66話 Catch The Fortune その1
キャロルとカナンは、狡猾で残虐な悪しきサンタであるコールに支配された。
一人残されたセイレンは決断を迫られる。
人質に取られた五十六人の子どもたちと、キャロルとカナンというかけがえのない仲間の犠牲を覚悟の上でコールを殺すか。
それとも配達道具によるイカサマがあるガラガラ勝負を続けるのか。
「聡明な貴女には説明するまでもないことでしょうけれど、わたくしとゲームを続けるのなら、ある契約をしていただきます」
「……更なる契約を迫るの?」
「貴女は二回目がハズレるようなら、わたくしを殺すおつもりでしょう? それは正しい判断ですわ。それだけに、いまの状況ではわたくしがゲームを続けるメリットがございません」
「……つまりゲーム中、私がお前に攻撃することを禁止する。そういう契約をしろと?」
「そういうことですわ」
セイレンは迷う。この契約を受ければ本当に退路がなくなる。
敗北するか、勝利するまでゲームは終わらない。
コールは暴力こそ用いない。だがその恐ろしいまでの覚悟と知略だけで、サンタ戦を極めた三人を、たった一人で全滅寸前にまで追い込んでいる。
セイレンも初めての経験だった。力を一切振るわない相手に、極限まで追い込まれたのは。
だからこそ迷う。キャロルとカナンを打ち倒すほどの強敵を相手に、自分は戦えるだろうかと。
勝算がないのなら、この勝負を受けてはならない。最悪の決断だが、いまは二人を見捨てた方が賢明とも言える状況にまで追い詰められている。
上級サンタとして、リコの副官として、必要以上の危険は犯すわけにはいかない。
だが、クリスマスイブの今日、サンタらしくあろうとするカナンと、まだ子どものキャロルをサンタとして見捨て、更に人質に取られた五十六人の子ども達を犠牲にし……そこまでの犠牲を出しながらコールを殺したとして、リコの隣に立てるのかと。隣に相応しいのかと。
そもそもこの後に控えるロメロ、アリス、ヌルとの戦いに、キャロルとカナンなしで勝てるのかと。
「……いいよ、受けてあげる。ただしこちらからも一つ条件がある。ゲーム中、お前が私や子どもたち、そしてカナンやキャロルへの攻撃行為の一切の禁止すること。それが条件」
「さすがは懲罰部隊の副官を名乗るだけはありますわね。この状況でもわたくしの能力を理解していらっしゃる。いいでしょう。その条件で受けて立ちますわ」
セイレンは覚悟を決め、椅子に座る。見捨てられるはずがない。
勝算はこれから見つければいいだけの話だ。今日はリコの副官としてでもなく、上級サンタとしてでもない。ただ一人のサンタとして、サンタ工房との戦いに挑んでいる。
子どもたちと仲間を見捨てる道は、サンタが歩むべき道ではない。
「それではこれが追加の契約書になりますわ」
お互いの相手への攻撃の一切を禁じる契約書。
それへ、サインを求められる。
もうさっきのようなミスは犯せない。
コールは相手を陥れる天才。懲罰部隊とはまた違った意味で、サンタ戦を極めている。
罠を張るのは当たり前。自分が勝てる条件を整えてから戦いを挑むのが当たり前。
サンタ戦の基本に徹底的に忠実。サンタ戦を研究する懲罰部隊としての立場としてなら、尊敬に値するほどの相手。
気の緩みは決して許されない。
『セイレンがガラガラを引く間、セイレンとコールによる一切の攻撃行為と配達道具の使用を禁止する。ガラガラは回してから一分以内に引き終え、三十秒以内に次を引き始める』
「最後の一文はなに?」
「人質を攻撃不能となれば、貴女は延々と回し続けますでしょう? わたくしはキャロルとカナンの道連れさえ封じられるのですから、リコとソニアがこの場に到着してしまえば、全てを失います。それをさせないためですわ」
リコ達があと四、五分でここにつくことは不可能。この条件を受ければ、その逃げ道も塞がれる。
「受けないのでしたら、キャロルとカナン、それに子どもたちも、いまここで殺すだけのこと」
「……わかった」
セイレンは全てを救うために、この条件を受けるしかない。プレイ時間が制限されるということは、考える時間もそれだけ限定されるということ。
だがどうしようもない。この条件を蹴ることは簡単だ。ただ、全員が殺されるのを受け入れればいい。
それが不可能なら、自分の不利にしかならないとわかりながら、サインをしかない。
「これで満足した?」
コールもサインを行い、プリンター型配達道具が発光する。
これで二人に退路はない。あと三回、セイレンがガラガラを回す。
どれだけ長く続いたとしても、五分以内に決着がつく。どちらかが死に、どちらかが生き残る。
「では、参りましょうか」
セイレンはガラガラに手をかける。
カナンは何かに気付いていた。そして、そのことを伝えられない事情があった。
そして、『自分のことを見ていてと』伝えていた。
つまりカナンは何かメッセージを残している。おそらくコールに勘付かれない形で。
それを見抜くことがなによりも重要。
セイレンは自分がそれほど鋭くない自覚があった。平均よりは優れているだろうが、リコやキャロルのような強者が持つ直感もなければ、優秀な下級サンタであるカナンのように、経験に裏打ちされた洞察力もない。
それでもやるしかない。残された自分が、コールによるイカサマの謎を解くしかない。
そうすることでしか、誰も救えないのだから。
セイレンは許されている全ての時間を目一杯使った。
ガラガラをあらゆる方向に回転させる。
中の球の動き。コールの表情。全て見逃さない。そしてとにかく色々と試す。
逆回転、逆回転、逆回転、普通に回す。
これがキャロルの行った動作の中で、最も印象に残る動きだった。
そして最も内部の情報を多く得られる動作でもあった。動きを重ねれば重ねるほど、得られる情報は増えるはず。
そうしている間に既定の一分が経過しようとしている。
子どもたち、キャロルにカナン。そして自分の命。全員の未来が自分にかかっているという、凄まじい重圧の中、セイレンは意を決して、ガラガラを通常の向きに回転させる。
そして、ガラガラから球が一つ放出される。
それは三等に相当する緑球だった。
セイレンは直感的に違和感を感じた。なぜハズレがこうも出ないのか、ということだ。そして、二等の出た回数が、確率の割に多い。
出球を操作されている。コールのイカサマはそれだ。それならば、この偏りにも説明がつく。
イカサマの内容には当たりがついた。次に見抜かなければならないのは、その方法だ。
カナンはおそらく気付いていた。ならば彼女が持つ情報だけで見抜けるということ。
セイレンは理詰めで考える。
キャロルは初回に、制球技術でアタリを出せるかどうかを試しに行った。そしてどうにもならずハズレを引いた。
その後、二回目は本人が気休めと言っていた方法で三等を出した。だがキャロルほどの制球技術がありながらハズレを引いたのだ。果たして気休め程度の小技で三等を引けるだろうか。
そして三回目は普通に回して二等を引いた。
連続で良い色を出していることに違和感がある。技術で出球を操作できないにも関わらず、無意味とはいえ良い球を出し続けている。
おそらくそこに謎を解くヒントが隠されている。
そしてカナンの一回目は、キャロルの三回目に続いてまたも二等を引いた。
続く二回目は三十秒以上逆回転を加え続け、三等を出した。
そして三回目は、またも逆回転を行いハズレを出した。
配達道具によるイカサマがあるとすれば、何か法則性があるはず。
セイレンはそれを必死に探した。
※※※
コールによるイカサマは、配達道具によるものだ。
その方法は単純。ガラガラに対して、配達道具による契約を行った。
その内容は、特定の動作や条件下で、それに対応した色の球が出るというもの。
例えば、逆回転を行えば三等の緑球が。手元を保護するプラスチックを回転させれば二等の赤球が放出される。
そして所定の動作以外をすれば、ハズレの白球が出る仕組み。
もし対応する球がガラガラ内になかった場合は、通常通りの抽選が行われる。
コールが球数の変更を受け入れず、一人四回以上回すことを許さなかった理由はこれだ。
ある種類の球を枯らされてしまう可能性をゼロにしたかった。枯れた場合、低い確率ではあるが敗北してしまう危険がある。
仕掛けた以上は、このガラガラ勝負だけは絶対に勝てる条件でなければならない。
力で圧倒的に劣るコールが、セイレンたちに勝負を持ちかける時点で命懸け。
このゲームの舞台に、歴戦の猛者である懲罰部隊を乗せるだけで至難なのだから。
コールには絶対に勝てる保証があった。
互いに勝利条件を満たせない場合、契約が破棄されるのは、イーティがリコ達に尋問の中で伝えた通り。
だからこのガラガラ勝負、セイレンたちが勝つ方法は存在している。決して詰んではいない。
それでもコールは絶対に勝てる。なぜなら、その勝利条件をセイレン達が満たすことは、限りなく不可能に近いからだ。
その動作は絶対に見逃すはずがなく、実現も限りなく不可能なものにした。
指定した動作はセイレン側が実現可能な動きでなければならないが、コールが防ごうとすることは問題ない。
それは契約に抵触しない。詰ませてはならないが、勝ち筋を潰すことは合法だ。
それでも万全を期すのであれば、セイレンとの勝負は受けないほうがよかった。
セイレンも退路を失うが、同時にコールも退路を断たれる。
セイレンは全滅を賭けて。コールはいままで地道に積み上げた勝利と命を賭けて。
理性で判断するなら受けないほうがいい。完全勝利など求めず、キャロルとカナンを道連れがベスト。それで充分すぎるほどの戦果なのだから。
だが、セイレンはイカサマの仕組みに気付いていなかった。その片鱗にさえ至っていない。
気付いたところでどうにもならないが、この段階で気付いていないのであれば、なおさらどうにもならない。
コールは自分がギャンブル狂であると、一層確信した。
安定した無難な勝利よりも、危険と隣り合わせの完全勝利を求めてしまう。
それがコールの抗い難い、生来の性だった。
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