薬師リーゼ

「ケントさんならあるいは新しいレリック・アイテムを発見するかもしれませんしね」


 と男性職員は言って、奥へ引っ込む。

 そして黒い金属と木の設備に水色の水晶玉がくっついた物体を持ってくる。


 サイズは八インチタブレットくらいだろうか。


「これが通信クリスタルです。ケントさんならご存じでしょうが、古代文明の遺産と言われています」


「ああ……」


 ケントはとっさに口をにごす。

 

「ケントさんが今後ダンジョンでクリスタルを発見した場合、持ち帰っていただければ高額で買い取れますよ。買うのは国ですけど」


 うちにそんな金はないと職員は笑う。


「覚えておきます」


 ケントはひとまずそう言って、薬師組合の位置をたずねる。


「薬師組合ならうちの建物を出て斜め前の、緑色の看板が出ているところですよ。おそらく依頼人は建物の前で待っているでしょう」


 と男性職員は答えた。


「ずいぶんと早いですね」


 ケントが不思議に思って口にすると、


「ああ、今回の依頼人の女性はふだん組合で仕事している人なんです。何なら通信を受け取った本人の可能性すらあります。あちらは事務職と薬師職の垣根がないところですし」


 彼は説明してくれる。


「へえそんな組織が」

 

 ケントは感心すると同時に、漠然と不安も抱く。


(俺の勤め先みたいなブラックな職場じゃなきゃいいんだが)


 会社は仕事量のわりに人手を増やそうとしなかったので、いろんなことを自分でやるしかなかったのだ。


 社畜時代を思い出して彼は顔をしかめそうになる。


「では行ってきます」


「お気をつけて」


 ヒマそうにあくびをして待っていたシロを連れて、ケントは教わった通り斜め前の緑色の看板を目指す。


 そのすぐ脇に青いシャツと紺色のパンツをはいた、小柄な茶髪の若い女性が立っていた。


「ワスレ草の護衛を依頼した方ですか?」


 そう言えば名前を聞かされていなかったなと思いながら、ケントは声をかける。


「ええ、そうです。ケントさんですか?」


 女性は青い瞳を彼とシロに向けて理解の光を宿す。


「ええ、そうです。ホワイトバードを連れていると連絡あったと思うのですが」


「はい。こちらの可愛らしい女の子がそうなのですか?」


 女性は興味津々という顔でシロを見る。


「うん」


 シロは気のない返事を簡単にすませただけだった。


「もう少し愛想よくしろって言っても、ホワイトバードには難しいかな。すみません」


 ケントは彼女に小言を言いかけたものの、感覚がヒューマンと違いすぎる生物にいきなり無理は言えないと判断し、かわりに謝る。


「いえいえ。ホワイトバードと遭遇して生き残るのがまず大変だと、私でも存じておりますから」


 女性は可愛らしく微笑んでから、あわてて名乗った。


「ごめんなさい。申し遅れました。私、リーゼといいます。薬師組合に入って二年めです」


「ケントです。よろしくお願いします」


 名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀だと思い、ケントは対応する。


「まずはワスレ草を採取し、帰り道にザラタンの生け捕りに行きたいのですが、かまいませんか?」


 彼はダメでもともとと聞いただけで、護衛対象の許可が出ないならあきらめるつもりだった。


「ええ。大丈夫ですよ」


 リーゼは目を丸くしながら受け入れてくれる。


「ザラタンが生息している川はすぐ近くですし、わたしまだ生きているザラタンを見たことがないものですから」


 そう話す彼女の口調には隠しきれない好奇心があった。


(好奇心旺盛な女性みたいだな……この場合は好都合か)


 とケントはとらえる。


 自分の護衛を優先させろ、他に余計な仕事をするなと言われたら、護衛兼依頼者の要望に従うのが筋だった。


 リーゼのような性格でよかったと彼は思う。

 男性職員は彼女の性格を知っていたからこそ、何も言わなかったのかもしれないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る