24話 人形術師と悪虐少女 その1
運転室に一人の少女が入ってきた。彼女の名はクルミ。
クルミの傍には、メイド服を身につけた女性が付き添っていた。
“それ”がクルミの配達道具である。武装メイドアンドロイド型配達道具。それが彼女の武器だ。
「お願いね、アリー」
クルミは自分の配達道具に名前を付けていた。アリーは配達道具でありながら知能と人格を有している。
それは機械によって作られた擬似人格なのかもしれないが、二人は出会ってから過酷な任務を共に乗り越え、絆を深め合い、友達となり、恋人のような関係を築いている。
少なくとも、二人の間にある信頼は作り物などでは決してなかった。
透明化している二人は運転室の中から電車の制御盤に向かいながら、キャロルの姿を探した。
リコのチームを攻撃する直前、クルミたち三人は一度合流し香水を念のために重ね掛けした。その間にキャロルは姿を消していた。
本当なら念入りにキャロルを捜索してから電車の制御を奪いたいが、目的地に着くまであと四十分しかない。
持ち場を離れたキャロルの行動は不可解だが、彼女を捜索している時間はなかった。
アリーは腕から伸びたケーブルを制御盤に直結させて、ハッキングを試みる。
ハッキング機能は兵器開発局による改造で付与した能力だが、その性能は極めて高い。この世界に存在するあらゆる機械を操作し、乗っ取ることができる。サンタ工房に遅れをとっているとはいっても、兵器開発局の技術力は本物だ。
アリーの優れた性能もあり、ハッキングの速度も精度も極めて高かった。
「この程度のセキュリティであれば問題ありません」
「頼りになるわね。そのままお願いね」
クルミは電車の制御をアリーに委ね、見失ったキャロルによる襲撃を警戒する。
自立兵器乗っ取りはクルミの配達道具を使用しなければ達成されない。
クルミを攻めに使わなければ懲罰部隊に勝つことは難しいが、作戦遂行の為にも死ぬことは許されない。
キャロルは単独行動をしていることから強いと思われるが、電車の制御を行えるのはアリーだけだ。
「熱源反応は感知できません。敵は近くにいないものと思われます」
アリーのメモリの大半は現在ハッキングに使用されており、周囲への警戒網は万全ではない。
その穴を埋めるのは、クルミの役目だ。
「わかった。ハッキングを続けながら、周囲への警戒も怠らな……」
クルミがアリーへ指示を行っていると、突然天井を突き破る轟音が辺りに響き渡り、一人の少女が運転室に突入してきた。
「透明化能力で潜んでるってことくらい、ある程度予想がつくよねー」
それは全身に雪を纏い、体温を下げたキャロルだった。
「そして、当然制御を取りに来るよね。通信障害起きるのはわかってたけど……こうしてすぐに取り返すから、なんの問題もないよねー」
クルミはアリーの熱源感知能力を知るはずのないキャロルが、わざわざ体温を下げ、屋根に身を潜めていたことに恐怖を覚える。
自分たちの動きが完全に読まれていた。
侵入者を視界に捉えたクルミとアリーが動き出すよりも”二瞬“速く、キャロルは制御盤の前にサンタ膂力を充分に込めた回し蹴りを放つ。
「アリー!」
当然、透明化状態であってもクルミはアリーの位置と状態を把握している。キャロルによる渾身の蹴りを受けたアリーは、直結させたケーブルを引き剥がされ、勢いよく壁に叩きつけられる。
アリーによるハッキングは中断された。しかしある程度の作業は終えており、通信障害はそのまま残っている。
キャロルの攻撃を受けたアリーの損傷は激しい。左脇腹の装甲はいまの一撃で破壊され、内部機構が露出している。もう一度、同じ箇所を攻撃されれば、先の蹴りの三割程度の威力で、アリーの機能は停止に追い込まれる。
「ただの透明化じゃないね。当てた感触もなかったし、音も気配も、サンタ第六感でも感知不能。でもさ、私へのダメージは認識できるみたいだねー」
キャロルは硬い装甲を蹴りつけた右脚に走る鈍い痛みに、表情を綻ばせていた。
「サンタ蹴ってもこんなにダメージ負わないよね。当てた感触がなくて、痛みだけなんて変な感覚だけど……サンタ装甲で強化した操作型の配達道具だね。さすがにいまの一撃で結構ガタがきてるんじゃないのかなー?」
キャロルがクルミとアリーのことで確定している情報は、足への反動による痛みだけ。透明化に関することも、アリーへのダメージも、全てキャロルの推測。
そのはずなのに、全て的中している。クルミの居場所以外全て見抜かれている。
キャロルのみ単独で行動していることから、実力者であることは想定していたが想像以上だ。
「なんでこんなことベラベラ喋ってあげてるかわかる? 絶対私が勝つからだよ」
キャロルは余裕の態度を崩さない。
クルミとアリーは、決意を固める。自分たちにそんなふざけた態度で挑んだことを後悔させる、と。
「アリー……動ける?」
「損傷率二十パーセント。問題ありません」
人間的な動作でよろめきながら立ち上がろうとするアリーに駆け寄り、クルミは手を貸す。
「このサンタはかなり危険ね。二人は手一杯だろうし、合流させるわけにはいかない。ここできっちり始末しておくよ。武装制限限定解除。電車を止めない程度に暴れなさい」
「了解しました」
アリーは主命に従い、両腕から車両を破壊し尽くさない程度の武装を展開する。
彼女の両腕は変形し、内部からチェーンソーが展開される。金切り声のような凄まじい駆動音が、その威力を物語っている。
「標的を排除します」
そう静かに宣言し、アリーは目の前のキャロルへと直進した。
透明化のせいでつんざくようなチェーンソーの駆動音も、キャロルの耳には届かない。アリーの接近にも、キャロルは気付けない。
キャロルは緊張感もなく、運転室の中央にただ立っているだけ。
「隙だらけですよ」
キャロルの眼前に飛び出したアリーは、二メートルの巨体で二本のチェーンソーをクロスさせ、口だけが達者な少女を切りつけた。
直撃した。クルミもアリーもそう確信した。刃がキャロルの肌に触れたのだから。
その瞬間、キャロルは心底つまらなさそうな表情を浮かべ、両足に溜めたサンタ膂力を全開にし、凄まじい速度でアリーの股下へと滑り込み、背後へと回りこんだ。
その行動にクルミもアリーも面食らった。何をされたのかはわかる。肌にチェーンソーで切られた痛みが走ったから、回避しただけのことだ。
それは言葉にするだけなら容易いが、実行するのは至難の業。そのうえキャロルの反応速度はとにかく尋常ではなかった。肌の表面しか傷ついていない段階で、その傷跡から攻撃方向を推測し、最適解をとった。
時でも止めて、ゆっくりと思考すれば誰でも辿り着ける答えだが、この反射速度は理不尽の領域だった。
「アリー! 回避して!」
アリーの背後に回り込んだキャロルは、美しい動きで体を起こし、サンタ膂力を残しておいた右腕を後ろに引く。
クルミはそれを見てキャロルに向かって全力で走った。あれだけの体重を乗せたサンタの一撃を受けてしまえば、対戦車砲さえ耐えるアリーの装甲であっても貫通される。
全速力で走りクルミは、必殺の一撃を放たんとするキャロルの背中に、鋭い手刀を放つ。
キャロルは自分の背中に手刀が刺さり、ほんの少し血が滲むまで待ってから、バク転をきめてクルミの背後へ跳んだ。
「貴女だったらこの程度の攻撃、反応してくるわよね。だけどね、そうやって避けてくることくらい、いままでの攻防で確信していた!」
なぜキャロルがいまの手刀を、ほんの少しとはいえ受けたのか。チェーンソーを回避した時のことを考えれば、もっと浅い傷で回避できたはずなのに。
自身のサンタ戦への練度の低さに無自覚なまま、クルミはアリーと最高の連携をとった。
「アリー! やっちゃいなさい!」
アリーの背中の装甲が開き、内部から大型のレーザー兵器が姿を現す。その照準は宙を舞うキャロルを正確に捉えている。
あえてキャロルを空中に回避させ、その隙にアリーが不可視の攻撃を叩き込む。人形使いと人形が繰り出す連携技。
完璧に機能している二人のコンビネーションを前に、何人ものサンタ工房に所属するサンタを沈めてきた。
キャロルもそんな取るに足らない相手の一人になる。そう確信した。
「何言ってるかはわからないけどさ、私だってこんな隙だらけのことしたら攻撃されるなんてわかってるんだよー」
透明化し、知覚不能な状態で放たれた、サンタ合金さえ貫通する高出力レーザー。
その瞬間、キャロルは右手首につけたブレスレット型配達道具を起動した。
「必殺技っぽくいこうかなー! グリッチ・タイム!」
キャロルが叫ぶと同時に、ブレスレットに表示された二本のゲージの内一本が消費され、彼女の体はまるでゲームの“無敵時間”かのように点滅を始める。
点滅しているキャロルの心臓をレーザーが貫き、背後にある壁が高熱で焼かれて穴が空く。
勝利を確信するクルミだったが、キャロルの表情が苦痛に歪むことはない。
「なっ、なんで……」
「“なんで”、とでも言ってるのかな? サンタ戦で、それも配達道具持ちのサンタ相手にしてそんな言葉が漏れるなんて、初心者さんだねー」
キャロルの配達道具は攻撃を当てたり、受けたりすることでブレスレットのゲージが溜まる。
そうして溜まったゲージを消費することで、無敵時間に入る。一ゲージなら0.2秒間無敵になれる。
キャロルはアリーによる攻撃のタイミングを完全に読み切り、無敵時間で回避した。
そして隙だらけのクルミへと、渾身の蹴りを放った。
「あぐっ……」
見えていないにも関わらず、正確にクルミの鳩尾へと、キャロルの攻撃が直撃、クルミの体は大きく吹っ飛ばされた。
「パインさん。A-3の起動準備をお願いします」
アリーはパインに地雷の起動を申請しつつ、吹き飛ぶクルミを全力で受け止めた。
「えほっ……ありがっ……とうっ……」
「礼には及びません」
アリーは傷付いた主人へ優しく微笑みながら、キャロルを視界に捉え続ける。
「一旦退避しましょう。キャロルは強過ぎます」
「そう……ね。態勢を立て……直しましょう」
クルミは激しい痛みと、内臓へのダメージで言葉が詰まる。
彼女はアリーに支えられながら、退避するためなんとか入り口の扉に手をかける。
「逃がすわけないでしょー!」
0.2秒の無敵時間を終えたキャロルが猛々しく叫び、二人の方へと駆ける。
「パインさん」
「わかってる。アリーさん。起動したよ」
アリーの合図と共にキャロルの足元で地雷が起動した。
「あらら……さすがにこれは読んでなかったなー」
キャロルの体が突如開いた大穴へと落下していく。
やりたい放題暴れ回った割に呆気なく、キャロルは二人の前から姿を消した。
「……接触音がない……キャロルは死んでない」
「これまでの戦闘データからもそう判断した方がよいでしょう」
クルミはよろけながらもとりあえず立ち直り、一人で歩き始める。
その様子をアリーは心配そうに見つめながら、周囲への警戒を怠らない。
キャロルによる二回目の奇襲を許すわけにはいかない。
運転室を出た二人は、個室の客室が立ち並ぶ車両の廊下を歩く。
「ごめんパイン。キャロルが強すぎて制圧できなかった」
「問題ないよお姉ちゃん。私の方はカナンとソニアは倒し終わってるから」
「さすがだね。私も見習わないと」
「それより、私からクルミまでは距離が離れ過ぎてるね。ナッツお姉ちゃんをそっちに退避させる。ナッツお姉ちゃんを追って、リコもそっちに向かってるはず。大変だろうけど、合流して時間を稼いで。私も急いで向かうから」
パインたちは完全に状況を整え、完勝も夢ではないと思っていた。だがサンタ戦特化の懲罰部隊だけあり、想像より手こずっている。
自律兵器を乗っ取れるクルミと、透明化能力を所持したナッツの二人は作戦遂行上必須のメンバー。クルミの方が重要度は高いが、どちらも失えない。
最悪なことに、その二人を挟み撃ちにする形でリコとキャロルが迫っている。
パインは一刻も早く追いつき、加勢する必要がある。
いくら懲罰部隊が強かったとしても、姉妹全員でかかれば何も問題はない。どんな困難も三人と一体で力を合わせ、全て乗り超えてきたのだから。
「わかった。だけど、出来るだけ早く来てね」
「もちろん。私が着くまでの間、クルミお姉ちゃんとナッツお姉ちゃんのことお願いね」
「言われるまでもありません」
アリーは躊躇うことなく、そう強く言い放つ。いかなる状況であっても、大切な主人と、その家族を守る。
それは武装メイドアンドロイドとして元から備え付けられていた行動理念ではない。記憶領域から生じる、電気信号によって拡張された行動原理だ。
アリーはこの感覚を大切な“もの”だと感じていた。
「誰一人として、欠けちゃダメだからね」
アリーにならお姉ちゃんたちを託せる。信じられる。
パインは通信を切った。目的を果たし、家族揃って、お家へ帰り、クリスマスを祝うのだ。
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