感覚のズレ

「ケントさんは赤鉄の依頼を受けられますか?」


 と男性職員は改めて問いかける。


「もちろん、受けます」


 ケントは即答した。

 彼は今日まだ自分は何もしていないという気持ちが強い。


 職員も理解していたのだろう。

 一度背を向けて赤鉄ランクの依頼の紙を並べてくれる。


「一番左がワスレ草の採取の護衛依頼ですね。ここから馬で一日ほどの距離にあるレニー高原に生えています。ホワイトライダーのケントさんなら日帰りも可能でしょう」


「なるほど」


 レニー高原とやらの場所はわからないが、馬で一日の距離ならたしかにシロなら余裕だとケントは計算した。


「次がザラタンの生け捕り依頼ですね」


「ザラタン?」


 ケントが知っているモンスターの名前だったので、期待しながら聞き返す。


「川に住む大きな青いカニで、可食部が多く味もいいので食材として人気のあるモンスターなんです」


 男性職員の説明に彼は知っている通りだと思いつつ彼はうなずく。


「人の手でも養殖可能なのも人気の理由ですね。今回の依頼は在庫が心もとなくなったからだそうです」


「そういうことでしたか」


 ケントは答えてからふとたずねる。


「生け捕りについて、やってはいけないこと点をうかがっても大丈夫ですか?」


「ええ。ザラタンは陸上でも一日は平気で生きられますから、ケガをさせすぎないように気をつけていただければ」


 男性職員が答えた。


 どうやって生け捕りするのかという点に説明がないのは、それくらい自分で何とかしろということだろうとケントは解釈する。


(それをこなしてこそ赤鉄ランクってわけだな)

 

 知識や工夫を含めた総合力を問われると考えれば納得だった。


「じゃあその二つを……赤鉄ランクっていくつ依頼を達成すればランクアップできるんですか?」


 ケントがふと思いついて聞くと、


「十回ですよ」


 男性職員が即答する。


「十回ですか」


 意外と少ないなとケントは感じた。


 青磁や銀がすごそうな扱いからかなり達成回数、あるいは種類が要求されるのではないかと想像していたのだ。


「ふつうの冒険者はホーンラットやボーンアントを瞬殺できませんよ。そもそも探し出すのに苦労するものなんです」


 男性職員は彼の表情から考えていることを察したらしく、苦笑しながら話す。


「あ、なるほど」


 ケントはうっかり自分の感覚で判断していたと気づく。


「ワスレ草の護衛を受けていただけるなら、薬師組合に連絡をするので少しお待ちいただけますか」


「わかりました」


 ケントは返事をしつつ、男性職員がどうやって連絡をとるのか興味を持つ。


(ゲームだったら通信システムがあったけど、この世界にはあるかわからないし。電話はあるのか? タンドンさんは持ってなかったが)


 旅商人にとって電話や通信手段はとても重宝するはずだ。


 もちろん彼に購入するだけの力がないだけかもしれないので、決めつけはよくないのだが。


 彼は男性職員は奥へ引っ込み、そこで何かを話す声が聞こえてくる。


(……何らかの手段があるってことか?)


 見られないのは残念だ。


 ケントとしては姿かたちだけでも確認したいのだが、不審に思われることを避けたかったので自重する。


「連絡は終わりました。薬師組合に顔を出して名乗っていただければ大丈夫ですよ」


 愛想よく話す男性職員に、彼は問いかけた。


「このせ、大陸ではどんなものを使っているんですか?」


「うん? 通信クリスタルのことですか?」


「ええ、そうです」


 通信クリスタルという単語自体初耳だとはおくびにも出さず、ケントはうなずく。


「レリック・アイテムについては他の大陸と違わないでしょうし、ケントさんにとって珍しくないと思いますが……ご覧になりますか?」


 男性職員は怪訝そうな顔をしながらも、好意で申し出てくれる。


「ええ。参考までに見せていただければうれしいです」


 とケントは言う。



 

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