67話 Catch The Fortune その2
「……この勝負で本当に難しかったのは、お互いに勝負の場を整えることだったみたいだね」
「……なぜ、今更そのようなことを?」
「本当にそう思っただけなの。本当にそう強く思っただけ」
セイレンはおもむろに、ガラガラに手を伸ばす。
「一つ質問なんだけど、どうして道具を調べさせる時に、わざわざガラガラを台座から外して渡してきたの?」
「何を言ってるのか、全くわかりませんわね」
「スライムさえ使えれば、この鍵穴を開けられたのに……しれっと契約の中に、配達道具の制限を盛り込んである。悔しいけど、お前の方が上手だったよ」
「負け惜しみですか? それとも命乞いのおつもりですか?」
「私は自分の負けを認められないほど愚かじゃないよ。だから、これは負け惜しみ……」
コールは、自分の背後で物音がしたことに気付いた。
振り向くと、間近にキャロルがいた。
確かに配達道具でカナンと一緒に支配しているはずのキャロルが……動かれないように、一層注意深く、支配していたはずなのに、自分の意志で動いている。
セイレンの言葉が、キャロルへの合図だった。コールのイカサマを破るために動き出すための。
「これが狙いで、先ほど暴れたのですか……」
コールはキャロルの体が点滅しているのを見て、全てを理解した。
さっきキャロルが暴れたのは無敵時間に入ることで、確実に支配から逃れるために必要なゲージを溜めるためであったと。
そしてキャロルは、セイレンとコールの間にある停戦協定の対象外。
キャロルからコールへの攻撃は可能。コールにとって最悪なことに、人質を利用することはおろか、反撃すら許されていない。
そんな状態で、キャロルの攻撃をまともに捌けるはずもなかった。
「いくら反撃できないとはいえ、0.2秒であなたを殺すのはムリなんけどさ、鍵をスルくらいのことはやれるんだよねー」
コールは喉を狙ったキャロルの鋭利な手刀を両手で受け止めるしかなかった。
この一撃でコールの命までは奪えない。だがそれでキャロルには充分だった。
その隙をキャロルは見逃さない。喉をガードしたことで、ガラ空きとなったコールの胴体に手を伸ばし、胸ポケットを引きちぎり、台座の鍵を確保する。
そしてそれを、テーブルから身を乗り出しているセイレンへと渡した。
「ありがとう。キャロルのおかげで、この戦いに勝てたよ」
無敵時間を終えたキャロルは、糸が切れた人形のように地面へ倒れ込む。
全てキャロルの思い描いた通りの展開。これが最も安全に子どもたち全員を救える、確実な勝ち方だった。
「させませんわ!」
コールは追い詰められていたが、まだ間に合う。こうした危機的に陥った時のことも考えて、制限時間を設けたのだ。
「残念だけど、こっちの方が早いよ」
セイレンは素早く、ガラガラを固定している鍵を開ける。
そして、ガラガラを取り上げた。
「攻撃できないって契約が、お前の首を絞めたね。それがあったとしても、負けはしないけどさ」
セイレンは完全にガラガラの本体を手に入れた。
攻撃不能のコールに、これを取り返す手段は残されていなかった。
「お前は意識的にガラガラの台座から注意を逸させていた。ガラガラを調べさせる時に、わざわざ台座から取り外してから渡してきた。つまり、台座の部分は勝負に無関係だと、無意識レベルで擦り込みたかった」
セイレンは三十秒と区切られた時間の中で、キャロルとカナンが残してくれた
普通に回すだけではハズレ球しか出ないことをキャロルの初回が教えてくれた。
そして、逆回転を行えば必ず三等の緑球が出る。キャロルの二回目と、カナンの二回目でそれがわかった。
二等の条件はわかりにくかった。だが、三回目のキャロルが手元で何かしていたこと。そして、一回目のカナンが不安を誤魔化すように、手元を弄っていたのを覚えていた。
「それでもこの答えに辿り着くのは至難だったよ」
カナンが最後に残してくれたヒントは、考慮すべき要素を減らしてくれた。
出球の要素が複合する場合、ハズレ球が出ると。
もちろん、複合する場合、通常通りの確率で出ているだけの可能性も考慮すべきだったが、こんな簡単な条件で勝つ可能性を、例え数パーセントの低確率だとしても残すはずがない。
与えられた情報の中で考えた。自分たちが詰んでおらず、それでもコールが確実に勝てる条件とは何か。
「つまり、台座からガラガラを外した状態で回転させる。それが答え」
セイレンは空中でガラガラを回転させた。
そして球が放出される。それはただ一つのアタリである黄球。
「お前の敗因は、絶対に、百パーセント勝とうとしたこと。そのせいで、確実な敗北を引き寄せた」
セイレンたちの勝利だった。
コールの近くにいるキャロルとカナンが、自発的に呼吸を始めているのが見える。
残り二回。見た目上は猶予のある状態での勝利だが、本当にギリギリでの勝利だった。
これで外していたなら、もう本当に後がなかった。可能性を試すことのできる最後のチャンスだった。
そして、キャロルが動ける唯一の機会でもあった。
余裕など最初からなかった。本当に全滅寸前での辛勝だった。
こんな目立つ動作をしなければ、絶対に勝てなかった。隙を見てゲームに勝利することも、コールを瞬殺することも不可能だった。
子どもたちを救うためには、攻撃不能の契約を締結させ、勝利条件を見つけ出し、鍵を奪う。この三つの関門を超える以外に方法はなかった。
その至難の道をキャロルは選んだ。五十六人の子どもたち全員を助けるために。
どれだけの情報を残せば、誰が、どのタイミングで、何に気付くか。そしてその時の心理や駆け引きまで、完全に読み切っていた。
「結局、私もカナンも……お前までも、キャロルの読み通りに動いていた。あの子の捨て身に、全員まんまとはめられた」
セイレンはキャロルの底が、この一戦でより一層見えなくなった。自分の命など簡単に捨てられる、漆黒の覚悟を持ったコールさえ呑み込む、異端の傑物。
カナンはキャロルをサンタとして守らなければと思っているが、果たしてその必要があるのか疑わしい圧倒的強者。
結局、この場にほんの一瞬でもキャロルの壁を崩せた者はいなかった。
コールは敵である三人だけをはめようとしたが、キャロルは仲間も含めて自分以外の全員をはめた。
ガラガラ会場を眺めている段階で、キャロルはガラガラ勝負になることをおそらく見抜いていた。
イカサマの内容も勝利条件も、コールがガラガラの台座から切り離して渡してきた段階で確定させた。
そこからキャロルは、自分一人にコールの注意を引きつけるよう動き、自分は徹底的にヒントを残すことと、最後の詰めに徹した。
そして全員がキャロルの予想通りの思考と動きをして、コールは敗北した。
見えている世界が違う。みなが苦労して山を登り、視界を開こうとしている中、一人だけ悠々と空を飛んでいるかのよう。
セイレンは他でもないキャロルに負けた。負け惜しみを言いたくなるほど、徹底的に。
「やっと動けるよー。カナンのと違って、窮屈だったから、かなりしんどかったよー。やっぱり、カナンは優しいよねー」
「そんなことないよ……今回もキャロルにたくさん負担をかけちゃったし……それに、一人だけ怪我して……」
「頭ぶつけたくらいで大袈裟だねー。こんなの怪我したって言わないよー」
セイレンは支配から解放されたキャロルとカナンの話し声を聞いて、胸を撫で下ろす。
二人が解放されているということは、子どもたちも解放されているはず。
「二人のおかげで勝てたよー。やっぱり頼りになるねー」
間違いなく一番の功労者であるキャロルがむじゃきに笑っている。
勝負は終わった。”誰の犠牲も出さない”ハッピーエンドで。
「コールって人、徹底してるね。心から尊敬するよ」
キャロルは地面に倒れているコールの脈を測る。
脈はない。死んでいる。
コールは契約により、自分の記憶を消すだけでも充分だったはず。だがコールは情報を与えてしまう可能性を、限りなくゼロにするだけでは不充分と考え、自決を選んだ。
彼女の言葉に嘘偽りはなかった。最初から最後まで、行動が一貫していた。
コールの振る舞いは、サンタとして軽蔑すら生温いと感じるほど、非道な物だった。
それでも三人は軽蔑と同時に、ある種の尊敬の念を抱いた。
終わってしまえば完勝の形ではあるが、本当に危なかった。
強敵だった。いままで出会った中で、間違いなくトップクラスの。
善きサンタであれば、頼もしい味方になっていたかもしれない。
あまりにも巡り合わせが悪すぎた。
「万が一に備えて、負けたら心臓を止める契約を自分と結んでから……そこまでの覚悟を見せられたら、認めるしかない……」
カナンはなぜか複雑な感情に駆られていた。サンタとしては最低だったが、その覚悟だけは本物だった。それが、どことなく後味を悪くさせている。
「……そうだね」
コールの死体を、こんな人目につく場所に置いておくわけにもいかず、セイレンが背負う。
そして、三人は屋上へと向かう。そこがリコとソニアとの合流地点。
残り三人。サンタ工房との決着の時は近い。
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