ザラタンの生け捕り

「す、すごい」


 リーゼは目を見開いて息を飲む。

 彼女の目からすれば川が「割れた」としか思えない。


「なんて神業なの……」

 

「マスター、すごいです」


 シロが感心したのはザラタンの親子を傷つけずに陸上に追いやったことだ。


「一回で上手くいってよかったよ」


 とケントは言って跳躍する。


 川の幅は目測で四メートルくらいだったが、《忍神》の身体能力なら助走なしでも簡単だった。


「えええ!?」


 リーゼが悲鳴に近い叫びをあげる。


「……これも驚かれるんだよな、やっぱり」


 ケントはもしかしたらと思っていたので驚かなかった。


 突然陸上に放り出されることになって混乱し、固まっているザラタンの甲羅を優しくつかんでストレージに放り込む。


(こっちの世界では試してないけど、ストレージは捕獲した生き物をそのまま入れて運べたはずだからな)


 もしもダメだったらもう一度やればいい。


 なるべく軽く考えようと努めて、ケントはもう一度ジャンプしてリーゼのそばへと帰る。


「おかえりなさい、マスター」


「ただいま」


 シロが出迎えのあいさつをしてくれたので、ついケントは返事をした。


「お待たせしましたか?」


 そしてリーゼに声をかける。


「い、いえ、めっそうもありません!」


 彼女は必死に顔と右手を振って否定した。

 その瞳にはケントに対する畏怖がはっきりと見て取れる。


「では町に帰りましょう」


 とケントは言うとシロが空に舞ってかごをつかむ。

 二人が乗り込むとすぐに出発した。


 帰り道、リーゼはちらちらケントを見ているが話しかけて来ない。

 彼が見せた神業にすっかり気おされてしまったようだ。


(何となくそうなんだろうと思うが、俺だって彼女にふれる話題を持っているわけじゃないからな)


 遠慮と言うか、余計なことを言わないように自制した結果、沈黙を選ぶ。

 町の近くに降り立つと、リーゼは改めて彼らに礼を言った。


「ありがとうございます。まさか本当に日帰りで戻ってこれるなんて、夢みたいです」


「どういたしました」


 大げさだなとケントは思うが、彼女の感覚こそがこの大陸の人間の標準なのだ。

 異邦人である彼は覚えておくべきだろう。


「マスター、この後はどうするのですか?」


 人の姿になったシロに聞かれ、ケントは答える。


「そうだな。まずは組合に報告だ。それから相談かな」


 最後の一言は声を落として独り言になった。


「とりあえずついてきてくれ」


 ケントに言われるがままシロは彼の後をついていく。

 組合に行けば女性の受付が、耐性がついた顔で彼らを迎え入れる。


「おかえりなさいませ、ケントさん。リーゼさんから報告がありましたよ。見事なものです」


「ありがとうございます」


 とケントは賛辞を受け取ってからたずねた。


「捕獲してきたザラタンはいったん組合に渡すのでしょうか?」


 それとも直接届けに行くのか、彼にはわからなかったのである。

 だから相談したかったのだ。


「いえ、直接届けていただく形になります。ザラタンは暴れ出しますと、ハンターの方はともかく職員だと危険ですから」


「ですよね」


 受付嬢が話す理由に納得できたのでケントはうなずく。


「依頼人のお店はこの建物を出て左に曲がり、六軒先の『しおさいの彩り』です」


「わかりました」


 ケントは言われたとおりに進み、店のヒューマンに声をかける。


「依頼にあったザラタンを届けに来たのですが」


「あ、ハンターの方ですね」


 まだ少年と見間違える若者が笑顔で対応したが、すぐに怪訝そうになった。


「ザラタンはどこにいるのでしょう?」


 どうやらストレージを知らないらしいとケントは悟る。


「生け簀か何かありませんか? ザラタンを放てる容れモノです」


 そして質問して、「生け簀」が通じるかわからないと言い直す。


「ああ。それでしたら店の裏に回っていただけますか」


 と言って店の右脇にある細い道を案内され、裏側に回った。


 ドアの近くに大きな透明な箱が置かれていて、ここにならザラタンの親子も入りそうだと思われる。


「ではいきます」


 彼は箱のフタをずらしてストレージからザラタンの親子を解放した。


「ええええ!?」


 若者が驚いている間にフタを閉める。


「これで依頼は達成ですね?」


「あ、はい……」


 放心状態に近い顔で若者はうなずいた。

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