第227話
急いでご飯をかきこんでいると、ドタドタと音を鳴らしながら神楽がやってきた。
「恭弥さーん! お久しぶりです! お邪魔しますよー」
「おう神楽。悪いけどちょっと待っててくれないか。この通り今飯食ってるんだよ」
「はいはい。でも、現場まで時間かかるのであんまり時間ないですよ?」
「北区の外れだっけ?」
「ですです。車でもここからなら一時間くらいかかっちゃいますからね。あんまり遅くなっちゃうと職員さんに文句言われちゃいます」
結界石の修復それ自体は恭弥が行う手筈だが、それに伴う周囲の人払いや後始末などは陰陽座の職員が行う事になっている。
修復の開始予定時刻が19時なので、職員はそろそろ現場で活動している頃だろう。神楽の言う通り、遅刻していくのはまずい。
「あー、ただでさえ心象あんまり良くないのに重役出勤はまずいな……。しょうがない、文月、悪いんだけど残りはラップしておいてくれるか? もう出る」
「かしこまりました。こちらに道具をまとめておきました」
霊装を着たまま食事をしていたのが功を奏した。恭弥は最後に口いっぱいに肉を頬張ると、文月から渡された鞄を受け取って席を立った。
「ありがとう。それじゃ、行ってくるよ」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
○
「神楽も結界石の修復に駆り出されていたんだろ?」
神楽が乗ってきた黒塗りの高級車に乗り込んだ恭弥は、車が走り出すと同時に隣に座る神楽にそう尋ねた。
「そうですね。とは言っても、私はあんまり細かい霊力の操作とかが苦手なので今回みたいに護衛だったり、結界が弱まった事で現れた妖の討伐に赴く事の方が多いですけどね」
「ああ、なるほどな。どちらかというと副次的なお務めの方が多い感じか。病院にいた時にチラっとテレビで見た程度の情報しかまだ仕入れてないんだけど、結構強い奴とかも出てきてる感じなのか?」
テレビでは連日妖による被害が報告されていたが、流石になんという名前の妖がどのような被害を出したかまでは報道されていない。精々が、何人の人が犠牲になった程度だ。
「三級では対処出来ないのがちらほらと出てきてますね。まだ一級が駆り出されるほどではないですけど、人が足りないので私も一回だけ対処に出ました。けど、妙なんですよね」
「妙って?」
「逃げたんです。普通あり得ない事ですよね?」
「ちなみにその妖はなんだったんだ?」
「
炎をまとった僧侶の姿をした妖である油坊は、近づくだけで身を焦がすので三級程度では確かに対処が出来ないだろう。しかし、
「それはまた……お前と相性悪いじゃないか」
炎対炎。誰が考えても相性が悪い。普通ならば炎の異能使いである神楽が派遣されるような相手ではない。にもかかわらず神楽が選ばれたという事はそれだけ人が不足しているのだろう。
「今はどこも人手不足ですからね、その時手が空いてたのが私しかいなかったんです。何回か切り結んだら、炎で煙幕を張られちゃって、それに紛れて逃げちゃったんですよ」
「……油坊ってそんなに知性があるようなタイプの妖じゃないよな? どちらかというと本能で人を襲うタイプの妖のはずだ。逃げようと思うほどにダメージを与えたのか?」
「いえ、肩慣らしで軽く斬っただけです。異能も使ってなかったのでダメージというダメージは与えてないはずです。だからこそ、妙なんです」
「確かに妙だな……なんだか前の世界の嫌な事を思い出してきた……」
「嫌な事ってなんです?」
「あれだよ。桃花と二人でお務めに行ったら大量の妖に出くわした時の事さ」
「ああ、私が助けに行った時のやつですね。今回も罠だったりするんですかね?」
「陰陽座は協会に比べてクリーンだし、流石にそんな事はないだろうけど……まあ、用心するに越した事はないだろうな」
「何もないといいんですけど」
「本当だな。心の底からそう思うよ。ところで、桃花はどんな様子なんだ? あいつも忙しく動き回ってるんだろう?」
「姉様は結界石の修復も出来るし自分で自分の身を守る事も出来るので便利に使われてるみたいですよ。休みが欲しいとこの間ぼやいてました」
「……俺もそうなるんだろうな」
「あー……そうなると思います。恭弥さんとか姉様みたいな退魔師は貴重ですから。便利使いされるのもしょうがないです」
優司が死にそうな顔をしているのを見たばかりなので、自分もそうなるのかと気を重くしていると、神楽が「そういえば」と言った。
「ご飯食べてる途中でしたよね? もしお腹空いてるなら私お弁当持っているので一緒に食べますか?」
「ありがたい……けど、神楽の分は?」
「ふふーん、こんな事もあろうかと二人分作ってきたので大丈夫です!」
「なんて準備がいいんだ。それじゃ、ご相伴にあずかろうかな」
「はいです。ちゃんとお茶も準備してきましたよー」
そう言って神楽は鞄から重箱と水筒を取り出した。蓋を開けると、純和風なおかずが所狭しと詰められていた。
「せっかくなのであーんして食べさせてあげます」
「いやいや、恥ずかしいしいいよ」
「断ると食べさせてあげませんよ?」
「え、じゃあ別に食べなくても――」
「食べますよね?」
超至近距離まで顔を近づけてそんな事を言われてしまうと頷く他なかった。
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