、見たくないニュースでも目に入っちまうなあ。こんな零細剣道部じゃなくて、名門校に入ってれば団体戦優勝もいけたんじゃないか?ったく、高いところに登ったもんだ。おかげで、引きずり下ろすのが楽しみだぜ。

 単刀直入に言う。オマエら剣道部と決闘だ。

 明日、月曜日の正午、河川敷、鉄道橋の下にこい。

 竹刀をむき出しのまま持って、制服を着て、校章もつけてこい。絶対だ。

 どこの学校かバレる格好でケンカすればどうなるか、わかるよな。

 オマエらの進路も終わるんだ。オレの人生と同じように。

 言わなくてもわかると思うが、オレを知ってる奴らは必ず来ること、とくに…」

 加賀美が僕の名前を呼んだ。

 途端に、二年前のあの日がフラッシュバックした。男たちの怒声、重そうな音をたてるチェーン、振り下ろされる金属バット。アスファルトに竹刀が落ちる音、自分のことしか考えずに逃げだした僕。

「大丈夫ですか?せんぱい?」

 新田が、額に冷たいおしぼりを当ててくれた。

「ありがとう。大丈夫だから、心配しないで」

 動画はまだ終わらなかった。

「もしも学校や警察にチクったり、オレの注文を守らなかったら…」

「う、うわぁ!なんだこれ!?」

 二葉が大声を出した。

 画面には、黒地に赤でこんな文言が出ていた。

「これは人質だ。身代金は決闘だ。逆らったらデータを消すなりばらまくなり、オレの好きにする」

 ランサムウェアだ。

 二葉はスマホを見つめたまま、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしている。

「先輩、僕、スマホに彼女との恥ずかしい写真が…」

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