48話 昨日よりもサンタらしく その3
「いいだろう……交渉成立だ」
リコはそう宣言した。
それと同時に、ロメロとアリスは後方へと跳んだ。次の瞬間、彼女たちのいた足元から大量のスライムが吹き上がった。地下を走る水道管をスライムで破裂させての攻撃だった。
ロメロのそばにいた五体のゾンビは全てスライムの濁流に飲み込まれ、もがいている。
「こんなことをして、必ず後悔させるよ。あなたたち全員の配達道具の性能も把握しているし、こっちの方が性能も上。やり合いたくないのは本当だけど、負けるなんて微塵も思ってない。必ず殺す」
「後悔はない。妥協して、大勢を見捨てた後のことを思えば……私たちは諦めない。子どもたちを全員救う」
リコに迷いはない。断ち切った。何百人といる子どもたちを全員を救うのは不可能に近いが、なんとかすると決めた。
取り返しのつかない迷惑をかけてしまうかもしれない。危険には巻き込みたくはなかった。それでもリコには頼れる相手がいる。
そのことに躊躇いはあるが、進むと決意した。
この街のサンタ工房を壊滅させなければ、強化兵士にされる子はいなくならない。
止めなければならない。サンタとして。
「昨日まで兵器を運んでたサンタが、格好つけて言うことじゃないよ。こんな割りに合わないこと、続けられるわけがない」
「全くもってその通りだ。昨日までの私はサンタを名乗るに値しない。明日、この覚悟を貫けるのかさえわからない。だが、今日はサンタだ」
リコはロメロとアリスへ駆け出した。セイレンは自身の配達道具で中距戦が可能。リコと同時に前に出るよりも、アリスが転移した時に対応するため、大広間の中央でスライムを操作することに専念する。
水道という無尽蔵の水源を利用した巨大スライムを前に、ロメロはそばに置いていたゾンビはただ飲み込まれるしかなかった。
そんな状況であっても、ロメロとアリスは焦る様子もなく、二人は手を繋いだ。
そしてアリスが拳銃を抜き、素早く銃弾を二発撃つ。それぞれが右側と左側のステンドグラスを狙うように。
放たれた弾丸は薬莢そのものだった。薬莢を撃つという一見馬鹿げた改造の施された銃だが、アリスの能力で位置を入れ替えるためには、一定以上の大きさが必要だった。
そのことをリコとセイレンは瞬時に理解した。スタンドグラスを貫通した弾丸と位置を入れ替える。つまりロメロとアリスの逃走経路は二つ。
弾速にスライムは間に合わない。そしてリコは片側しかカバーできない。
「ソニア、西側の窓にいますぐ撃ち込めるか」
「撃ちました」
リコは力技で逃走経路を一つに絞った。
左側の窓に煙突が打ち込まれた。ソニアがいる位置関係ではそこしか塞げないが、それで充分。
ロメロたちが左側の弾丸と位置を入れ替えれば、煙突が邪魔で逃げるのが遅れる。煙突と位置を入れ替えればその瞬間に、ソニアが第二射を撃ち込む。
リコは右側の弾丸へと駆けた。中央はスライムがカバーしている。ロメロに選択肢はなかった。
薬莢がステンドグラスに直撃し、ガラスが割れたと同時に、手を繋いでいるロメロとアリスは右側の薬莢と位置を入れ替えた。
リコは目の前に転移してきた二人の敵へ、全力でトキムネを振るう。
だが、その刃が止まった。なんの前触れもなく空中に現れたゾンビの体に刃が埋まったのだ。
アリスは割れたステンドガラスの破片と、スライムに囚われたゾンビを入れ替えた。
「不味いっ……」
リコは取り逃したと確信した。ゾンビの肉は子どもの死体とは思えないほどに硬い。
最初に斬ることを躊躇い、殴り飛ばしたのは結果論では正解だった。力でゾンビを切断するのは容易なことではない。
もし手元にトキムネの鞘さえあれば、概念による切断が可能だったが、それができない。
今からゾンビを殴り飛ばしているようでは、二人を取り逃がしてしまう。
完全に手遅れだ。
「あなたたちの行動は確かに想定外だったけど、それ以上ではなかったよ」
リコがゾンビを蹴り飛ばした時には既に、ロメロとアリスは孤児院の外に出ていた。
アリスの視界に映るのは、五百メートル先にある看板。
リコは諦めることなく、二人に向かってトキムネを振るう。だが、手に残った感触は分厚い鉄の板を斬った感触だった。
既に針の穴ほどの大きさでしか見えない程に距離を離したロメロとアリスは、五百メートル前後の転移を繰り返しながら、サンタ工房の支部であるトイズ・ファクトリーの支社へと退避して行く姿が見えた。
「くっ……完全に取り逃した。あの速度を追う術は……ない」
悔しさを滲ませながら、リコは壁に刺さったままのトキムネの鞘を回収する。
「それで、何か策はあるの?」
「策と言えるほどの物はないが方針はある。だが今は時間が惜しい。ソニアのバイクで移動しながら話す」
「わかった」
セイレンはソニアに下に降りてくるよう指示を出した。セイレンは内臓にダメージを負い、床でうずくまっているジェシーに、サンタの秘薬を差し出した。
「すまない……もう少し早く決断を下していれば、卿に怪我をさせずにすんだ……」
「……リコさん……どうしてここに……」
「記憶にはないだろうが、今日の昼、卿は私の仲間と会っている。その時、子どもたちを助けることを卿に頼まれた」
リコの言葉を聞いて、ジェシーは安堵した表情を浮かべた。
「……私……ちゃんと……何かをしていたんですね……」
「ああ。ジェシー……卿は無力ではない。その意志は、必ず私たちが果たしてみせよう」
リコはジェシーの手を強く握る。そして、ジェシーはリコに全てを託すように意識を失った。
リコはジェシーを椅子へ寝転ばせ、サンタの秘薬を流し込む。これで命を落とす心配はない。
サンタの命を繋いだリコは通信機を起動し、ナッツに繋げる。
「ソニアが用も言わずに、いきなりそっちに向かえなんて言ってきたんだけど、何かあったの?」
「工房と完全に敵対した。私たちはいまから奴らを潰す」
「なるほど……今度こそ私が思い描いた通りになったわけね。やっぱり、最後まで無様に足掻いてみるもんだね。それで、私に何をしてほしいの?」
「アカリちゃんと、ここにいる子どもたち……それにジェシーのことを貴公の能力で守ってくれないか。私たちは工房のサンタの相手をするので精一杯だ。彼女たちの護衛を頼みたい」
「別に構わないけど、私は戦力になる。少なくともいまは共通の敵がいる。状況が落ち着くまでは、カナンの能力がなくなったとしても裏切らない」
「ダメだ。卿の能力が切れる三十分以内に全てを終わらせられない。子どもたちとジェシーのそばについて能力を重ねがけして、守る必要がある」
ナッツは通話越しにでも伝わる、リコのサンタとしての覚悟を読み取った。これはもう、説得が通じる頑固さではない。
だからこそ、サンタ工房への復讐を代行してもらうには、これ以上ない相手だ。
「損な性格ね……わかった。いまさら私にそんな資格があるとは思えないけど、サンタとして護衛する。あなたたちが全滅したら、その時はトラックごとなんとかして外に運び出すよ」
「ありがとう……恩に着る……」
「お礼を言われる関係じゃない。私たちはあなたたちを利用しているだけ。それと、どんな形であっても、あなたたちは家族を工房に渡した。割り切ってはいるけど、許したわけじゃない。あなたたちには”怨”があるってことを忘れないで」
「理解している……善人らしく振舞うつもりはないが、パインとクルミを見つければ、保護するように努める」
「アリーのこともね」
「……クルミの配達道具だったと記憶しているのだが……」
「クルミの恋人で、私たちの家族だった。だから助けてあげて」
「そうか……」
リコには配達道具を家族だと思う感情自体はよくわからない。それでもアリーには自我があり、ナッツたちが家族だと思っていたのなら、それはきっと本当の家族。だから彼女がアリーも助けたい気持ちは理解できる。
「ならば引き裂かれるべきではないな。必ずとは言えないが、全力を尽くす」
「当然ね。子どもたちの護衛で、助けに行けないんだから。つまりこれは取引。だから三人のことは任せたよ」
リコはナッツとの通話を切る。サンタでありながら、リコは昨日、敵とはいえ一つの家族を引き裂いた。
いまならまだ取り返しがつく罪だ。こうして引き受けた以上は、なんとしてでも助けなければならない。
リコとセイレンは玄関から外に出る。そこには既にソニアが待っていた。
「これからどうしますか?」
「カナンとキャロルの方へと向かおう。この状況で意味もなく孤立しているのは危険だ」
リコとセイレンは、バイクに乗り込み、雪が降るクリスマスイブの街へ、三人はサンタとして駆け出した。
※※※
「それで、これからどうするつもりなの?」
街を放射状に走る高速道路を、ソニアのバイクに三人乗りしながら、セイレンはリコに尋ねた。
「奴らにとって、私たちとの交戦は想定外だった。配達道具持ちのサンタは、子どもたちの回収の為、街中に散らばっている可能性が高い。そこを各個撃破していく。ロメロとアリスの能力は脅威だ。そして敵の戦力もわからないままに、本拠地を攻めるのは得策ではない」
「副官として異論はないね。少なくとも短期的な方針は。副官として問い詰めたいのは、工房に楯突いたって事実だよ。これをどうするかの方が遥かに難題だよ?」
「……かなり無茶だが、どうにかなる。ナッツと救出したパインやクルミ、そしてこれから撃破する工房の持つ配達道具を使って、兵器開発局と交渉する」
「工房の壊滅、その功罪両方を兵器開発局に押し付けるつもり? 誰がどう見ても、私たちがやったって明らかなのに?」
「衝動的だったからな……このくらいしか思いつかない。だが、兵器開発局のサンタが人数も劣る中で、工房の拠点を壊滅させた。そういうシナリオは向こうも欲しいはず。大々的にそうプロパガンダをしてくれるように運ばせれば、懲罰部隊から私たちへの処分くらいなら回避できるかもしれない」
「……呆れた。まぁ、でも、かなり現実的じゃないけど、それが今のところ一番現実的かな」
セイレンは笑いながら、そう言った。
「……すまない。独断で取り返しのつかないことをしてしまった」
「いいよ、とは言えないかな。でも、これで良かったっていまのところは思えてる。あそこで見捨ててたら、今度こそ戻れなくなってた。そんな気がするから……サンタの道を踏み外すしかなかった私たちが、最後の最後に譲れない一線はきっとここだった。リコはきっと正しかった」
「……最高に上手く行ったとしても、状況は確実にいまより悪くなる。だと言うのに、生き返ったような感じだ……やはり私は懲罰部隊に向いていなかった」
「驚いた……いままで自覚がなかったの? リコが懲罰部隊に向いてるなんて思ってる人は一人もいないよ」
「そうですね。最近入ったばかりの私でもリコが懲罰部隊に向いてないことくらいわかります」
「ソニアまで……」
「でも、リコが思ってるよりはきっとなんとかなるよ。なんたって今日はクリスマスイブだからね」
「そうですよ。きっと初代サンタの加護が守ってくれます」
リコとセイレンは、ほんの少しだがクリスマスに相応しい、晴々とした気持ちを取り戻していた。
だがその代償は重い。自分が支払うことになるのか、あるいは仲間に背負わせることになるのか。それとも、無関係の誰かなのか。
リコは自分を信じて付いてきてくれた部隊員の意見も聞かずに、危険に巻き込んでしまった。だが、退路は既にない。
こうなったら、サンタとしての道を押し通すしかない。
無策で突っ込んだ道が行き止まりになるまで、ただひたすら進むし以外に道はない。
「ソニア、休暇中の部隊員に工房からの暗殺に注意するよう連絡してくれ。それからカナンとキャロルにこのことを早く伝えないと」
「どちらから先にしますか?」
ソニアはバイクに備え付けてある通話機能をオンにして、リコに指示を仰いだ。
「カナンとキャロルだ。ロメロの言葉通りなら……イーティの近くにいる、あの二人がいま最も危険だ」
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