第220話

 終わっていなかった白面金毛狐を巡る一連のイベント。篁達が興したテロリスト集団、大祓ノ団。所在の不明な冥道院。小さいものではいえば制御出来ない式神のハク。人生で二度目の学園生活への不安。


 問題は山積みだった。山積み過ぎて何から手をつければいいのかわからないといった状況だ。優司達大人世代は日夜駆けずり回っている。恭弥達もまた、自分に出来る事を、と日夜修行に励んでいた。


 そんな中、恭弥はとある山中を訪れていた。目的は蘆屋道満が白面金毛狐を殺すために作成したという刀を取得するためだ。


「特別な刀だっていうのは知っているけど、具体的にどんな刀なんだ?」

 恭弥は半歩後ろに付き従っているハクにそう尋ねた。


「ハクも具体的な事は存じ上げません。ただ、真っ赤な刀身であったのだけは記憶しております。見ているだけで身体の震えが止まらなくなるような、恐ろしい刀でした」

「真っ赤な刀身、ねえ……」


 なぜ蘆屋道満は最後の決戦の時にその刀を用いなかったのか。あるいは、その刀をもってしても勝てない事がわかっていて、最初から封印するつもりで挑んだのだろうか。


 真相は闇の中だ。しかし、ハクほどの妖が恐怖を覚えるような逸品だ。恐らく簡単には使いこなせないだろう。それに、


「父さんが打ち破れない結界って、どういう結界なんだか。今のところ何もないけど……」


「結界の作成にはハクも協力致しましたが、道満様は万が一にでもご主人様以外の手に渡らないよう、それはもう入念に結界を作成されておりました」


「なら、必要になる直前まで放置しといた方がよかったんじゃないか?」


「いえ、あの刀は道満様ですら使いこなすのに相当の時間を必要としていました。いざという時のためにも、今から刀を手にして修練を積むべきでございます」


「とんだ曰く付きの刀だな……」

 などとぼやいていると、開けた場所に出た。あれだけ周囲を木々に囲まれていたというのに、ここだけすっぽりと何もない空間があった。地上よりも標高が高い事で、日差しがより強く感じられる。


 そんな場所の最奥に、古びた社があった。恐らくそこに刀が祀られているのだろう。そう思い、一歩踏み出すと社を守るかのように仁王像が顕現した。


「護衛式です。油断しないでください。あれは相当に強いです」

「見りゃわかるよ……強そうな護衛配置しやがって、ほんとに俺に刀渡す気があんのか?」


 見るからに硬そうな表皮は、仁王像そのものが霊力の塊という事もあって恭弥が好んで使用する霊刀では刃が通りにそうになかった。なので、恭弥は拾壱次元を発動させて特に切れ味に優れている雷切を実体化させた。


「手は出すなよ。あれは俺が乗り越えなくちゃいけない試練だ」

「かしこまりました」

 言って、ハクは後ろに下がっていった。


(とは言ったものの、あの外皮は厄介そうだな……見たところ動きは鈍重そうだし、速さで撹乱してみるか?)


 そうと決まれば先手必勝である。恭弥は真正面から駆け出して、雷切を横に構えた。そのまますれ違いざまに仁王像の横っ腹を切り裂こうとしたが、仁王像は信じられない反応速度で手にした金剛こんごうしょを用いて雷切の一撃を防いだ。


「マジかお前!」

 耳をつんざくような高音が響き渡った。防がれる事を考慮に入れていない一撃を防がれてしまった反動は、恭弥の手に鋭く伝わってきた。手に留まらず、腕までもが痺れている。


 押し切られそうになるのを必死に抗い、恭弥は咄嗟に作った脇差しを突き刺そうとした。だが、差し込んだ脇差しは半ばで折れてしまった。


 こうなれば出来る事は限られている。恭弥は仁王像の力を利用して後ろに飛び、距離を取った。仕切り直しだ。


(雷切で無理となると拾壱次元で串刺しを狙ってみるか? いやでも、霊刀が折れたんだ。たぶん同じに結果になる……)


 どうしたものかと考えていると、ある事に気がついた。これだけ隙を晒しているというのに、仁王像は一向に攻めてくる気配がなかった。


(ひょっとして、こっちが攻めない限り攻撃してこないのか?)

「まさかな……」

 そう思い、試しに苦無を使って投げてみると、仁王像は苦無に反応して弾いたが、すぐに元の姿勢に戻ってしまった。やはり攻めてくる気配はない。


 そうとわかれば慌てる必要はない。恭弥は天城を呼び出すと、こう聞いた。

「宗介を倒した時の事を覚えているか」


「覚えとるぞ」

「あの状態に意識を保ったままなる事は可能か?」


 いつも迷いなくスラスラ答える天城が、この質問には珍しく悩む素振りを見せた。

「やっぱり、難しいのか?」


 あの時恭弥は意識を失っていたので詳細はわからないが、あの時点で遥かに格上だった宗介を歯牙にもかけないほど圧倒していたという話は聞いていた。なので、あの時の状態に意識を保ったままなる事が出来ればあるいは、と思ったのだが……。


「推奨はせんな。あれは生命の危機に陥った事によって制限が解除されたある種の暴走状態のようなものじゃ。なれん事はないじゃろうが、相応な負担が身体に訪れるぞ」


「というと?」

「毛細血管の破裂、筋断裂。後は骨の一、二本は覚悟しといた方がよいじゃろうな」


 どれか一つでも重傷だ。正直そんなリスクは負いたくなかったが、一合やりあった感じ、そうでもしなければ勝てそうにない相手だった。


「……しょうがない、か。そうでもして手に入れなきゃいけないものだ」

「やるんじゃな?」


「やるさ。やらなきゃならない事だからな」

 念を押すように確認してきた天城に肩をすくめながら答える。


「おい発情狐」

「なんだ鬼」


「聞いておったじゃろ。小僧はこれより修羅に入る。後始末はお主に任せたぞ」

「ふん。お前に言われずとも、わかっている」


「おいおい、二人共仲良くしろとは言わないからせめて喧嘩はしないでくれ……」

「我は喧嘩などせん」


「ハクだって喧嘩をするつもりなどありません! 全て鬼が悪いのです!」

「我が悪いじゃと? 言うに事かいてこの駄狐が」

「駄狐だと? ふざけた事を抜かすな!」


 言った側から言い合いを始める二人を見て、恭弥は小さくため息をこぼした。この二人は水と油なんじゃないかという考えすら浮かんでくる。


「まあいい。我と心を合わせろ。今より枷を解く呪いを唱える」


 天城の纏う雰囲気が変わったのがわかった。同時に、恭弥は目を閉じて自身の最奥に在る天城を強く意識した。


 天城が人差し指と中指を立てた。刀に見立てたその二本の指を左手の鞘に仕舞い、四縦五横の格子を描いた。破邪の法だ。二人の空気が一変する。


『秘めたる力を求めんとする汝、その血肉を代償とし今ここに枷を解き放て。ソワカ!』


 天城という圧倒的過ぎる存在が、人に過ぎない恭弥を浸蝕していく。全てが黒に塗りつぶされていくのではと錯覚を覚えるほどだった。


(これ以上の浸蝕は意識を刈り取られる。ちょうどよい塩梅で止めたつもりじゃがどうじゃ?)


 無限にも思えた苦痛が停止した。それと同時に天城の声が聞こえてきた。確実に普段頭の中で聞こえるそれよりも距離が近い。それだけ恭弥が天城に近づいているという事だろう。


(かなりギリギリだよ……けど、前の俺はこれより天城に浸蝕されてたんだろう?)

(そうじゃな。あの時を百とするなら今は二割といったところかの)

(二割でこれかよ……油断したら意識をもってかれそうだっつの)


(堪えろ。それより、わかってると思うがこの状態は長くは保たん。早々に決着をつけろ)

(了解!)

 濃密な鬼の瘴気を纏った恭弥が駆け出した。

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