中途半端を矯正すれば、俺でも女神を落とせるらしい

きど みい

プロローグ-1 中途半端代表の俺


昔から、これと言って得意なことがなかった。


勉強も運動も出来ないわけではないけど、できるわけでもない。自分で言うのも気が引けるけど、顔も別にブサイクではないけど、イケメンでもない。



それでも学生時代は、どこかでいつか"自分だけの何か"が見つかる気がしていた。でも何年たってもそんなものが見つかることはなくて、中途半端な俺は中途半端なまま、社会人になった。


大学も中堅、そして企業も中堅。

給料はいいわけでもないし、悪いわけでもない。


もはやこの中途半端が、俺にとっての"自分だけの何か"なのかもしれない。



20代半ばになって、やっと俺は俺にあきらめがつくようになった。そして、思うようになった。



いいじゃないか、中途半端でも。



このままそれなりに働いて、特別ではないけど平凡で幸せな恋をして、その人と結婚して、それなりの家庭を築いて。

それも幸せの一つじゃないか。


特別になれる人なんて、ほんの一握りの人間だ。

俺はいつか自分もそうなれると信じていたけど、結果そうなれない人間だったんだ。



「侑(あつむ)ごめん、遅れた!」

「お疲れ~。」



20年以上自分と付き合ってきてやっとあきらめがついた俺の友達・太一(たいち)も、類は友を呼ぶとはよく言ったもので、同じように中途半端な男だと思う。それでもそこら辺のイケメンでチャラチャラして派手なやつよりは彼女を幸せにできるって思っているんだけど、なぜか俺たちのところにはなかなか女の子が寄ってこない。


「仕事、忙しそうじゃん。」

「うん、最近部署移動してさ。

もう引継ぎやなんやでバタバタ。」


そう言った太一は、確かにこないだ会ったより少し痩せたように見えた。

俺たちはお互い中堅企業の営業員をしているわけだけど、中途半端と言っても一生懸命働いている事には変わりない。無難に現状維持をしている俺からしてみれば痩せるほどバタバタしてるってかわいそうだなと思いつつ、テキトーに食べ物を注文した。


「なるほどな。

恋愛する暇もないな。」

「それがなくても恋愛してないんだけどね。」


それもそうだ。

俺たちはお互い自虐気味に笑って、ちょうどその時運ばれてきた大人だけに許された魔法の飲み物を飲み込んだ。



「トイレ。」

「ん。」



大学時代からの友達である太一とは、月に1回くらいはこうやってあって仕事の愚痴とか最近の合コンの報告とか、内容があるようでない話をしている。別に話す内容はなんにせよ、酒を飲みながらリラックスして過ごす時間があるからこそ、中途半端な自分でもなんとか生きていける。


絶対に本人には言わないけど、そういう意味では太一には感謝しなきゃなと思いつつ、トイレを探して迷路みたいな居酒屋の中のを当てもなく歩いた。



「え、つむくん?」



トイレが見つからなさ過ぎて店員に聞こうとしていると、後ろから懐かしい呼び名で呼ばれた。その声に思わず反応して勢いよく振り向くと、そこにはひらひらと手を振っている、香澄(かすみ)さんの姿があった。


「え…。

か、香澄、さん?」

「やっぱつむくんだ!

まじで久しぶりだね!

私が卒業して以来だから~

6年ぶり?」


香澄さんは俺たちの1つ上のサークルの先輩で、いわゆる"学園のマドンナ"みたいな存在だった。田舎から大学進学のために東京に出てきて始めて出会った時は、本物のモデルかと思ったし、実際街を歩けばスカウトをされることもあったらしいけど、本人は恥ずかしいからとすべて断っていたらしい。



大学生の時はそれなりに話していたこともあったけど、香澄さんが卒業して以来集まることもなく、あれからもう6年もの歳月がたってしまった。


「は、はい。

お久、ぶりです。」


最後に会った時、香澄さんは22歳で、それから6年たってるから28になってるはずだ。立派なアラサーと呼ばれる年になっているはずなのに、香澄さんは相変わらずキレイなままだった。むしろなんというか、もっとエロくて魅力的になった気がする。



大学時代は見慣れていたはずなのに久しぶりに会うと破壊力が強すぎて、俺はメデューサに石にされたみたいにそこに固まってしまった。



「全然変わってないね~。

むしろなんかイケてる大人になってるし。

スーツマジックかな?」



冗談を言って「ふふふ」と笑う香澄さんの破壊力は、本当にすさまじかった。この人がいれば、世界中に散らばった7つの球で願いを叶えてもらう必要がないくらい幸せになれそうだと思った。こちらは相変わらず固まったままだって言うのに、香澄さんは友達に楽しそうに俺のことを紹介したから、やっとの想いで頭を少し下げた。


「誰と来てるの?彼女さん?」

「いや、えっと。

太一と来てて。」

「え~たいちゃんもいるの?

会いたい会いたい!」


香澄さんはそう言って、友達に「ちょっと行ってくる」と一言告げたあと、俺に自分の席まで案内するよう促した。


「ね、他のみんなとは会ってるの?」

「はい、定期的には…。」


歩きながら香澄さんはとても無邪気にいろんな話をしていたけど、いっぱいいっぱいになっている俺はその話を半分聞いているか聞いていないかの状況で答えた。とにかく横を香澄さんが歩いていて、俺と楽しそうに話してくれているってことが信じられなくて、もしかしたら手と足が一緒にでていたかもしれないって思うくらいに、緊張はマックスまで高まっていた。



「た~いちゃん!」

「ほ?!え!?!か、香澄、さん?!」

「驚きすぎだよ~。」



俺たちの席に近づいてすぐ太一の姿を確認した香澄さんは、スマホを見て下を向いている太一に勢いよく話しかけた。香澄さんなんているはずがないと思っているだろう太一は、大げさなほど驚いた後、俺の方をにらんだ。


いや、不可抗力だよ。まじで。



「元気だった~?

たいちゃんも全然変わってな~い!」


俺たちの動揺にも気づくことなく、香澄さんはまた無邪気に言った。

自分もまだ動揺状態にいたけど、もっと動揺しているだろう太一が「げげげげ元気っす!」と答える見ていたら、なんだか少しおかしくなってきた自分がいた。


「も~ほんと懐かしい。

もっと話したいから今度飲みに行こうよ!」

「え?!」


今度は香澄さんが、俺の目をまっすぐ見て言った。

完全に気を抜いてしまっていた俺がわざとらしく驚くと、香澄さんの向こう側で今度は太一がニヤリと笑うのが見えた。



「え、いや?」

「もちろん、嬉しいっす。」

「やった~!」


香澄さんは破壊力ドラゴン以上の笑顔でそう言って、「またメッセージ送るね」と言って去って行った。



「お前、何連れてきてくれてんだよ。」

「嫌だった?」

「いや、最高。」



緊張が解けた俺たちは一気にジョッキに残ったビールを飲みほして、お互いニヤニヤしながら言った。



「いや、かわいすぎない?」

「ってかなんかエロイよな。」

「わかる、エロくなった。」


中学1年生みたいな会話をしながら、俺たちは追加のビールを注文した。

年だけはどんどん重ねてしまっているけど、心の中はきっと全然成長していない。分かってながらもバカな会話が止められなくて、それからも興奮気味で香澄さんのすばらしさについて語り合った。



「一生のお願い使えるなら、

俺、香澄さんとヤるわ。」

「侑には一生そんな日はこない。」

「お前にもな。」



太一に言われなくてもそんなことは分かっている。

でも中途半端な俺でも、かなわない夢くらい口に出してもいいじゃないか。



憎まれ口をたたきつつ、俺たちは香澄さんの昔の可愛さとか伝説を懐かしんでどんどん飲み続けて、そのせいでいつもより気持ちよく酔って居酒屋を後にした。



「んじゃ。」



逆方向の電車だったから駅で太一とはわかれて、ふわふわした頭のまま電車に乗った。香澄さんに会っただけでも、今日はとてもいい日だった。


無邪気に笑う顔とか、透き通る肌。

名前の通り澄んだようないい香りと、それにあのエロい、足。


大学時代は毎日あれが拝めたのかと思うと、その時の自分がうらやましくなった。



「はぁ。」



見るだけでこんな破壊力抜群なのに、香澄さんと付き合って結婚する男ってどんなやつなんだろう。それが少なくとも自分ではないってことだけは理解できたけど、毎日家に帰ったら香澄さんがいるなんて、幸せの極みだと思った。



彼氏は、いるのかな。

そもそももう結婚してるとか?


もしそうだったとしても、1回くらい、ヤらせてくれないだろうか。



彼氏も旦那もいなくても俺と香澄さんがそんな関係になれるはずがないのに、酔っているせいかまたそんなことを考えた。



「そんなこと…。」



あるはずないか。



終電も近い電車の中で独り言を言っているうちにだんだん眠くなって、知らないうちに眠りについてしまった。



「お客さん、終点です。」

「んあ…。す、すみません。」



酒も入っているせいでぐっすり眠ってしまった俺は、終点で車掌さんに起こされるまで眠ってしまっていた。幸いにも俺のマンションの最寄り駅は終点の駅だから、迷惑をかけた車掌さんに大きく礼をした後、いつも通り駅をでて、徒歩5分の所にあるマンションに向かった。



「ふわぁああ。」



今日は普通の週末を過ごすつもりだったのに、なんだか特別な日になってしまった。でも大きなあくびをしつつマンションのカギを開けると、そこに広がっていたのは見慣れた部屋の景色で、自分自身に何か特別なことが起こったとしても自分の部屋の景色は何も変わらないものだなと思った。



定番の位置に鍵を置いて、ネクタイを緩めながらリビングに入ってドカンとソファに腰掛けた。すぐに風呂に入ったら楽なんだろうけど、まだ少し酔いが冷めていない俺はまたあくびをしながらスマホを取り出して、いくつか来ていたメッセージを確認することにした。



中途半端な俺のスマホにはパッとしたメッセージなんか入っていなくて、どれも見慣れた広告とかそんなものばかりだった。いつも通りそれをリズムよく削除していると、その中でなんだか見慣れないメッセージが、目に飛び込んできた。



「なんだ、これ。」



"中途半端矯正委員会へのご招待"



「中途半端、矯正委員会…。」



聞いたこともない委員会の名前が、そこには記されていた。


なんだよこれ、スパムか?


今の時代、スパムメッセージが入る事だって珍しくないんだろうけど、自分が自分のことを中途半端だと思っているせいか、そのメッセージだけがやけに頭に残った。



「怪しい、な。」



そう思いつつ、俺はなぜかそのメッセージを開く手を止められなかった。



"突然のご連絡、失礼いたします。

中途半端矯正委員会と申します。

本日は、佐々木 侑様へ特別なご招待をさせていただきたく、

ご連絡させていただきました。"



予想に反してそのメッセージには、とても丁寧な文言が並んでいた。それにフルネームが間違えることなくきっちり打ち込まれていたから、どこから個人情報がもれたんだと少しゾッとした。



"突然ですが、中途半端だと思っているあなたの人生、

矯正したみたいと思ったことはありませんか?"


「しっつれいな…。」



聞いたこともないやつらに、"中途半端"だと言われる筋合いはない。でも大きな声で否定も出来ない自分が一番情けなくて、嫌味をいいつつ先を読み進めることにした。



"私たちの調査にご協力いただければ、

あなたの中途半端は矯正され、

あなたの一番の目的を達成することが出来るようになります。

もしご興味がありましたら、

下記電話番号にご連絡いただけます様宜しくお願い致します。

佐々木様のご連絡、お待ちしております。"



「なんだよ、それ。」



珍しいスパムだな、と思った。

特に怪しいサイトに案内されるURLがついているわけでもなく、連絡先と言って乗っているのは、フリーダイヤルの番号だけだった。



もしかしてこれ、連絡したら変な壺とか売り込まれるんだろうか。

っていうか最近スパムも、送る人選んで送れるようになったのかな。



"中途半端矯正委員会"とやらがどうして俺のことを選んでスパムを送ってきたのかはよくわからないけど、それにしてもピッタリな人にピッタリなメッセージ送っていることになぜか感心している自分がいた。



「みんなに送ってるだけか。」



よく仕組みは分からないけど、たくさんの人にこんな感じのメッセージを送れば、ピッタリの人に送られることもあるかと、少しずつ酔いが覚めて冷静になってきた自分の頭が言った。



そんな訳も分からないメッセージにブツブツ言い続けていると、他のメッセージが来た通知がなったから、いったんそれを閉じて確認してみることにした。



「…っ!!!!」



何気なく確認しようとした僕の口からは、驚きすぎて声が出なかった。

だってそこに表示されていたのは、"香澄さん"という文字だったから。


さすがにこんなにすぐに既読が付いたら引かれてしまう。

でもなんてきたかめちゃくちゃ気になる。


二つの気持ちの間で葛藤しながらメッセージが来てから何とか5分だけ時間をおいて、俺は恐る恐るそのメッセージを開封してみた。



"連絡先、消えてなくてよかった~!

香澄です。さっきはありがとう!"


もはやメッセージからいい香りがした。

そこまで読んでもう胸がいっぱいになってしまったからそのまま見ないでおこうかと馬鹿なことを考えたけど、気を取り直してその先を読んでみることにした。



"本当に飲みに行ってくれる?

いつなら空いてるかな~?"



正直さっきのは社交辞令だと思ってた。

でも香澄さんからそんな前向きなメッセージが来たことに驚きと喜びが隠せなくて、俺は誰もいない部屋の中「っしゃあああああ!」と大声を出した。



"こんばんは。

さっきはありがとうございました。"



こんな感じでいいかな。

いや、冷たい?


"こんばんわっす!

久しぶりに会えてまじで最高でした!!"



いや、きもいだろ。



"こんばんは!

こちらこそ、ありがとうございました。

俺は基本的に暇なんすけど、

太一が忙しそうなんで

予定確認してすぐ折り返します!"



何度打ち直しても、正解が見えなかった。

これまで恋愛は人並みに経験してきたものの、あんな絶世の美女とメッセージを送り合うなんてイベントがここ27年発生したことがなかった俺は、こんな何気ないメッセージを送るのだけでも40分の時間を要した。



「やっと送れた…。」


送信ボタン一つ押すだけで、一日働くより疲れた感覚に襲われてまたソファでぐったりすると、すぐにまたスマホがなった。



「ちょ、まじで香澄さん…。」



勘弁してくださいよ。

心の中でそういいつつ、今度はもったいぶることなくメッセージを開くと、そこに書かれていたのは俺の人生史上最も信じられないものだった。



"りょうか~い!

私は全然二人でもいいよ!"



え…。

これってもしかして、

二人で行きましょうっていう…誘い?



経験がなさ過ぎて大きく勘違いをした俺は、今度は速攻で"了解です!じゃあ来週金曜とかどうですか?"と返信していた。


太一にはゴメンって心では謝っていたけど、香澄さんから"大丈夫だよ"と返信がきてからも、俺は太一に予定を聞こうとはしなかった。

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