第45話
「薫が行方不明になっただと?」
盗聴防止策が成された職員室の奥にある退魔師専用のその部屋で、恭弥と桃花、神楽の三人は話し合っていた。
「ええ。先般大量発生した吸血鬼の成り損ないとの戦いの最中行方をくらませたそうです」
「ここ二日学園に来ていないと思ったらそんな事態が起きていたとは。何かわかっている事はないのか?」
「残念ながら、何もわかっておりません。しかしながら、彼女があれしきの相手に手こずるとも思えません。何かあったと見るのが確実でしょう」
「私との対決を前に尻尾を巻いて逃げたんじゃないですか」
「神楽」
咎めるように厳しい声音で恭弥は名を呼んだ。ビクリと、身をすくめると、神楽はいたずらがバレた子供のように言い訳を始めた。
「や、私だって本気で言ってる訳じゃないですよ? ただ場を和ませようと思って冗談を言っただけですってば」
「この場においては最悪の冗談だな。ふざけてる場合じゃないのはわかってるだろ」
「……はい。すいませんでした」
「とはいえ、神楽との決着を前に姿をくらますような性格ではないでしょう。あの騒動を巻き起こした原因と直接対峙したのやも」
「だったとしたらだいぶ絶望的な状況だな。当然捜索隊は出てるんだろ?」
「ええ。協会側はもちろん、鬼灯家からも。ですが、痕跡は掴めていないようです」
(最悪だ。こんなデカイイベントの最中に貴重な戦力が欠けるなんて。正史ではこんな出来事はなかったはずだぞ。どうすればいい。俺に出来る事は何かないか?)
「……俺は早退して鬼灯家に行ってくる。何かわかったらすぐに教えてくれ」
「わかりました」
「傍使いちゃんには私達から伝えておきますね」
「助かる。後、傍使いちゃんじゃなくて文月な」
「はーい。文月ちゃんには伝えておきますよ」
「本当に反省してんのか? ったく。まあいいや、後は頼んだ」
足早に部屋を後にした恭弥を見送った桃花と神楽は、自分達でいれた茶をすすった。
「本当にこのタイミングでよかったんでしょうか」
お茶菓子として置かれていた羊羹を口に運びながら神楽が言った。
「強大な妖が動いている今が好機です。今ならば、どさくさに紛れて行動に出られます」
「ですか。それはそうと、恭弥さんに言った事、本当なんですか?」
「一部は。協会が無能なのは貴方も知っている事でしょう」
「って事は、鬼灯は気付いているんですか」
「確信には至っていないようですが、何らかの形でわたくし達が関わっている事には気付いているはずです」
「あれ、まだちんまいのが稲荷にちょっかい出されてる事には気付いてないんですか?」
「いえ薄っすらとは気づいているようですよ。英一郎さんを使って何やら詮索しているようです。なればこそ、今が好機。我々の行いを全て稲荷になすりつける事すら可能です」
「……ほんと、姉様が姉様で良かったです。心の底からそう思います。よくそこまであくどい事考えられますね」
「片棒を担いでいる貴方が言える口ですか。わたくしは欲しい物はどのような手を使ってでも確実に手に入れます。これまでも、これからも」
「そうやって、障害になる者がいれば排除する訳ですよね。それが例え、血を分けた実の妹であっても」
神楽の言葉に桃花は返答する事なくすまし顔で茶をすすった。
「ああ、怖い怖い。いつか寝込みを襲われるんじゃないかとヒヤヒヤです」
「そういえば――」
ちょうど今思い出したと言わんばかりに桃花はそう口走った。
「なんです?」
「貴方がわたくしにプレゼントしたぬいぐるみ、何やら奇妙な物が付いていたので処分させていただきましたよ」
「…………素直に遠見の式が付いてたって言えばいいじゃないですか」
「ではそう致しましょう。貴方は昔から繊細さに欠けるのです。だから簡単に見破られる」
「すいませんね、どうせ私はガサツですよ」
ぶすっと、口を尖らせながら器用にお茶をすする神楽。気に食わない事があると口を尖らせてしまうのは彼女の昔からの癖だった。その姿を見た瞬間、桃花の脳裏を無邪気に仲の良かった姉妹のあの頃がよぎった。
「神楽は…………」
「はい?」
「一番がよいのですか」
「なんの話ですか」
「いえ、らしくない事を聞きました。本当に、わたくしらしくない。忘れてください」
「なんですか、本当に姉様らしくないですね。いつもははっきり過ぎるくらいはっきり言うのに……あ、どうせ恭弥さんの事ですよね。私だって一番は譲りませんからね」
「ふふ、どうでしょうね」
図らずもこの時、恭弥の努力によって姉妹の仲に致命的なヒビが入ってしまうのが阻止されていた。その理由はひとえに、一度離れた彼女達が恭弥という共通点のおかげで再び二人だけの時間を多く取るようになったからだった。
良かれ悪かれ桃花と神楽が姉妹二人だけの時間を過ごしている裏で、恭弥は学園を出ると同時に捕まえたタクシーに乗って鬼灯家に向かっていた。
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