第66話

 所変わって第二修練場。霊力を自覚し、次の訓練へと移る準備をしていた小春は唐突に呼び出され困惑していた。女中に案内され第二修練場を訪れると、清明と見知らぬおじさんが待っていたからだ。


「あのー、あたしなんで呼び出されたんでしょうか……?」


「お前が土御門小春か」


「そうですけど……あなたは?」


「俺は北村英一郎。狭間の同僚だと言えば話が早いか?」


「はあ……?」


「要はこういう事だ。狭間はお前ら二人を推薦した訳だが、キャリアとしては俺の方が長い。そんで、狭間はまだ弟子を取るほど熟練していないが、その点俺は時間もあるし弟子を取るのもやぶさかではない。お前らの師匠役として呼ばれた訳だな」


「え、あたし達いきなり師匠がつくんですか?」


「なんか随分特別扱いだな」


「まあそう早とちりすんな。俺も才能が無い奴を弟子に取るほどお人好しじゃない。せっかく教えたのにすぐ死んじまったら悲しいからな。今日はテストをしに来たんだ」


「テスト?」


「そうだ。お前らは確か一般人上がりだったな?」

 英一郎の問いに二人共頷く。


「って事は退魔師としての覚悟が何も無い訳だ。じゃあまずはその辺からだな。おじさんが懇切丁寧に説明してやるからよく聞けよ? 退魔師とは平安の遥か昔から妖と呼ばれる人ならざるものと戦ってきた者の事を指す。俺達のご先祖様は人智の及ばない力を持った妖達になんとか対抗しようとそれはもう努力した。人型の妖と子供を作って妖の能力を得たりな。その結果、退魔師は異能と呼ばれる力を手に入れた」


「異能って、狭間さんが使ってたみたいな?」


「狭間が使ってんのはちょっと特殊だな。ありゃ霊力を物質化する能力なんだが、退魔師全体で見れば弱い能力の部類だ」


「え、でも狭間さん鬼の力がどうのって」


「……あの野郎。まだ俺になんか隠してやがんな。まあそれはいい。んでだ、時は移り変わり、現代人はスマホだのインターネットだので情報の共有速度が速くなった訳だが、その割には退魔師というのは一般人にあまり認知されていない。おかしいと思わないか?」


 小春は考える素振りを見せる。テレビやネットニュースでは、妖は自然災害の一種かのように報じられ、どんな被害が出たかも意図的にボカした情報しか報道しない。


「確かに。退魔師って言葉は知ってますけど、具体的にどんな事をしているのかとはあまり……」


「わかりやすく言やあ報道規制がかかってんだよ。昔陰陽師って職業があったろ。あれも退魔師の一種だ。朝廷に仕えて帝を守る者に代々陰陽師の称号が与えられてきたんだ。それ以外の退魔師は退魔師でひとくくりにされて表舞台には決して出ずに、ただひたすらに妖を退治し続けていたんだ。その頃の慣習が未だに根強く残っててな、退魔師は裏稼業だっていう考えがずっと続いているんだ」


「だから一般人には知られないようになっているのか。でもなんで発表しないんです?」


「発表した方が色々とやりやすい事もあると思うんですけど」


「一つ大きな理由に利権がある。お前らはまだ実感無いだろうが退魔師って生き物は限りなく自由だ。ある程度何しても許される。芦屋、なんでかわかるか?」


「退魔師がいないと妖に勝てないから?」


「そうだ。誰だって自分の命は惜しい。だから、一定以上の権力を持った人間、例えば政治家なんかがそうだな。あいつらは自分の命を守ってもらう代わりに退魔師に特権を与えている。つまりはやくざ理論だ。お前の事を守ってやるから権利を寄越せ。寄越さないならお前が襲われても知らないぞって話だ」


「それと表舞台に出ない理由がどんな関係があるんですか?」

 小春が問う。


「そこでさっきの情報の共有速度の話に繋がる訳だ。土御門、遊園地のアトラクションで横入りされたらどう思う」


「ムッとします」


「そういう事だ。退魔師だからって甘い汁を吸ってんじゃねえって輩が出てくるのを防ぐために退魔師は表舞台には立たないんだ」


「でも、命を守ってくれる人なんですからそんな事言う人は――」


「いるんだよ。安全圏からキャンキャン吠えるしか能のないバカ野郎はどこの世界にも掃いて捨てるほどいる。そいつらの言う事をいちいち聞いてたら救える命も救えなくなっちまう。考えてもみろ、人の命が懸かってる場面でいちいち信号守るか? そもそも、甘い汁も吸えないのに自分の命賭けて他人を守ろうなんて奴はそうそういない。いるとしたらただのバカか本物のバカだ」


「世の中結局お金や権力なんですね。なんだか悲しいです」


「人を動かすのはいつだって欲望だ。退魔師の格言に『人を助けるという事は命を投げ捨てる事と同義』ってのがあってな、どういう意味かわかるか?」


 二人は考える素振りを見せるが言葉の意味を咀嚼しきれていない様子だった。


「こいつは余計な事には首を突っ込むなという意味でも使われるんだが、他人に変な情を抱いて戦場に赴けばそいつを守って死ぬ事になるって意味もある。退魔師にとって人はただの商品だ。そいつを生かす事で巡り巡ってそいつから懐に金が舞い込む訳だからな。ほどほどに大切にはするが、自分の命を乗せた天秤には決して乗せない。そういう業界だ」


 重苦しい空気が漂う。人はただの商品。その言葉を聞いた二人の表情は優れなかった。


 元来正義感の強い二人にとって人の命を物扱いする考えは到底受け入れられるものではないが、同時に、あの惨劇を生き残った人物としてその言葉の意味を深く理解出来てしまった。


「……なんか、退魔師ってヒーローみたいに思ってたんだけど、全然違うんですね。でも俺、やっぱり人を守りたいです。俺みたいな悲しい人をこれ以上増やしたくないし」


「あたしも、あんな酷い事を繰り返したくない。あたしが何かする事で変わるなら、少しでも頑張りたいです」


 二人の言葉を聞いた英一郎は眩しそうに目を細めながら煙を大きく吐き出した。


「若いな。その心がけ自体は否定しない。だが、お前達もいつか必ず自分の無力を呪う日が来る。少なくとも俺はそうだった。いや、大多数の退魔師はそうだろうな。だからこそ俺達は常にもっと上を目指す。自分の手から零れ落ちないように少しでも掴み取れるように努力するんだ。お前達にその覚悟があるか?」


「「はい!」」


「良い返事だ。だが返事だけいっちょ前でも何も成せない。特に芦屋、お前は霊力を制御出来るようにならなければ話にならない。土御門、お前は霊力の自覚は出来たそうだな」


「はい。と言っても、さっき出来たばかりですけど」


「なら次は制御だな。内に渦巻く霊力を、流れを指定して外に放出させろ。試しに俺がやって見せるから二人共よく見てろ」


 英一郎の胸からモヤのような青白い湯気が発生した。やがてそれは意思を持ち、球体を描いた。


「ほえー。すごいですね」


「まるでマジックでも見てるみたいだ」


「これがいわゆる霊気と言う。文字通り霊力の気だ。俺達は霊力を霊気として指向性を持たせて、それぞれの異能を発動させる。さっき芦屋の霊力が台風みたいになったのは霊力を霊気とさせて制御する事が出来ずに暴走したからだ。芦屋は霊力の貯蔵量が多いようだから発する霊力の量を少なくする事も意識しながら操ってみろ」


「でも、またさっきみたいになったら……」


「心配するな。そのために俺がいる」


「あれ結構痛かったんですよね」


「男だろう。それくらい我慢しろ。見ろ、土御門はもうコツを掴んだみたいだぞ」


「え、マジかよ!」


 見れば、小春はすでにふよふよと胸の辺りに球体を浮かべていた。負けじと清明も霊力を放出するが、やはり制御出来ずに渦が発生する。英一郎は先程のように被害が拡大する前にすぐに霊力を相殺する。


「クソ! 俺だってやってやる……!」


(秀才タイプの土御門に大器晩成型の芦屋か。どっちも上手く育てれば良い退魔師になりそうだな。後はどんな異能が備わっているかだが……狭間め、なかなか面白い奴ら押し付けてくれたじゃないか)

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