25話 人形術師と悪虐少女 その2
「ひとまず、ナッツと合流しましょうか」
「はい」
クルミとアリーは姉妹揃って再会し、サンタ工房を壊滅させ、クリスマスを祝う未来を想像しながら廊下を急ぐ。
そんな理想の未来は轟音と共に砕かれた。
最初とは上下逆さまで、今度のキャロルは床を蹴り上げ、廊下へと突入してきた。
そして床ごとアリーを天井に叩きつけ、彼女の内部機構に行動不能になるほどの、致命的な損傷を与えた。
「やっほー! って、二回目ともなると、驚き薄いかなー?」
クルミの息が止まる。キャロルはアリーの索敵から二度も逃れた。
アリーはメモリをほとんど割いて、周囲の警戒を行っていた。体温、呼吸、振動……何一つ見逃すはずがない。
キャロルは自分の全てを隠し、高速で走行する車両の下を通って、ここまでやって来た。
暗殺任務を行うこともあるのが懲罰部隊。その中でもトップクラスのキャロルが、索敵を逃れる程度のこと、できないはずがなかった。
「なんでこんなバカげたことが……」
アリーはいまの奇襲で機能が停止してしまい操作不能。この状態からナッツとの合流なんて間に合うわけがない。持ち堪えられるわけがない。
殺される。ナッツは短く、あまりに端的な言葉で表される未来を予感し、本能はそれが現実であることを知っている。
「さっきの”読んでなかった“って言葉を信じたの? ダメだよー。私みたいな悪い子の言うことを信じたらさー」
キャロルは車両に何かしらの罠が仕掛けられていることくらいわかっていた。床に穴が空いた時点ですることは決まった。
クルミに与えたダメージから、彼女の歩行速度は経験でわかる。扉を開いた瞬間は、扉自体の開閉音でわかる。
それだけ情報が揃っていれば、キャロルなら直線の廊下にいる、認識不能の敵の位置を特定することくらい、わけないことだった。
キャロルは終始余裕の態度を取っていた。クルミとアリーは心のどこかで、それを慢心だと考えていた。
だが、本当に余裕だったのだと、ようやく気付いた。
「ちょっとあなた達の術中にはまってあげたら、助けを呼んでくれると思ったんだけど、当たってるかなー?」
そのことにもう少し早く気付いていたのなら、違う未来があっただろうか……あったかもしれない。キャロルの体に付く傷が、いくつか増えた未来が。
「まっ、私が読みを外すわけないから、言わせてもらうね。わざわざ獲物を増やしてくれてありがとー!」
宙に浮いたキャロルがその体勢から正拳突きを放つ。ダメージを負ったクルミにそれを回避する体力はない。自分の死を賭したとしても、カウンターを叩き込むことなど、キャロル相手には不可能だ。
「……だとしても! アリーを殺されておいて……座して負けられるものか!」
それでもクルミは己を奮い立たせ、持ち得る全力を込めたクロスカウンターを放つ……が、キャロルは右足でクルミの腕を軽く上に弾いた。
「見えてなくても、こういう時にどんなことをするかなんて、見え見えだよー」
クルミの腹部にクリーンヒットする、悪辣なる少女の一撃。
運転室への扉を崩壊させるほどの勢いでクルミは吹き飛ばされ、運転席の前面に張られたサンタ製強化ガラスに体が突き刺さった。
その凄まじい衝撃音は他の車両にも響き渡るほどであり、クルミの意識は一瞬で消失した。
「全っ然、楽しくなかったねー」
運転席に戻ったキャロルは、アリーに奪われた電車のシステムを掌握し直す。
キャロルが三年前まで行っていたサンタ狩りをする時に用いていた、サンタの感覚を削ぐ砂利。
その中での戦闘を得意としていたキャロル相手に、見えなくする能力で対抗するなど、土台無理な話だった。
「リコー、聞こえてるー?」
「ああ。その様子だと制御を取り返してくれたようだな」
リコの言葉には疲労の色が見える。一方のキャロルにそれはない。
「ごめんねー。敵の位置を特定するために、一回はシステムを掌握させないといけなくて」
「問題ない。卿の判断だ。それが最善だったのだろう」
「もっと上手くやれるとよかったんだけどねー。それで、こっちに敵を一人誘導したつもりなんだけど、その通りになってる?」
「姿が見えないので確約はできないが、透明化させる能力者がそっちに向かっていると思われる。それとセイレンが重傷だ」
「なるほどねー。早く治療してあげるためにも、こっちに来てる敵を挟み撃ちにしようかー。カナンとソニアの二人は、通信の圏外で連絡つかないみたいだしー」
「そうか。ならば、私達でできることをするだけだな」
「あれ? 意外と狼狽えないんだねー」
「あの二人がタダで負けると思うか?」
「まっさかー。カナンとは一年間一緒に暮らしたけど、その間ずっと私のことを睨んでたからね」
「いまからそちらに向かう。合流するぞ」
「りょうかいー」
リコとキャロルは目標を絞る。攻めの要と推測される、透明化能力を有した敵だ。
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