第65話
地蔵といえば、恭弥は忘れているが、「夜に哭く」で地味な人気を誇る人物がいた。名は
彼は無手の戦闘のスペシャリストだった。柔術の達人であり、対人型の妖相手ではそこそこの強さを持っている。しかし、彼の人気の秘訣はそこにはない。そもそも多種多様な妖が敵として現れる「夜に哭く」において人型限定の戦闘力など誰も求めていないのだ。
彼の人気の所以は地蔵にある。彼は石の塊からノミを使って人間大の地蔵を作る趣味があるのだが、ちょくちょく彼が地蔵を作っているシーンで笑いが起こるのだ。手元が狂って地蔵の鼻がもげてしまったり、地蔵保管庫の地蔵がドミノ倒しになったりと、地蔵関連でギャグが発生する。シリアスな展開を癒やす清涼飲料水のような存在なのだ。
そんな彼は今、協会の訓練所で訓練生達に稽古をつけていた。その中には清明と小春の姿もあり、彼らは全員道場であぐらをかいて目を閉じている。自身の中に眠る霊力の声に耳を傾け、その存在を自覚する修練を行っているのだ。
「心身の統一が甘い! もっと深く自分と向き合うのだ!」
そうは言うものの、清明はいつまで経っても勲が言うような霊力の存在を感じ取る事が出来なかった。早い人は開始数十分ですでに霊力を自覚し、次のステップへと進んでいた。
そんな中清明は数時間が経過しているというのに、未だ霊力を自覚する気配がなかった。
一緒に始めた小春はすでに退室している。スタートラインは同じなのに、どうして自分だけ。時間が経つ毎に逸る気持ち。気が急けば急くほどに心身の統一が乱れていく。これでは悪循環だ。
「すいません、何かコツみたいなものはないんですか」
耐えかねた清明は勲が近くに来たのを幸いと問いかける。
「そうだね、コツ、というほどのものではないが、霊力の発生源は人に依って異なる。大別して三つあるのだが、順に、頭、胸、腹、特に丹田だ。君は映画は見るかね」
「まあ、それなりには」
「心動かされる作品を見た時、胸が熱くなった経験は無いかね?」
「胸、ていうか、腹の辺りがこう、ブワっとなった経験はあります」
「その感覚を思い出すとよいかもしれない。霊力の発露とは感情の爆発に近い。内にあるエネルギーを外に放出する行為だからだ。しかし、あくまでこれは例えだ。映画を見て腹が熱くなったからといって腹に霊力の発生源があるとは限らないからね」
「なるほど。意識してみます」
(そういえば、狭間さんはどうやってたっけ。あの人が吸血鬼に対峙した時、確かに腹に力を込めていたような……)
恭弥がエリザベートと戦っていた時を思い出す。腹に力を込めて、爆発させる。その勢いを利用して恭弥は戦っていた。
清明はイメージする。自身が退魔師だったとして、両親が殺されるあの直前に時を戻せたら。自分はどうやって戦う?
――足を地面にしっかりと密着させて、拳を握りしめて。
ゴウっと清明を中心に台風が発生した。否、それは霊力の奔流であり、自身の制御を離れ暴れ回っているのだ。
「いかん!」
「うわ! ほ、本郷さん、どうしたら……!」
「制御するのだ!」
「制御たって、どうしたら!」
「流れる水の方向性を定めるのだ! 霊気の流れを自分に向けろ!」
「そ、そんな事言われたって!」
こうしている間にも清明を中心に生まれた霊力の渦は規模を増していった。周囲の物を巻き込み破壊していく。すでに道場の床板はめくれ上がり、壁に叩きつけられている。
「くっ……! かくなる上は気絶させるしか……!」
勲が清明を気絶させ、強制的に霊力の放出を止めようと足を踏み出した時、それに待ったをかけた人物がいた。
「おーなんだあ? 随分と元気な奴がいるじゃねえか」
面倒そうな顔をしながら道場に土足で足を踏み入れたのは、いつものように煙草を口の端に咥えた英一郎だった。
「北村か! いいところに来てくれた。手を貸してくれ!」
「ったく、しょうがねえな」
英一郎は霊力の渦など存在しないかのようにテクテクと歩いて清明の懐まで歩いていくと、威力を殺した掌底を清明の丹田に打ち込んだ。途端、あれ程荒れ狂っていた霊力の渦がピタリと止んだ。英一郎は溢れ出る霊力に自分の霊力をぶつけて相殺させたのだ。
「お、収まった……?」
「まったく、ダメだぞ若いの。自分の霊力くらい自分で制御出来るようにならないと」
「あ、あなたは?」
「俺か? 俺は北村英一郎だ。芦屋清明と土御門小春って奴を探してるんだが、まさかとは思うがお前が芦屋か?」
「そ、そうですけど、なんで?」
「おいおいマジかよ。狭間の野郎、また面倒なのを押し付けやがったな」
「狭間さんの知り合いですか?」
「知り合いっつーか、教え子でもあり同僚でもあるな。おい本郷、ちょっとこいつを借りてくぞ」
「おいおい、一応訓練生の訓練は私の任なのだぞ」
「そうは言ってもこいつはお前の手に余るだろ」
「しょうがないな。確かにそれほどの霊力の持ち主ならば、暴走すれば私では手に負えんからな。どうせ土御門小春も借りていくと言うのだろう」
「わかってるじゃないか。ついでに第二修練場も借りるぞ」
「わかったわかった。好きにしろ」
「悪いな。そんじゃそういう事で。芦屋、俺について来い」
「え、え? どういう事ですか?」
「どういうもこういうもない。特別訓練だ」
「えええええ!」
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