第163話

 帳を破壊した事によって以前のように一同が分断される事はなかった。無事黒森峰へと侵入出来た面々は廃棄された研究施設を目指す。


「光輝さん、本当に大丈夫なんですか?」

 先程の吐血が気がかりだった恭弥は、隣を歩く光輝に小声で問いかけた。


「大丈夫だ。少なくとも、文月を取り戻すまではたせる」

「……三成とどんな特訓してたんですか?」


「秘密だ。それより、俺に何かあった時は文月を頼むぞ」

「縁起でもない事言わないでくださいよ」


 光輝は神妙な顔をして「そうだな」と言った。どこか悲壮感が漂っているその雰囲気に尋常ならざるものを感じたが、恭弥はそれ以上追求しなかった。研究施設が見えてきたからだ。


「恭弥、あれですか?」

 千鶴の問いかけに恭弥は頷く。しかし妙だった。これだけ近づいているというのに、あちら側から何かアクションをかけてくる気配がない。冥道院の事だから帳を破壊した時点でなんらかの罠を仕掛けてくるものだとばかり思った。


(妙だな……)

 そう思った矢先の事だった。どこから現れたのか、突如として多種多様な蟲が一同に襲いかかった。


「出やがったな!」

 恭弥は鬼の力を解放し、拾壱次元を発動する。他の面々も即座に戦闘態勢を整える。


「私が一掃します。薙ぎ払え、流離火槌!」

 先陣を切ったのは神楽だった。燧から一際大きな焔が上がり、真っ赤に燃え盛る大鎚となる。神楽はそれをフルスイングし、蟲を一掃した。


「この程度じゃ挨拶代わりにもならなかったね」

 ポケットに手を入れた冥道院が、白面金毛九尾の狐を伴って研究施設から姿を現した。


「待ってろ文月、今助けてやるからな……!」

 光輝の視線の先には白面金毛九尾の狐の依り代となった文月の姿があった。冥道院はそんな光輝の視線に立つように白面金毛九尾の狐の前に躍り出る。 


「はてさて、僕が丹精込めて作った帳を壊したのは君かい?」

「だったらどうした」


「いや何、下手人の名前くらい聞いておこうと思ってね」

「生憎だが妖に名乗る名前は持ってないんだ」


「僕は人間だよ?」

「人間は何百年も生きる事は出来ない」


「出来るさ、殺生石の力があればね。君だって――」

「黙れ冥道院。お前の相手はもうたくさんだ。光輝さん、あいつとは話すだけ時間の無駄です。相手にしちゃいけない」


「そうみたいだな……」

 周囲を見渡すと、再び蟲が集まってきていた。強かな冥道院は一見雑談をしているだけに見えて、いつ戦闘が開始されてもいいように蟲を呼び出していたのだ。


 どちらが最初の一撃を繰り出すか読み合っていた。まさに一触即発の状況にあって、唐突に場にそぐわない明るい声が聞こえた。


「おお、英一郎ではないか! 待っておったぞ」

 白面金毛九尾の狐だった。彼女は前に立った冥道院の背中越しに顔を出して英一郎に手を振っている。


 困るのは英一郎だ。面識がないはずの白面金毛九尾の狐に名前を覚えられているだけに留まらず、あまつさえ旧友にそうするかのように親しげに名を呼ばれているのだ。


「……なんで俺の事知ってんだ?」


 神である白面金毛九尾の狐はループ前の記憶を引き継いでいる。だからこその行動だったが、そんな事を英一郎が知っているはずもなくただただ困惑した。


「今回も励めよ。精一杯頑張って我を楽しませるのじゃ」

「悪いが俺はあんたを楽しませるためにここにいるんじゃないんだが……」


 二人の会話を他所に、恭弥は千鶴に援軍の要請を頼んだ。戦闘が開始されれば援軍の要請も困難になるだろう。式を飛ばす余裕がある今がチャンスだ。


 式が飛んでいったのを確認した千鶴は印を組む。


「皆さん、私が一撃入れます。敵の分断が確認されたら事前の作戦通りいきましょう。光輝さんは白面金毛九尾の狐と戦ってください」


 作戦はこうだ。神楽と慶一、薫、秋彦の4人で冥道院を抑えている間に可能な限り残った面子で白面金毛九尾の狐を消耗させる。援軍が来た後、高橋を冥道院を抑えるチームに迎い入れ、残りの援軍を全て白面金毛九尾の狐ぶつけて数の暴力で挑む。


 二人の規格外さを知っている恭弥からすれば無謀極まりない、作戦とも呼べない作戦だったが、他に妙案がある訳でもない。当たって砕けるしかないのだ。


「行きますよ。八卦焔獄門!」


 全てを溶かし尽くす地獄の焔が放たれた。さしもの冥道院もあれは食らいたくないのか、大きく横に飛んで避けた。だが、白面金毛九尾の狐はそよ風でも吹いたかと言わんばかりに堂々とその場に立って結界で受け止めてみせた。


 理想は二人共逆方向に避けてくれる事だったが、冥道院が予想よりも大きく避けてくれたおかげで分断という当初の目的は果たされた。


「まずは結界を破壊しますよ!」

 千鶴の号令で対白面金毛九尾の狐チームが動き出す。


 結界を破壊するには大きく分けて2つの方法がある。一つは結界を構成する霊力を枯渇させる事。こちらはほぼ無尽蔵ともいえる白面金毛九尾の狐相手には使えない。だから、面々はもう一つの方法に賭けた。その方法とは、結界の強度を超える一撃を加える事だ。


 白面金毛九尾の狐が張った結界は半球状の結界だ。恐らくダメージを結界全体に分散させる事で強度を保っている。となれば、一点にダメージを集中させれば破壊する事が出来るかもしれない。


 そう考えた面々は白面金毛九尾の狐の正面に攻撃を集中させる事にした。桃花と恭弥は雷斬の加速を活かした平突き。英一郎も爆発的な加速で以って行う飛火華だ。そうして三人の攻撃を一点に集中させた後、ダメ押しに千鶴が攻撃を加える。


「よし、行くぞお前達。カウント3で合わせろ」


 英一郎の言葉で恭弥と桃花は刀を地面と水平に合わせた。刃の向きはそれぞれ左と右だ。英一郎も身体を半身にし、右手を引いて胸元で構えた。左手は浅く握り、直突きを打つ寸前のような構えを取る。石下灰燼流の構えだ。並びは英一郎が中心で恭弥が左、桃花が右側だ。


「なんぞ企み事があるようじゃの。よいぞ、我はなんでも受け止めてやる」


「その余裕ヅラを壊してやるよ。3」

「2」

 桃花が身を引き絞る。

「1」

 恭弥も桃花同様身を引き絞る。さながら発射寸前の弓のようだった。

「0」


 三人の姿が消えた。英一郎が立っていた場所には爆発が、恭弥と桃花が立っていた場所に雷の煌めくが走る。


 ソニックブームが発生した。それほどまでの衝撃と破壊力を持った一撃を受けて尚、白面金毛九尾の狐の結界に僅かなヒビを入れただけだった。だが、攻撃はこれだけではない。


 三人は一撃入れると即座にその場を離れた。もうすぐ後ろから千鶴の一撃が来るのだ。


八卦はっけ焦熱波しょうねつは!」


 宙に浮かんだ太極図の中心から離れた地獄の熱にも劣らない光線が寸分違わずヒビに向かって放たれた。


 練りに練られた一撃だ。さしもの白面金毛九尾の狐の結界とはいえただでは済まないはず。事実、彼女の表情には僅かばかりの焦りが見られた。


「むう、なかなかやりおる……! じゃが!」


 白面金毛九尾の狐は宙に浮かぶ太極図に向かって狐火を放った。太極図が燃えていく。それと同時に光線の勢いが明らかに薄れている。


 千鶴が結界を破るのが先か、白面金毛九尾の狐が太極図を燃やし切るのが先か、結果は白面金毛九尾の狐の勝ちだった。太極図を燃やされ、光線は情けなく先細りになっていた。


「惜しかったのう。もう少しで我の結界を破れたというに」


 見れば、結界に入ったヒビはかなり大きかった。後一撃、強力な一撃を加えられれば破壊出来るというところまではきた。だが、肝心の千鶴の消耗が激しい。もう一撃放つような余裕はなさそうだった。


 このままでは結界を再生されてしまう。そう思った時だった――!


「清狗、咆哮波」


 予想だにしないところから強力な一撃が放たれた。清狗の大口から放たれたその一撃は、頑丈な白面金毛九尾の狐の結界を遂に破壊してみせた。


「なに!?」

「光輝さん!」

「おいおい、俺の事を忘れてないか?」


 忘れていた訳ではない。ただ、以前の光輝を知っている者として無意識に強力な一撃を放てる人間という選択肢から外していたのだ。


 とはいえ、これは僥倖以外の何者でもない。一度破壊された結界は再生までに時間がかかるはずだ。光輝のおかげで可能性が生まれた。


 そんな喜びも束の間、煙の中から姿を表した白面金毛九尾の狐は明らかに怒っていた。


「……嫌な匂いがするのう」

 そう言った白面金毛九尾の狐は結界を破壊された事に対する怒りというよりは、もっと別の何かに対して怒っているかのようだった。


「お主石の力を使っとるじゃろう?」

「石って……まさか殺生石か?」


 そんなバカなと思い光輝を見やるも、彼は否定するでも肯定するでもなくただ黙っているだけだった。


「嘘ですよね?」

 問いかけるも、やはり彼は黙ったままだった。その態度こそ、彼が殺生石を使用していると証明しているようなものだった。


 思い返してみれば、彼の急激な成長の理由は殺生石の力で全て説明がつく。


「なんで……なんでそんなものに頼ったんですか!」

「必要だったからだ」


「だとしても、もっと別の方法があったはずです!」

「石の力がなければ、俺はお前達と肩を並べて戦えなかった」


「わかってるんですか! 殺生石に手を出すって事は冥道院と同じになるって事なんですよ!」


「それでも! そうしなければならない理由が俺にはあるんだ……」

「だからって……」


「恭弥、今は言い争いをしている場合ではありません。今がチャンスです。畳み掛けますよ」


 光輝に対して言いたい事は山程あったが、千鶴の言う事はもっともだった。恭弥はなんとか気持ちを切り替え、目の前の敵に集中する。

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