第239話

 山に入り、手頃なサイズの枯れ木を集めて戻ってくると、ちょうど栞里が肉の解体を終えたところだった。


「おー上手いこと切り分けたな」

「ねえ、あたし血生臭くない?」

 そう言って栞里は自身の身体をクンクンと嗅いだ。


「臭くないことはないけど、しょうがないだろ。解体作業のおまけみたいなもんだ」

「えーやだなあ」

「気になるならあっちの滝に行って身体洗ってきたらどうだ? さっぱりするぞ」

「いやよ、冷たいじゃない。風邪引いたらどうするのよ」


「俺らがそんな事で風邪なんか引くかよ、と言いたいところだけど耳寄りな情報をあげよう。実はさっき薪を拾ってる時にドラム缶を見つけたぞ」

「マジ?」

「マジだよ。多少傷んでたけど、まあ使えないことはないと思う」

「取りに行ってくる」

「んじゃ俺はその間に肉を焼いてるわ」


 ズリズリと鉄球を引きずって山に入っていく栞里を見送った恭弥は、栞里が切り分けた猪肉を木に刺して焚き火にかざした。


「心臓とレバー美味いんだよなあ。焦がさないようにしないと」


 チリチリと焼けていく肉を、適度にひっくり返しながら焼けるのを待っていると、ゴロゴロと音をたてながらドラム缶を運んできた栞里が戻ってきた。しかし変だ。ドラム缶を拾いに行っただけにしてはやけに髪が跳ねている。先程はそんな事はなかったはずだが……。


「頭どうした?」

「ドラム缶の真上に鳥の巣があって、攻撃されてると勘違いした親鳥が襲ってきたのよ。ほんと、勘弁してほしいわ……」

「それは……災難だったな。内蔵ケバブでも食べて機嫌直せよ。ちょうど食べ頃だぞ」

「ありがとう、いただくわ」


 栞里が木の枝に刺された内蔵のケバブをモグモグ食べるのを確認した恭弥も、内蔵ケバブにかぶりついた。


 ジューシーな血脂と、内蔵特有のグニュグニュとした歯ごたえが実に食欲を刺激する。体力を大幅に消耗していた事も相まって、無限に食べられそうだった。


「初めて食べたけど、これ美味しいわね」

「だろ? 内蔵はビタミン豊富だからな、疲れた身体にピッタリなんだ」

「けど、本当にこんなことで強くなれるのかしら? あんまり修行って感じがしないわ」

「鉄球外したら実感するよ。身体が軽くなってるし、何より霊力の操作が格段に上手くなってるはずだ」


 栞里は「ふうん」と言った後、最後の内蔵ケバブを口に放り込むと、こう言った。


「ウチのチームって、はっきり言ってクラスの中でも最上位じゃない?」

「ん? まあ、そうなるな。それが?」

「一応あたしも含めて現役退魔師が3人もいるわけだし、どんな実習を回されるのかなって、不意に思っちゃったのよ」


「俺も詳しくはわからんけど、ほとんど実戦だろうな。流石に普段俺や桃花がこなしているお務めクラスの難易度とまではいかないだろうけど、そこそこ命の危険はあるんじゃないか?」

「でも本来、陰陽塾は学びの場のはずよ。なのに命の危険があるっておかしくない?」


「なんだ、怖くなったのか?」

「こ、怖くなんてないわよ! ただちょっと、そう、疑問に思っただけ。やっていけるのかなって」

「俺に言わせれば、全部死ななけりゃ安いのさ。生きてさえいれば、やり返すチャンスはある。だからまあ、危ないと思ったら逃げろ。そんで勝てるやつを連れてくればいい」

「北村先生と同じようなこと言うのね」


「業界に長く浸かってれば似たような考えに至るんじゃないか?」

「なによそれ、あんたあたしと歳一緒じゃない」

「けどデビューが早いからな」

「たった数年の差でしょ?」

「さて、どうかな? ほら、特上ロースが焼き上がったぞ。食え食え」

「なんか誤魔化されたような……?」


 恭弥と栞里が焼肉パーティーをやっている横では、健介が英一郎とマンツーマンで特訓を行っていた。


 石の上に正座させられた健介の膝の上に重石が載せられている。どうやら、精神集中の修行を行っているようだ。


「……狭間のやつにもっとハンデ背負わせるべきだったか? 少し快適に過ごしすぎだな」

「ちくしょーなんで俺ばっかりおじさんと二人きりなんだ……俺だって可愛い女の子と青春がしたい!」

「はっはっはっ、無駄口叩く余裕がでてきたようだな。結構結構、石追加するぞ」

「うわああああああ!」


 石の上に石を追加された健介が声にならないうめき声を上げる。


 一見すると、ただの拷問のようにしか見えないが、これは立派な修行だ。膝の上に重石が載せられ、苦痛を強いられる状況下でも冷静さを保つことで精神力を強化し、ひいては自己の中に眠る霊力を見つめ直すという高度な修行なのだ。


「どうだ、少しは霊力が見えてきたか?」

「痛いだけでなんにも見えません!」

「お前ほんとに特進かあ? しょうがねえな。おじさんが有り難い講義をしてやるから耳かっぽじってよく聞け?」

「お願いします!」


「ったく、返事だけはいいな。霊力は誰の中にも眠ってる。問題はそれを認識して意のままに行使できない事にあるんだ。見たところ飯田は霊力それ自体の認識はできてる。後はそれを操作するだけなんだ」

「どういう風に操作すればいいんでしょうか!」

「人によって表現が違うが、おじさんは糸のようなものだと考えてる」

「糸?」


「そうだ。よく針の穴を通すって言うだろ? それと一緒で、行使したい対象に霊力の糸を通すんだ。今の状況でいうと、肉体の強化だな。重石が載せられて痛い足に霊力を通して強化する。そうすりゃこんな重石はただの石っころになる」

「糸……糸か……」


 健介が目を閉じた。それまでのように状況に流されるのではなく、自らの意思で意識を変えたようだった。


(風向きが変わったな。若者は成長がはええや)

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