第234話

「さて、時間も余っている事だしおじさんからの特別講義だ」

 教室に戻った英一郎は、教壇に立って煙草に火をつけると面倒そうにそう言った。


「さっき狭間と高柳の模擬戦を見てもらった通り、退魔師と一口に言ってもそれぞれ能力は違ってくる。今後講義の中で皆も学んでいくだろうが、陰陽座では退魔師の能力を『番付』と『格』で把握している。まずは番付だが……」


 英一郎はホワイトボードに番付とは、から始まり概略を書いた。


「書いてある通り、番付とは退魔師がお務めを行い、そのお務めの成否、難易度などを参照し付けられるものだ。まあ、営業のランキングみたいなもんだと思えばいい。だから、お務めに出まくれば勝手に上がる。続いて格についてだが……」


 ホワイトボードに退魔師能力測定など、格に関する概略が書かれていく。


「こっちはもっとわかりやすい。試験をして、その結果どのくらいの能力がありますよっていう参考になる数値だ。実際は試験だけでなく、功績なども考慮されるが今は気にしなくていい。上から特級、一級、二級三級と続いていくわけだが……」


 ホワイトボードに「狭間二級」、「高柳五級」と書かれる。


「一般に、等級が一つ違うだけで模擬戦などでは手も足も出ないと言われている。加えて、狭間は二級という格ではあるが業界内での認識はすでに一級以上だ。つまり、狭間と高柳の間には四階級ほど差があったって事だな。ボクシングで例えたらわかりやすいな、ミニマム級がヘビー級相手に戦ったって試合にならんだろう? そういう事だ」


 英一郎はホワイトボードに書いたものの内、恭弥と栞里の部分のみを消した。


「とまあ、今回の模擬戦は始まる前から勝負が見えていたわけだな。高柳には悪いが、実際に目で見せた方が理解が早いと思って特別に許可したんだ。今後は俺が当事者同士の力量を判断して模擬戦の許可を出すから、無闇矢鱈に出しても許可は下りないという事を覚えておいてくれ」


 英一郎は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて新しく火をつけると、打って変わって真剣な口調でこう言った。


「さて、ここから先の話は真剣に聞け。お前らの命に関わる話だ」

 普段ダラけた姿を見せているが、こういう時の英一郎は持ち前のカリスマでもって講義を聞く塾生達の間に緊張感を持たせていた。


「さっき格の話をした時に特級の名を出したが、こいつらは一人残らず人間をやめている。退魔師の権力と呼ばれるものがなくなって久しいが、こいつらは例外だ。極端な話、気に入らないからといって人間を一人殺したところで罪には問われない」


 誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。それほどまでに教室が静寂に包まれていた。皆、英一郎の話に聞き入っているのだ。


「一級、二級とそれぞれ大きな壁があるのは話したが、特級は何もかもが違う。一級が束になったところで敵わないと思え。そしてそれは、今後お前達が戦っていく妖が相手でも同じだ。格上の相手に遭遇したら戦おうと思うな。全力で生き残る事だけを考えて、逃げろ」

 そこで、英一郎はふうと煙を吐き出した。


「とまあ、おじさんからの有り難いお説教は終わりだ。特級は人間性も終わってるやつが多いが、難しく考える必要はない。ジャンプすれと言われたらジャンプすればいいんだ。言う事聞いてる内は悪いようにはされないだろうさ。後の時間は適当に話してていいぞ。おじさんも煙草吸って時間潰してるから」


 最初は静寂が続いていたが、教師自ら机に足を乗せて煙草を吸うというなんともな行動を英一郎がとったため、次第に教室内は会話の渦に包まれていった。


「俺特級の件で笑い堪えるのに必死だったんだけど」

 恭弥がそう言うのも無理はない。彼と付き合いのある特級は、神楽、千鶴、優司の三人だが、確かに英一郎の言う通り優司以外、人間性に問題がある。


 神楽は言わずもがなアレだし、千鶴は一見まともに見えてショタコンという業の深い性癖を抱えている。


「笑っていたら、いよいよこのクラスに貴方の居場所がなくなっていたでしょうね」

「まさしく当事者の桃花が言うかよ。お前なんて神楽の姉だろ。よく笑わなかったな」

「何も面白くありませんから」


「ひでえ言い草。しかしまあ、俺らはクラスで浮く事になるだろうな。この感じだと」

「無用な付き合いが減って結構な事です。文月さんは困るでしょうが」

「私は元々皆さんよりも一つ歳が上ですので……承知の上です」


「んでも、桃花達はその内告白ラッシュがくるだろうさ」

「そうならないように、貴方には男避けになってもらいますよ」

「マジかよ」


「私も、基本は恭弥様と行動を共にさせていただきますので、ご心配のような事は起こらないかと」

「そうなるとボッチになりそうなのは俺ってわけか。はてさて、どうしたもんかな……」

 なんて事を言いながら伸びをしていると、一人の男子塾生が近づいてきた。


「よっ! さっきの模擬戦すごかったな! 痺れたぜ。やっぱ現役の退魔師ってすげーんだな!」

 すでにクラス内で浮き始めている恭弥に臆する事なくそう話しかけたのは、健介だった。

 恭弥は声の主が彼である事に気付くと、なんとも複雑そうな顔をして「まあな」と言った。


「あ、自己紹介が遅れたな。俺、飯田健介ってんだ。よろしくな!」

「知ってる」

「マジ? 俺らどっかで会った事あったっけ?」

「いや……まあ俺が一方的に知ってるだけだから気にしないでくれ」

「なんだよなんだよ、現役退魔師様に名前覚えられてるなんて俺も捨てたもんじゃないなあ。どこで俺の名前知ったん?」


 まさか前の世界で友達だった、などと答えられるはずもないので、恭弥は「さっきの自己紹介で目立ってたからな」と返した。


「それより、ちょっと連れション付き合ってくれないか? 男同士で話したい事があるんだ」

 そう言うと、健介は教師用の机に足を乗せてぷかぷかと煙を吐き出している英一郎を見てこう言った。

「いいけど……一応授業中だぜ?」

「大丈夫さ。英一郎さん、ちょっとトイレ行ってきます」

「あいよー」


 この年代の者達にとって、授業中に離席するという行為は酷く目立つ。その上、先の模擬戦で話題の中心になっている人物が離席するというのだから席を立ってクラスを出るまでの間それはもう好奇の眼差しに晒された。


 恭弥はそんな視線を物ともせずクラスを出ると、迷う事なくトイレに向かった。そして、揃って小便器で用を足しながらこう言った。


「お前、なんで陰陽塾に入ってきたんだ?」

 そう問いかけると、健介は当たり前の事を聞かれた事に対して不思議そうな顔を見せた後、こう答えた。


「そりゃお前、退魔師になりたかったからだよ。ここに通ってる奴なんて皆そうじゃないか?」

「……まあそうだよな。けど、俺が聞きたかったのはなんで退魔師なのかってところだ。別に金が欲しいなら別の道だってあったはずだろ?」

 そこまで言って、初めて健介は納得がいったという顔を見せた。


「俺さ、ヒーローになりたいんだ。子供の頃からの夢で、困ってる人を助ける事が出来る力がほしい。それが出来るのは退魔師だろ?」


 そういえば、健介は前の世界でも退魔師の事をヒーローと称していたような気がする。結局のところ世界が変わっても人は変わらないという事なのかもしれない。


「ヒーロー、ねえ……一番程遠いと思うが」

 用を足し終えた二人は手洗いながらも会話を続ける。

「そうなん? その辺の話現役から聞く機会なかったからめっちゃ気になるんだけど」

「いい機会だし、教えてやるよ」


 恭弥はトイレの奥に移動すると、懐から煙草を取り出して火をつけた。話しづらい事を話す時に吸いたくなってしまうのは、父譲りらしい。


「マジかよ、お前煙草吸うんだ」

「たまにな。女ウケ悪いからあんま言わないでな」

「オッケーオッケー。んで、何教えてくれるんだ?」


 ここで退魔師の血生臭い話をして健介が退魔師を諦めてくれればよし。それでも尚退魔師を目指すというのなら、なるべく彼が死なないようフォローすればいい。そう考えて恭弥は退魔師人生でとびっきり後味の悪い話をする事にした。

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