26話 劣勢

「まぁ、こうなるよねー」


 キャロルとリコの二人は、透明化能力を持ったナッツを捜索しながら合流を目指した。そうしてお互いが三両ずつ踏破し、何事もなく四両目で合流に成功してしまった。


「まずいな……完全に敵を見失った」


「考えられるのは二つだねー。どこかの車両で私たちをやり過ごした」


「もしくは、近くで私たちを奇襲する機会を伺っているか」


 ナッツの能力による隠密は完璧だ。接触したくらいでは、気付くことができない。ある程度居場所に当たりをつけている状態であれば、感と読みでなんとかなるが、三十メートルを越す車両のどこかとなれば、見つけ出すのは不可能に近い。


 まして現状はどこかの車両にいるだろう、ということしかわからない。


「幸いなことに理詰めで位置を推理はできるよねー。駅に着くまで約三十五分。自立兵器を乗っとって、配置する時間を考えると、ゆっくりしてる猶予はないよねー」


「卿は敵の編成をどう考える。私は判明している三人で全てだと考えているが」


「同じく三人だねー。電子戦と隠密によるアシスト、それに穴を開ける能力によるオフェンスで計三人。兵器開発局は配達道具の配備数が少ないから、編成は少人数なんでしょ?」


 配達道具持ちのサンタは四〜六人で編成するのが、部隊の数と作戦遂行率のバランスが良いとされている。


 兵器開発局はサンタ工房と抗争中のため、配達道具の確保に苦戦している。そのことから、少人数での編成になっていると予想される。


「残り二人の敵をどうやって探すか、だな。穴を開ける能力はカナンとソニアのいた後部車両からこちらに向かっているだろう」


「敵の狙いは自律兵器の乗っ取りなわけでしょ? 私が倒しちゃったから、この子を取り返しにこさせればいいんじゃないかな?」


 キャロルは背負っていたクルミを地面に下ろす。彼女にクルミの姿は見えておらず、触れた感覚もない。


 つまり根拠はないのだが、ちゃんと運んできた自信があった。


「果たして取り返しにくるだろうか……取り返しにはくるだろう。だが、単独で攻めてはこないはずだ。透明化能力を持った敵は明らかに私との戦闘を避け、味方との合流を目指していた」


「だったら、残りの二人が合流するまで待てばいいんじゃないかなー。時間が経てば不利なのは向こうだし。いずれ圏外になってるカナンとソニアも追いつくでしょ」


「この状況ならば、見に回るのも悪くないか……」



 

 ナッツはリコとキャロルと同じ車両にいた。リコよりも早く移動を開始したナッツだったが、途中でクルミとの連絡が途絶えた。


 そこで彼女は三つの選択を迫られた。


 一つ目は、前方車両へと進み、負傷した体でキャロルと戦うこと。クルミを単独で撃破したことを考えると、キャロルの実力はリコと同等以上。これは現実的な選択肢ではない。


 二つ目は、リコをどうにかやり過ごして後方車両へ向かい、パインと合流すること。後方車両へ向かうには、どこかに穴を空けるか、扉を開く必要がある。リコは別車両であったとしても、扉の開閉音や壁の破壊を見逃しはしないだろう。これも現実的な選択肢ではない。


 結局ナッツが選んだ選択肢は、三番目の遅延戦術だった。リコとキャロルが合流する車両に先に辿り着き身を隠す。


 そして可能な限り時間を稼いで、パインとの合流を待つ。一対二では勝てないが、二対二なら勝ちの目が出てくる。


「キャロルがクルミを連れて目の前にいる。あとどれくらいで着く?」


「急いではいるけど、あと一、二分はかかる……ごめん」


「わかった。だけどいつ気付かれるかわからないから、急いで欲しいな」


「なんとか凌いで……二人でクルミお姉ちゃんとアリーさんを助けて、それから四人でお家に帰ろう」


「そうだね」


 幸いなことに、作戦の要であるクルミに息はある。意識さえ取り戻してくれれば、アリーを修理し、自律兵器の乗っ取りは間に合う。


 ダメージが深く、クルミに作戦行動が無理な状態なら、 逃げる。


 とにかくクルミとアリーは絶対に確保しなければならない。家族を殺され、その復讐を目的に戦っているのだから、家族を見捨てる選択肢は端から存在していない。


 リコとキャロルの会話から判断すると、クルミを殺す気はまだないらしいし、それなら安心してパインの到着を待てる。


「リコはさー、本気で敵の合流を待つつもり? 近くに敵がいると薄々感じながら、手をこまねいて?」


「まさか。引きずり出すべきだろう。上手くいかなければ、質問は残りの二人にすればいい」


「その方が現実的だよねー。ぬか喜びさせちゃってごめんねー。私たちの選択は……初めからこうだよ!」


 リコは無言でトキムネを抜き、クルミの胴体へと振り下ろした。


 それを見たナッツの体は無意識に動いていた。クルミは作戦の要だからなどという理性的な理由ではなく、大切な家族で、大切なお姉ちゃんだから。それだけの理由だった。


 ナッツは大切なお姉ちゃんの体が両断されるのを防ぐため、振り下ろされるトキムネに向かって、ナイフを突き出した。


「やっぱりおびきだせたねー」


 キャロルがそう言って笑う。不自然に止まったトキムネを見れば、敵がどこにいるかなど一目瞭然だった。


 サンタ膂力を存分に溜めたキャロルの一撃がナッツの腹部を捉える。振り下ろされたトキムネを咄嗟に受け止め、体勢を崩しているナッツに、キャロルの攻撃を回避する余裕はない。


 凄まじい衝撃が全身を駆け巡り、うめき声すら出せないまま、ナッツの体は地面に打ち付けられる。


「いくら殺し合いとはいえ、思い遣りの気持ちを利用して勝つのは、好みのやり方じゃないねー」


「そうだな……だが、懲罰部隊である私たちが綺麗事を言うわけにはいかない。そんな権利は既にない」 


 この兵器を敵の手に渡せば沢山の人が死ぬ。だが、例え兵器を守り切ったとしても、サンタ工房が戦争に使って誰かを殺し合わせる。


 いまのリコ達がしていることは、死んだり殺されたりする人間を、ただ移し替えているだけに過ぎない。


 サンタらしさの欠片もない任務だが、やるしかない。


 サンタとして、先に進む為には、報酬である配達道具が必要なのだ。自分にそう言い聞かせて、リコはトキムネを振るい続ける。


「眠ってもらうぞ」


 地面に蹲り、かろうじて意識を繋いでいるだけのナッツへ、とどめの一撃が放たれた。


 トキムネでの峰打ち。ナッツのか細い意識は闇に溶けて消えた。



 

 所有者の意識が途切れたことにより透明化の能力が解除され、辺りに敷き詰められた地雷や、重傷を負い気を失ったままの二人のサンタが姿を現した。


「これでかなり状況は改善したな。残りの敵を倒して終わりにしよう」


 リコはそう言って、後部車両へと続く扉に手をかける。


「キャロルは二人を監視しておいてくれ。決着は私がつける」


「はいはいー。戦うよりも、こうして可愛いサンタさんの寝顔を眺めてる方が好きだからいいよー。頑張ってねー」


 キャロルは緊張感もなくリコを見送った。キャロルはこの程度の戦闘では緊張感を持つには足らない。それにリコが負けるとも思えないから、キャロルは笑顔でリコを見送った。



 ※※※



「ナッツお姉ちゃんまで……」


 パインは自分の透明化が解除されたことで、状況が作戦を成功させるかどうかという段階ではなく、自分一人が生きて帰れるのかどうかさえも怪しいという、絶望的な状況に変化したことを理解した。


 あの状況から盤面をひっくり返したてみせた懲罰部隊。カナン、ソニア、セイレンの三人を戦闘不能に追い込みこそしたが、残りの二人を独力で崩すのはあまりに困難であった。


 いや、まだそれだけなら実現可能かもしれない。だが、逃げるのならば、パインたちはサンタ工房からの追っ手を振り切り切らねばならない。


 計画通りなら、サンタ工房の兵器で街を蹂躙し、その混乱に乗じてサンタ工房所属のサンタを始末する予定だった。


 懲罰部隊の登場が計画の全てを歪めてしまった。


 兵器の護衛が懲罰部隊であることを電車に乗り込んでから知り、嫌な予感がしたが計画を実行に移した。透明化能力と地雷を合わせれば、問題なく勝てるだろうと。


 予想以上の相手だった。サンタ戦に特化した懲罰部隊の底力は計り知れない。一瞬で電車の外に落とすことに成功したカナンとソニアにしても、弱い相手だったと断ずるには、的確な判断をしていた。


 結果的に裏目に出ただけで、対応力は本物だった。


「お姉ちゃん……アリーさん……」


 ほぼ無傷のパイン一人なら、ここで電車を飛び降りて逃走すれば、兵器開発局の前線基地まで逃げられるだろう。だがそんなことをすれば二人の姉と、一人の家族を失うことになる。両親を奪ったサンタ工房に、また家族を奪わせる……そんな結末納得できるわけがない。


 パインの決断は早かった。独力でリコとキャロルを撃破、その後クルミとナッツとアリーを回収して、どうにか逃げ果たす。


 どう考えても不可能に思えるが、なんとしてでもやり遂げる。


 危険と知りながら復讐の道を選んだ三人の姉妹。死ぬ覚悟も、死なれる覚悟もお互いにしていたが、それを見過ごせることと同義ではない。


「絶対に助けてみせるから……」


 電車中の地雷を一斉に起動すれば電車は崩壊し、リコとキャロルを倒せる公算は高い。だがそんなことをすれば、意識のないナッツとクルミは線路に落ちて、間違いなく死ぬ。


 パインは前方車両へと進み、真正面から戦い、勝つしかない。


 彼女が譲れる、最低限の未来に辿り着く道は狭く、険しい。


「待ってて。いま助けにいくからね」


 絶対に勝つと決意し、一歩踏み出したその瞬間、彼女の二メートル背後にある壁に、一本の煙突が突き刺さった。


「まさか……」


 それを見て、パインの背筋が凍った。


 あの状況で生き残っていた。そのうえで、追いついてきた。いくらなんでも、巡り合わせが悪過ぎる。


「どうして邪魔をするの……わたしたちは……ただ、家族の時間を取り戻したかっただけなのに……」


 強力な二人のサンタを倒す。それが四人に増えた。それが絶望でなくてなんと形容できるだろうか。


「さっきは一瞬でやられたけど、もう同じミスはしない」


 カナンの声と共に、突き刺さった煙突からバイクが突入してくる。


 運転手はソニア。そのバイクの前方には、戦車砲を思わせるように、煙突が備え付けられている。後ろにはカナンが乗っている。


 ソニアの配達道具の正体が、中を通行出来る煙突を射出するバイクであることをパインは理解した。


 そしていまさら、相手の配達道具が判明したところで、現状を打開することには、何一つ繋がらないことも理解していた。

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