47話 昨日よりもサンタらしく その2
ロメロはサンタ工房と縁のある家系の中級サンタとして生まれた。
サンタの長い歴史の中で、中級サンタからサンタ工房支部局長になった者はいなかった。だが、ロメロはその不可能を覆した。
ロメロには正義や悪、正しいことや間違っていること、それらの区別は一切ない。
全てをフェアに考える。そして自分が有利になると判断したなら、全てをすんなりと受け入れる。
利用できる相手なら手を貸し、助け、仲間に引き込む。後々面倒になると判断した相手には、万策尽くし、貶め、潰す。
ロメロは並の懲罰部隊を上回る戦闘能力を有してこそいるが、リコやキャロル、あるいはルシアのような怪物には及ばない。
それでも彼女がサンタ工房の幹部であるのは、ひとえに優秀だから。
腐敗したサンタ組織の中核を担うのに、ロメロの見境のなさと的確な判断力は相性がよかった。
サンタとしての倫理観など顧みることなく、戦争孤児を利用することで自身の配達道具によるゾンビの軍隊を創設し、兵器開発局を追い詰める。
その手腕だけで、ロメロはサンタ工房支部局長の座を手に入れた。
彼女は善きサンタでもなければ、戦闘能力で他を圧倒する武闘派サンタでもない。
己の野望の為なら、正義にでも悪にでもなるという、世界の外側からやってきたかのような徹底した邪悪さこそが、ロメロを一つの国を治める支配者たらしめている。
だが彼女は一国の長で収まるつもりはない。サンタ工房が追い求める初代サンタの遺物。
それをサンタ工房本部や兵器開発局が発掘するよりも早く、ロメロたちが見つけ出し手に入れる。
無尽蔵の力を秘めた初代サンタの遺物を手にすることで、サンタ工房、ひいてはサンタ協会すらも出し抜き、ロメロは世界を掌握する。
そんな彼女の壮大な夢に賛同し、集ったロメロとアリスを含む六人の配達道具持ちのサンタチーム。それが、サンタ工房バルテカ支局の正体。
※※※
感情的などという生ぬるい言葉では到底表せないほど、リコの心はめちゃめちゃだった。
それでも彼女は極めて冷静だった。そんな矛盾を許容し得るほどに、リコは懲罰部隊のサンタとして優れていた。
どれだけ平静さを欠こうとも敵を斬る。その能力が鈍ることはない。
「……リコ、今ちゃんと冷静なの?」
「程遠いな。だが、自分が平静でないことを認識できる程度には戻っている」
「ならいいよ」
ロメロとアリス、二人の工房のサンタと対峙した、リコとセイレンは次の一手を探っていた。
アリスの能力による機動力は凄まじい。辺りは孤児院の壁で取り囲まれているから、入れ替えによる長距離移動は不可能。
だが壁を壊してしまえば、何キロも離れた場所にある看板と位置を入れ替え、簡単に逃走される。
アリスを仕留め損なえば追いつくことは困難だ。もしロメロも同時に位置を入れ替えることが可能なら、手が付けられない。
リコの位置を入れ替えることが最適解でありながら、そうしなかったことから、自身を除く生物は対象に選べない可能性は高い。
初代サンタが定めたサンタ同士の争いを防ぐための機能として、配達道具は生物を対象に選べないようにプロテクトが施されている。
それをサンタ工房が徐々に解除していった。トキムネなどの初期型配達道具は、そのセーフティー機能の大半が当時のままである。
そして、近代型配達道具であっても、完全に解除できていないことも多い。
だから生物であるロメロをアリスの配達道具で位置を入れ替えることができないのは、さっきの行動も考えるとほとんど確定だ。
だが例外はあり得る。アリスが直接触れているモノは、アリス自身の体と拡大解釈される可能性だ。
アリスが身につけている衣服は彼女の視界に収まってはいないが、一緒に転移している。それが根拠だ。
そうなればアリスとロメロの二人を同時に取り逃がす可能性は充分にある。ロメロがわざわざアリスを秘書にして、常に二人でいるということは何らかの形で逃走に利用可能だからと考えられる。
リコとセイレンは、ロメロよりもアリスを優先して始末することを決める。この二人が相手なら、この閉所から逃がしさえしなければ、実力的に勝てる相手だ。
だがここで逃してしまえば、ロメロは配達道具持ちの仲間を集結させ、リコたちを潰しにかかる。
配達道具の性能差を考慮するなら、総力戦でリコに勝機はない。
しかし、どうするのが最善なのかがわからない。アリスの能力を用いた逃走の可能性を考慮すると、天井に空いた穴への警戒も怠れない。
近寄ったところでゾンビに阻まれる。トキムネの鞘を取りに行こうとすればその隙をロメロとアリスは逃さない。
一方でロメロとアリスにも打つ手がなかった。壁を崩そうとすれば、その隙をリコとセイレンは逃さない。壁を崩すよりも早く斬られる。警戒状態の二人の頭上にある穴を抜けることも難しい。
リコと正面からぶつかれば、致命傷を負いかねないことは、さっきのやり取りでイヤというほど思い知らされている。
リコとロメロは互いに、典型的なサンタ戦においての千日手に陥っていた。
「お手上げだね。交渉しようよ。こんな風に戦うのは利口じゃない」
完全な膠着状態の中でロメロは突然、交渉などというズレたことを言い出した。
「そんなものが成り立つと思うか? この状況で……」
リコは怒りを込め、言い放つ。
リコとセイレンの背後で痛みに喘ぐジェシー。感情まで破壊された、孤児院の子どもたち。
交渉の余地などない。
「それは懲罰部隊の考え方だよ。サンタ工房は企業に近い。お互いの利益を最大化することを考えないと」
ロメロは残った五体のゾンビで周囲を固めながら椅子に座る。
ロメロは懲罰部隊ほどにサンタ戦を極めているわけではないが、そこに付け入る隙はない。
「察しているだろうけど、プレゼント配達はハイサムの配達道具の行方を聞き出すために仕掛けた罠だよ。工房本部から命令されて、イーティを配置した。言いたいこと、わかるかな?」
ロメロが時間を稼いでいることくらいわかっている。ならそれをリコたちも利用するだけだ。
外にいるソニアが、アリスが逃走のために位置を入れ替えるのに使う可能性のある物体に当たりを付けている。
それに先に外に運び出されていた子どもたちの安全もまだ確保されていない。いま戦えば巻き込んでしまう可能性がある。
比較的近くにいるナッツもソニアが増援に呼んでいるはずだ。時間を稼ぐことはリコにとっても悪くない一手だ。
「つまり、懲罰部隊全体を敵に回すのは工房の意思じゃないの。兵器開発局の相手で手一杯だから、そこに懲罰部隊まで相手するなんて無理なんだよ。だけどハイサムの配達道具で脅迫してた兵器開発局の幹部がいたから、取り戻さないといけない」
ロメロは事実だけを淡々と並べていく。一歩間違えればさっき命を落としていた。その恐怖はどこにもない。強襲を仕掛けてきたリコとセイレンを捲し立てることもしない。ただ平然と言葉を紡いでいる。
「その確保作戦で失敗して、懲罰部隊との関係が悪化したら、私が責任を取らされる。手柄を取ろうとした私の独断行動ってことにしてね。工房側が無理に押し付けてきた作戦なのに、酷いと思うでしょ?」
このまま時間を稼がれれば、サンタ工房の救援に来る可能性は高い。リコとセイレンに有利な点があるとすれば、こうした直接対決は、完全にロメロの想定外だったこと。それしかない。時間が経過すれば、その利点は消える。
時間を稼ぐことの利点と欠点。リコは選択を迫られる。
「今ここで私があなた達を殺しでもしたら、どう考えたって懲罰部隊と工房の確執が深まる。最悪全面戦争になるかも。そんな責任ある決断を私は下したくないの。組織で生きるサンタとして、その気持ちはわかるでしょ?」
リコとセイレンは答えない。ロメロの言っていることは理解できる。だが両者の間には決して埋まることのない溝が存在している。
「だんまり? ……まぁ、わかるよ。この行動が懲罰部隊としての決断じゃないってことは。時代遅れで、消費期限切れの、サンタの良心ってやつに突き動かされたんでしょ? だったら妥協点は一つしかないよね」
ロメロは変わらず臨戦態勢を解いてこそいないが、交渉したいという意思は事実らしかった。それをリコとセイレンは、長年の経験で理解し始めている。
「子どもたちを助けたいんでしょ? 良いよ。持って行きなよ。いなくなったらまた補充すればいんだから。孤児なんて国中に溢れかえってるし、百体や二百体いなくなってもどうってことないから。懲罰部隊と戦う決断に比べたら、全然比較にならない損失だよ」
ロメロは露悪的に、代わりはいることをことさら強調することで、交渉に裏がないことを匂わせている。
子どもを物として扱うことで、リコとセイレンを苛立たせていることにも、当然気付いている。
交渉が成り立てばそれでいい。怒りで冷静な判断を失わせ、隙を晒すようならそれもいい。戦闘は不本意だが、生け捕りにさえしまえば、記憶操作でいくらでも揉み消せる。
選択肢は一つではない。
「それで手打ちにしようよ。子どもたちを助けて、サンタの良心とやらを愛でて終わり。それで充分でしょう?」
「……いいだろう。その前に質問なんだが、その子どもたちの死体の損壊が激しい理由を教えてくれないか」
「お察しの通りだよ。人体の部位が必要な時に、ここで取り出して貰ってから運んでた。管理が甘くて死んじゃったら、こうして棺桶に収めて保管してたの。それ以外にも、配達道具の実験とか、薬物検査に使ったよ。死体を操作するにも条件があってね、損壊し過ぎてちゃダメだから、人手をちゃんと手配しないといけなくて、割と手間なんだよ。だから、引き取る回数は最小限に抑えるようにしてるし、貴重なサンタの死体を手に入れる為に、今日は直接私が出向いてる。予想通りでつまらないでしょ。だけど効率的で無駄がなくて、経済的」
「……いま、私が刃を収めれば、工房が行う子どもたちへの扱いを変えるか?」
「それはムリだね。妥協するのは今日一日限り。あなたたちがこの街にいる子どもたちを救うこと。それ以上は決して譲歩しない」
ロメロにはゾンビの軍隊が必要だった。他でもない、彼女自身の夢を叶えるために。
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