6話 決着……次の配達先へ……

「えほっ……あははっっ……噂通り強いなぁ……負けちゃった」


 キャロルの絞り出すような弱々しい声。それでも命を落としていないことに胸をなでおろす。悪い子とはいえ、サンタの私が子どもの命を奪うわけにはいけない。


「……トドメ刺さなくてもいいの……まだ襲えるかもしれないよ……」


「子どもの命を、サンタが奪えるわけないでしょ」


「殺してって……頼んだつもりだったんだけど……懲罰部隊に捕まった後のことなんて、考えたくもない……」


 キャロルが出会って初めて、年相応の寂しそうな表情を浮かべ、悲しげに口を開く。


「私にこの配達道具を引き継がせようと、生体認証するためにサンタ工房へ忍び込んだ時に、お母さんは殺されたんだー……懲罰部隊の連中、お母さんで遊んでた」


「そう。私もあそこのやり方は気に食わないから、いつもなら引き渡さないんだけど……キャロルちゃんは可愛い後輩に手を出したから」


「容赦ないねー……身の振り方を間違えたかなー」


「かもね。私は次の配達があるからそろそろ行くよ」


 私はキャロルとの戦闘で傷ついた部位を庇いながら、なんとか立ち上がる。


「ステキなサンタさんにお願いがあるんだけど、その配達道具、ルシアお姉ちゃんは使えないだろうけど、持っててくれないかな」


「それがバレたら、懲罰部隊に追われる規則違反なんだけど」


「……お母さんの形見を、あんなサンタに渡したくないの。だから……」


「はぁ……本当に悪い子。可能な限り持っといてあげるから、いつか奪いにきなさい」


 面倒ごとを押し付けられ、それを引き受けてしまう。そんな自分のお人好しさに辟易しながら、キャロル用に持ってきた、形だけのプレゼントである人形を渡そうと、ポケットに手を突っ込む。


 だが残念なことに、ただでさえボロボロだったそれは、戦闘の余波で四肢が千切れ、胴体が真っ二つに割れてしまっていた。


 流石にこれをプレゼントとするのは、落ちぶれたサンタの私でも抵抗がある。とはいえプレゼントを渡さないままは、サンタとしてイヤだ。だがプレゼントの数に余裕は一つもない。


 選択肢はなかった。


「はい、クリスマスプレゼント。キャロルちゃんが壊したんだから、苦情は受け付けてないよ」


 壊れすぎてグチャグチャになった、“元”人形をキャロルの側に広げて置く。


「あはは……なかなかステキなプレゼントだね。ありがとう。大切にするよ」


「そうしてくれると嬉しいよ。メリークリスマス。いい一日になるといいね」


 サンタの体裁を整え、カナンを担いで、激闘の跡が残る部屋を立ち去る。


 久しぶりのサンタ戦……それも上級サンタ以上の相手は流石に疲れた……この後の配達、体が持つかかなり不安だ。




 時間的な制約がある中、数十件の問題児達にプレゼントを配り切るのは容易なことではない。毎年クリスマスが終わる頃には、ヘトヘトになっている。


 その中でも、今年は本当に苦しかった。サンタらしい扱いはどこに行ってもされず、こっそりプレゼントを枕元に置かせてさえくれる場所は全く存在しなかった。


 結局、サンタを捕らえようとする相手を蹴散らすための戦闘を避けられなかった。

 

 最初の相手が下手な上級サンタよりも強く、その後の負傷した状態での配達はかなり堪えた。


 それでもなんとかやり終えた。大切なカナンも助けたし、後は最後の一軒を残すだけ。


 配達先はマナという八歳の女の子で、この辺り一帯を領地にしている貴族に仕える召使いだと書かれている。


 マナちゃんが仕えている家の子は、サンタ基準で良い子だと追記がある。誰が担当かまでは書かれていないが、上級サンタが担当だとは記されている。


 上級サンタが危険地帯に配属されることはない。私の担当になるくらいだからマナちゃん自身は悪い子なんだろうけど、彼女にプレゼントを届けるのは、今年最初で最後の楽な仕事になりそうだ。

 


 ※※※



 満身創痍の状態でソリを引いて歩く。傷口に氷点下の空気と吹雪がしみる。その痛みも、坂の上に建つ大きな屋敷が見えると同時に、少し和らいだ気がした。


「中は暖かそうだけど……配達先、あの中だと良いな」


 自然と弱気が漏れる自分を情けなく思いながら、急な坂を登る。




「まぁ、こんなものだよね。期待はしてなかったけど」


 予想通り、配達先が暖かい屋敷の中なんて、そんな甘い話はなかった。上級サンタの配達先は、ドームくらいの大きさがある豪勢なお屋敷。それに対して私の配達先は、牧場のように広い庭の片隅に点在する牛舎のような小屋だった。


 上級サンタであればセキュリティーに引っかからないように根回しして貰うらしいが、下級サンタの私にそんなものない。


 なのでいつも通り、警報装置を避け、敷地を囲む塀を飛び越える。


 深々と積もった雪に、足首まで埋まる。吹き付ける粉雪が視界を奪い、マナちゃんが住む場所がどこかわからない。


 その状態で二十分近く彷徨いながらも、なんとか目的の小屋にたどり着いた。


 その小屋は木組みの粗末な建物で、雨風を辛うじて凌げる程度の作りにしかなっていない。こんな真冬の吹雪相手では無力そのもの。


 毎年のように吹雪くこの地域で、ここがマナちゃんの住む場所だとすれば、その扱われ方は召使のそれではない。


 胸に湧いてくるある予感。この中にいる子はもしかしたら、私が普段目にするような悪い子ではないのかもしれない。


 そんな予感を胸に、私は中に暮らすマナちゃんに気付かれないよう、音を立てないよう気を配りながら小屋に忍び込んだ。





 小屋の中に一歩足を踏み入れ、中の様子を伺う。


「うっ……」


 その光景に思わず息が詰まった。


 床と壁にこびり付いた血の跡。中には今日付着したと思われる新鮮なものまで。


 ここで行われた虐待を想像して、背筋が凍る。


 血を流し過ぎて思考力の下がった私でも、この屋敷の実情を察した。


 ちゃんとした召使いは、あの屋敷の中にいて、寒さを凌げない外の小屋に住んでいるのは奴隷か、実質そう扱われている人間だ。そんなこと紙には書けないから、召使いと書いてお茶を濁していたのだ。


 さっきの予感が、確信に変わりつつあった。こんな雨風を辛うじて凌ぐだけで、断熱材もなく温度が外とほとんど変わらない場所に住まわされ、出血を伴う虐待を受けている女の子がはたして、私が想像するような悪い子なのか……


「ケホッ……ケホッ……」


 足音を殺しながら小屋の中を探索していると、小さな女の子が咳き込む声が聞こえる。


 声のした方をそっと覗き込むと、うず高く積んだ藁のベットの上に倒れ込んだ女の子……マナちゃんが一人で寝ていた。


 サンタ耐寒力があっても、凍えかねない外気がそのまま入り込む、粗末な小屋の中で、マナちゃんが身につけているのは、手脚が露出した粗末な貫頭衣だけ。


 こんな衣服では寒さに対しては無防備そのもので、指先は凍傷で所々黒くなっている。それだけでなく、体のあちこちにある、鞭で打たれたような傷痕が、この子の普段の扱いを物語っていた。


「お母さん……お母さん……死んじゃやだよ……」


 マナちゃんは夢の中でさえも幸せではないらしかった。瞳に雫を溜めて、もうどこにもいない母親を呼んでいる。


「この子が悪い子……ね……」


 疑問が確信に変わった。このマナちゃんを見て悪い子だという人間がどこにいるのだろうか。


 普段のマナちゃんを私は全く知らないけれど、この寝顔を見れば充分だ。


 お母さん達がなぜ悪い子を守って死んだのか……今までその理由を察してはいつつも、確信はできていなかった。


 たったいま確信した。きっと配達先で、身を呈してでも守りたいと思える子と出会った。そして、その子を守って命を落とした。


 サンタ協会による良い子と悪い子の制定に疑問を持ったことはあった。その基準は全てサンタ評議会で決められ、その基準は末端のサンタには知らされず、介入する権利もない。


 良い子のリストを盗み見た時に載っていたのが、大企業の社長や政治家の子どもだけだったから疑っていた。


 確かに悪い子のリストは、本当に悪い子が多いのも事実だが、良い子のリストに乗るべき子もいるんだろう。


 今まで出会う機会がなかっただけ。そしてマナちゃんはきっとそういう子だ。


 幼い女の子が非道な扱いを受けていることに、サンタとしての良心が痛む。


 だがこういう子どもたちに対して出来ることは多くない。プレゼントをあげる以上のことはサンタ規則で禁止されているから。


 あげられるプレゼントもサンタ工房で作られた物しか許されていない。それを破るとサンタ懲罰部隊に追われる身になる……そこまでの覚悟は私にはなかった。


 サンタが救う者だった時代ではもうないのだ。いまは子どもにこうした扱いをする側を、組織だって良い事とお墨付きを与えるのが仕事になってしまった……


 そんな組織に属し続け、何もしていない自分に後ろめたさを感じる。


 ヨレヨレの配達袋の中にある、最後に残ったプレゼントを手に取る。ガラクタの山から掘り出した、綿の出たクマのぬいぐるみ。こんな物を配ることしか、私には許されていない。


 ぬいぐるみを袋の中で手に取りながら思い悩む。こんな物しかあげられないのなら、いっそあげない方がよいのではないかと。


 朝起きたら、マナちゃんは側に置かれたぬいぐるみに気付くだろう。本物のサンタが来てくれたのだと。


 だがその夢はきっと一秒と持たない。中身の出ているぬいぐるみを、貰って喜ぶ子どもがどこにいるだろうか。


 もしこんなゴミをわざわざクリスマスの朝に置かれていたら、どう思うだろう。他ならぬサンタの手によって。


 世界からいらない存在だと、言われたように感じるはずだ。


 ただでさえイヤというほど、虐げられているというのに、わざわざ虐げられる側なのだと、宣告してやる必要がどこにあるのだろう。


 クリスマスにプレゼントがないだけなら、サンタが本当はおとぎ話なのだと思うだけで済む。ゴミを貰って喜ぶのがせいぜいの命だと、突き付けるなんて……そんなのムリだ……耐えられない……


「帰ろう……」


 自分の口から自然と零れた言葉……サンタらしい仕事などさせて貰えず、こうしてサンタとして良いプレゼントをあげたいと思う子に偶然出会えても、救いたいと、幸せにしたいと願う子に巡り合えても、何もしてあげられない自分が情けなかった。


 お母さん達は、救いたいと思った子に出会った時に、心の声に従えた。


 置かれた状況はわからないけど、間違いなく娘の私が誇れる、サンタらしい振る舞いをしたはずだ。


 それに引き換え私はどうだ。懲罰部隊に追われることを恐れて、何もできない。


 下級サンタだから、サンタらしい仕事が出来なかったんじゃない……


 どんな逆境であろうと、多くの子どもたちの為に立ち上がった、初代サンタの崇高な魂も……誰かが決めた基準ではなく、自分の心で決めて、苦難の渦中にいる子のために命をかけるお母さん達のような覚悟もなかったから、サンタらしい仕事ができなかっただけのことだと、ようやく気付いた。


 もうサンタなどやめよう。憧れたサンタのように、目の前の子どもに幸せを与えられる状況にありながら、恐怖に足が竦み、何も動けないのなら。


 生まれた時代や、家系が悪かったんじゃない。確かにそれらに恵まれていたとしたら、多少は理想のサンタらしく振る舞えたかもしれない。


 でも、世界を滅ぼすほどの巨悪が現れた時に、子どもたちの未来を願い、立ち向かった初代サンタのように奮い立つ自分が想像できない。


 はなからサンタとしての覚悟が欠けていた。ただ自分が置かれた状況に不満を言うだけの、ただ力が強いだけの存在だった。


 一度心に決めてしまえば後は早い。いや違う。ずっとやめようと考えていた。きっかけが欲しかっただけだ。


 悔いはある。辞めると決めてしまうと、流れる涙が止まらない。だけどこのままサンタを続けても、夢は叶わない。だから、サンタを続けてもきっと意味がない……

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