第二部 最終夜 12/24 23:51
83話 Wisp of Voodoo その1
アリスを退けたリコとセイレン、そしてナッツの三人は、ロメロがいると思われる、サンタ工房の隠れ蓑となっているトイズ・ファクトリーのバルテカ支社の近くにいた。
情報通りであればロメロにに残存戦力はない。だが同様にリコたちにも余力は残っていない。
キャロル、カナン、ソニアは戦闘不能。三人はナッツの代りに、救出した子どもたちの護衛についているが、いま彼女たちが敵に襲撃されてしまえばなす術がない。
リコは自律兵器の砲撃が直撃し、動けているのが不思議なほどの重傷。セイレンとナッツも、他に比べれば軽いというだけで、アリスとの戦闘でかなりのダメージを負った。
リコたちも、ロメロたちも、全員が死力を尽くして戦った。
お互い余力などどこにもない。それでも、戦わなければならない。
サンタとして、子どもたちを救うという夢を叶えるために。
初代サンタの遺物を手にし、世界を支配するという夢のために。
「ロメロがどこにいるかわからない状態だが、中に入るしかないか」
「スライムは限界まで用意してある。いつでもいけるよ」
セイレンは水道からスライムを補充し、能力の及ぶ周囲十メートル以内に、巨大なスライムを配置した。ロメロを倒すのに充分かはわからないが、これ以上は連れて移動ができない。やれることは全てやった。
「相談した通り、私は裏口から。リコとセイレンは前から。それで構わない?」
「問題ない」
ナッツは香水瓶を構え、突入準備を整える。
「一応忠告しておくけど、私からは二人の位置がわかる。だけど、二人はお互いの位置すらわからなくなる。それでも透明化するのね?」
「何年も一緒に戦ってきたからね。リコとなら姿が見えなくても連携は取れる」
「その通りだ」
「そう。仲良しなのね」
ナッツはリコとセイレンに香水を吹きかけ、姿を消した。そして、自分にも香水を吹きかける。
そして三人は聳え立つ巨大なビルに向かって歩き始める。
大量のゾンビによる警戒網は、リコやセイレンといった暗殺を得意とする懲罰部隊ですら、通り抜けることは容易ではない。
それを透明化で易々と潜り抜ける。
ロメロの居場所はわからない。いたとしてもそこには罠が仕掛けられているはず。
透明化し、暗殺できれば一瞬で全てを終わらせられるかもしれない。
直接戦闘を行うほどの体力は三人には残っていない。暗殺を成功させることがなによりも重要だった。
そこで三人は二手に分かれることにした。リコとセイレン。ナッツ。この二組。
三人でまとまって行動することも考えたが、爆弾やゾンビの大群に囲まれた場合、一瞬で全滅させられる。
そして戦力を失ったロメロは逃走の準備を進めているはず。準備が完了する前に見つけ出し、始末せねば手遅れになる。
三人で行動するより、二組に分かれる方が単純に捜索効率は上がる。
全滅リスクと捜索の効率。この両方を考えて二組に分けた。
ナッツが気絶するか死亡した場合、透明化が解除されるため、彼女の護衛に一人付くべきかも議論したが、ナッツの位置を正確に把握できない以上は連携が取れず、邪魔にしかならないという結論だった。
アリスとの戦いでもナッツがかなりセイレンに合わせていた。戦闘で勝てることと、その相手と連携が取れることはイコールではない。
それなら、リコとセイレンという、透明化した状態でも確実に連携が機能する組み合わせが最善だと考えた。
トイズ・ファクトリーの玄関から、リコとセイレンは中に忍び込んだ。通気口などの目立たない場所から忍び込む必要がないからだ。
上級サンタの力で、セイレンが入手したこのビルの図面には意図的な欠落があるように見えた。
おそらく、一般社会に溶け込むトイズ・ファクトリーとしては表に出せない、サンタ工房の拠点としての設備がそこにある。
二人は無人のビルの奥へと一歩ずつ、踏み込んでいく。
※※※
ナッツは裏口から内部に侵入していた。
電車を強襲し、自律兵器の奪取に成功していたなら、このビルを集中攻撃する予定だった。
サンタ工房が秘匿していない部分の内部構造は完璧に頭に入っている。
ナッツがいまいるのは一階の廊下。警備としてゾンビが徘徊している。
それをナッツは素通りしてロメロを探す。
最上階にいるのだろうか。アリスのいないロメロに逃げ場らしい逃げ場はないが、探すとなると一苦労だ。
「こんなに広いと見つけるのも一苦労ね」
ナッツは歩きながら周囲を探る。その時、二階から大きな音が聞こえた。
巨大なゾンビでも潜んでいるかのような、重い音が辺りに響く。
「とにかく、みんなを探さないと……」
ロメロの捜索も重要だが、大切な家族を探すこともそれと同じか、それ以上にナッツには大切なこと。
三人は無事でいるのか。そんな不安を感じながら進んでいると、さっきの大きな足音がナッツの真上に辿り着いた。
その瞬間、ナッツの真上にある天井が崩れ、巨大なチェーンソーが降ってきた。
まるでナッツの位置がわかっているかのように。
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