第219話
「久しぶりですね、狭間君。こうしてこの世界で会うのは初めてですか」
宗介は相変わらずキザったらしい素振りでそう言った。その所作を懐かしく思う反面、それよりもどうして、という思いが強かった。
「久しぶりも何も、その口振りだとお前、記憶引き継いでるのか?」
「ふ、僕を誰だと思っているんですか。当然ですよ。ハクも、暫く見ない内に随分と幼くなったようですね」
そう言って宗介はぞんざいな視線をハクに向けた。その視線にはどこか侮蔑するようなものが含まれているように思った。
「お前……今まで何をしていた」
ハクもまた、敵意とまではいかずとも好意のほどが微塵も感じられない視線を返した。
「僕は君と違って封印などされていませんでしたからね、天上院さんを陰ながら見守っていたんですよ」
「はっ、見守っていたなどと、どの口が言う。変態が」
「……人間に尻尾振って愛想を振りまく君よりはマシだと思いますがね」
口喧嘩を始めそうな二人の様子を見かねた優司が待ったをかけた。
「悪いけど、僕らは君の事を知らないんだ。自己紹介をしてもらえるかな?」
「七瀬宗介。白面金毛狐の一尾ですよ。以前の世界の記憶を引き継いでいます」
宗介を知らない者が、彼のあまりにも端的な自己紹介に面食らっていた。見かねた恭弥が助け舟を出す反面、自身の疑問をぶつけた。
「巻物に書いてあった白面金毛狐が手放した二尾の内の一尾は宗介の事だったのか?」
「その巻物は知りませんが、恐らくそうだと思いますよ。彼女は僕とハク以外を手放していませんから。というよりも、その言い方だと僕が彼女に与していたと思われそうで心外です」
「違うのか?」
「僕はすでに独立した存在です。彼女とは関係がない」
「なるほど……っていうか、いたんだったらもっと早く顔出せよ」
「サプライズは驚かれなければ意味がないですからね、タイミングを見計らっていたんですよ。もっとも、そちらの御仁には気付かれていたようですが」
と、宗介は優司を見やった。視線を向けられた優司は肩を竦めるというオーバーリアクションを取った後こう言った。
「何かいるのには気付いていたけど、まさか白面金毛狐の関係者だとは思わなかったよ。こんな事なら声をかけておけばよかったと思ってるさ」
「聞かれていても、素直には答えませんでしたよ」
「その、私の事を見守っていたというのは……?」
文月がおずおずと尋ねると、宗介は意気揚々と語りだした。
「僕は天上院さんが生まれてからずっと、君に何があってもいいように見ていたのです」
「……ストーカーじゃねえか」
「うむ。すとおかあじゃ」
ボソリと呟く恭弥と天城に対し、宗介は心外そうな顔をして見せた。
「そのような変態と一緒にしないでいただきたい。僕は高尚な目的があって天上院さんを見守っていたのです。そう、論理では説明出来ない人間固有の現象を究明するためにね」
「そういうのを変態って言うんだよ……文月も気付かなかったのか?」
「子供の頃から随分狐さんの姿を見るな、とは思っていたのですが、まさかそれが七瀬さんだとは思いませんでした」
「わざわざ狐の姿で会っているのがいやらしいのじゃ。やっぱり変態じゃ」
文月を除く女性陣が胡乱な目で宗介を見ると、彼はやや狼狽えた様子で、
「ち、違う! 僕は天上院さんを怖がらせないようにと……!」
「必死になって否定してるのが余計怪しいんじゃ」
天城の言葉はもっともである。きっと高感度が見える装置があれば、今の一幕で女性陣の宗介に対しての数値は大幅に下がった事だろう。唯一文月だけが、
「私の事を守ってくれてたんですよね? ありがとうございます」
「やはり君は素晴らしい。他の有象無象とは違う」
宗介にとっては文月に認められる事以外はどうでもいいらしい。すっかり常の様子を取り戻したようで、彼はこう続けた。
「という訳で、天上院さんの事は僕が守りますよ」
「何がという訳かは知らんが、ひとまず懸念の一つは解消されたな。文月、ホワイトボードに書いておいてくれ」
「はい」
文月が決定事項をホワイトボードに書き終えたのを見計らって、
「次は修行方針だけど――」
とそこまで言ってほぼ同時に、全員のスマホが音を鳴らした。それも、プライベートのものではない。仕事用のものだ。画面を見ると――。
「どうやら面倒事は同時にやってくるらしいね……」
優司はそう呟くと、席を立ってテレビリモコンを手にした。そして、大型液晶テレビの電源をつけた。そこに映されていたのは、
『我々、
電波ジャックをした篁がテレビの中で演説を行っていた。彼の背後には複数の人間が控えており、その中には夜光の姿もあった。
「やれやれ、参ったね。次から次へと面倒事がやってくる」
優司は頭を抑えながら煙草に火をつけていた。恭弥としても彼の気持ちは痛いほど理解出来た。今はそれどころではないというのに……。
『思い出してほしい。あなた達の家族が今という時を無事に過ごせているのは誰のおかげなのか。あなたの大切な人の命を救ったのは誰なのか。そう、我々退魔師だ!』
篁は身振り手振りを加えながら演説を続けていく。
『卑劣にも政府は退魔師の権利を制限し、前線で命を懸けて戦う我々を切り捨てようとしている。世論をコントロールし、あたかも我々が無駄飯食らいであるかのように印象付けているのだ!』
「言っている事があながち間違っていないっていうのが厄介だね」
優司が他人事のように煙を吹かしながら言う。
「言ってる場合か。早急に手を打たないとマズい事になるぞ」
見かねた様子で明彦が苦言を呈すが、優司は何処吹く風で煙草を吹かしている。
「もうなってるよ。僕らは出遅れたんだ」
そうこうしている間に篁の演説は終盤に差し掛かっていた。
『私は政府の陰謀の前に死んでいった多くの若者を見ている。彼らは皆一様に無念の涙を流していた。もうそんな事は沢山だ! 大祓ノ団は現政権、そして権力に対し弱腰な陰陽座に対して一陣の風を吹かせる。最後に、志半ばで死んでいった者達に黙祷を捧げたい』
篁達は言った通り、黙祷を捧げた。それから暫くして、画面が通常のニュースに切り替わった。キャスター達は慌てた様子で今の出来事の説明をしている。そんな中恭弥達はというと、誰もが無言で佇んでいた。
テレビの音が虚しく響き渡る中、口火を切ったのは恭弥だった。
「どうしてこう悪い事が重なるかなあ……」
「こうも悪い事が続くと呪われているのではないかと勘ぐってしまいそうです」
桃花がそれに続くように言った。
「私達は呪われてたら絶対気づくじゃないですか」
神楽が正論で返すが、心情的には桃花に同意したい気分だった。
「普通悪い事があったらその分良い事があるはずなんだけどね。どうも私達には悪い事しか起きないね」
薫が自慢のGカップを持ち上げるように腕を組みながら言った。ついつい視線が胸に行きそうになるのを堪えて恭弥はシリアスモードを維持しつつこう言った。
「篁達の狙いはわからないけど、どこかのタイミングで俺らを狙ってくるのは間違いないと思う。だから、今後は可能な限りで一人での行動は控えよう」
恭弥の提案に皆が同意する。そして、優司が補足するようにこう言った。
「篁達は可能な限り僕らの世代でなんとかする。だから、恭弥達は白面金毛狐だけを見据えて行動してくれ」
「まあ、どっち道やる事は変わらないしね。父さん達には悪いけど、篁の事は任せたよ」
白面金毛狐に冥道院、篁が興した大祓ノ団。問題は山積みだが、どれもこれも乗り越えなければならない事だ。
陰陽塾への入塾を目前とした嵐のような一日は、これから先の出来事を暗示するようだった。しかし、と思う。運命に抗うのであれば、これくらいの問題は当たり前なのかもしれない、と。
これから一層忙しい日々が訪れるのだろう。でもそれはきっと、希望へと続く日々だ。
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