下級サンタは挫けない

神薙 羅滅

第一部 下級サンタは挫けない 第一夜

第1話 サンタの現実

 私がサンタの仕事を続けているのは、叶わないと知った夢を、無様にも追い続けているから。


 サンタになる前は、子どもたちに夢を届けるキラキラした仕事だと、アイドルのような仕事だと思っていた。子どもたちに幸せを届ける仕事だと。だけどそうではなかった。


 私の両親はサンタの世界がどんなものかを教えてはくれなかった。


 サンタ業界はとてつもない縦社会だった。配ったプレゼントの総額の何割かが給料になる歩合制。


 で、良い子ほど良いプレゼント……つまり高額のプレゼントを貰える。そして良い子にプレゼントを配れるのは、家柄の良いサンタだけ……つまり下級サンタの家系出身の私に、良い子へプレゼントを配る権利はなかった。


 それが意味するところは給料が低く、サンタ業だけで食べていくのが厳しいことだけを意味してはいなかった。


 まず下級サンタにはトナカイが支給されないのだ。上級サンタか、家柄が良いから中級の座についた金持ちサンタからトナカイを恵んで貰うのだ。


 それでも人語を話せるトナカイを駆れるのは上級サンタと一部の家柄の良い中級サンタに限られ、残りのサンタはただのトナカイを用いてプレゼントを配達をすることになる。


 それでも空を飛べるトナカイが使えるのだから中級サンタは恵まれている。人語が話せないだけで、人語を理解はしてもらえるから手間取ることはない。


 下級サンタのトナカイは地面を走る。だから煙突まで自力で登らないといけないし、人目につかないよう人一倍気を使わねばならない。それでも私に言わせてみれば、移動で疲れないだけまだマシだ。


 残念ながら私の家計は粗悪なトナカイすら恵んで貰えないほど底辺で、まともな人脈もなく安物のトナカイをレンタルするための資金さえなく、一から十まで全部自力だった。


 電動アシストもついていない時代遅れのソリを引き、防寒機能が壊れたお下がりの薄着なサンタ衣装の寒さに震えながら、あちこちへプレゼントを運ぶ。


 そして装備だけでなく配れるプレゼントも私は底辺だった。私のような最底辺サンタが担当するのは、良い子ではなく悪い子。それもとびきり。


 金持ちで良い子は、上級サンタの管轄として、一級のプレゼントが贈られる。そして金持ちで悪い子はというと、これは中級以上のサンタの管轄で、準一級のプレゼントが贈られた。金持ちは金持ちという理由だけで、サンタにさえも色目を使って貰える。良い子ほどではないけど、良いプレゼントが貰える。


 下級サンタが配れるのは、形が歪んだり、昨年以前のプレゼントの配り残しだったりの処分品だけ。その劣悪なプレゼントの中でもグレードがある。


 より質の良いプレゼントを奪い合うのはどの階級のサンタでも同じことだが、下級サンタの争いはその中で最も苛烈で、醜い。


 暴力を振るえる者や、権謀術数に長けている者が、去年の中級サンタの配り残しを掻っ攫っていく。


 そうした下級サンタの中にある派閥のリーダー格が最高品質の余り物を配り、それらの派閥に属するサンタたちは準一級の余り物を手にする。どこにも属せない私みたいなサンタに与えられるのは、誰も手につけないようなゴミだけだった。


 アンティークとして価値が付きそうな、何百年とあまり続けたプレゼントは、一部のマニアックな良い子が現れた時のために、中級サンタたちによって保管されている。だから隠れた値打ちものを発掘するなんてささやかな夢さえ見れず、本当にゴミを毎年毎年配ることになる。


 それでも良い子相手なら、こんなゴミでも喜んでくれたかもしれない。本物のサンタさんが来てくれただけで喜んでくれたかもしれない……そんな物で喜んでしまえる子はきっと不幸なのだけど。


 私はそういうなんでも喜んでくれる、サンタにとって都合の良い子に配達する機会さえなかった。


 親殺し、兄弟殺し、友達殺し、ペット殺し……私は悪い子の中でも、誰もやりたがらない、命を危険に晒しかねない最悪を押し付けられた。


 時には刑務所の中へ忍び込み、時には虐待を行っている過激な精神病棟へプレゼントを配る。出所してすぐに家族を殺している最中の子どもに出くわしたこともある。


 その時はその子に殺されそうになりながらも、子どもへの反撃はサンタ法により禁止されているから、なんとかプレゼントを押し付けて逃げ延びた。


 国によってはサンタにでも不法侵入の罰則を設けている国もある。そんな国の子どもは下級サンタの担当で、不運にも捕まったサンタの末路は悲惨だった。禁固刑ならまだマシなほうで、奴隷市場に売られた下級サンタの話さえ耳にするほど。


 世界でも指折りの悪い子相手だから、住む場所の治安も法律も倫理の欠片さえなく、プレゼントを決死の覚悟で届けても感謝もされず、劣悪なプレゼントだから罵詈雑言をお返しされる。そんな子どもたちのために、私は命を危険に晒しながらプレゼントを配達する。


 私の夢見たキラキラしたサンタの世界も、子どもたちに感謝されるやりがいも何もなく、虚しさだけの仕事だった。


 なぜ両親がサンタの仕事について多くを語らなかったのか、今ならわかる。


 絵本に書かれていたサンタの世界はもうそこにはなかったから。


 徹底された階級社会。血に塗れた配達環境。


 クリスマスが終わり、家に帰ってきて、サンタの誇りと夢を語る両親の表情が疲弊し淀んでいたのを、幼い私は見抜けなかった。


 ある年のクリスマスを境に帰ってこなくなったお母さん達が、悪い子をかばって死んだと知った時に夢は潰えていた方がよかった。


 そうしていたら少なくともサンタを夢見る無垢な少女のままでいられたのだから。


 こうしてサンタらしいサンタになりたいなんて、叶わない夢を無様に追い続けて、傷つくことはなかったのに……

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