第24話

  全員でちゃぶ台を囲み、文月が入れた茶をすすると、千鶴は話し始めた。


「そも、事の発端は私達が魍魎の匣事件と呼称している一件から始まっています。表向き霊脈の暴走として片付けられたらしい一件ですね。神楽さんは発生当時現場にはいなかったのですよね?」


「はい。別件で遠方に行っていたので事件の詳細は知りません」


「恭弥が言うには、私の存在を操り人形にしようと企んだ稲荷家が、鬼が封じられた匣を私に開封させたのです。結果、私の意識は鬼に操られ本部を破壊して回ったのですが、桃花さんと恭弥さんが尽力してくださり、私はこうして一命を取り留めたのです」


「稲荷家が? でも生きてたんなら戻ればいいじゃないですか」


「与えた被害が被害ですし、竜牙石さんは妖嫌いで知られています。妖に意識を乗っ取られた私としては戻りづらい訳です。加えて、稲荷家は目論見が外れたとはいえ今後も同じような事をしてこないとは限りません。その結果、私は表向き死んだ事にして、こうして恭弥の家に身を寄せていざという時に助ける形をとったのです。とはいえ、今回がまさにそのいざという時でしたね。油断しました」


「なるほど。でも、いくら姉様と二人がかりだったとはいえ、千鶴さんの意識を乗っ取るような相手にどうやって勝ったんですか?」


 その質問には桃花が答えた。


「貴方も知っているでしょう。恭弥さんの異能です」

「ああ、捕食したんですか」


「そうです。どうやら稲荷家は千鶴さんの状態はどうあれ、生存それ自体は確信している様子。ですが、それにわたくしと恭弥さんがどう関与しているかまではわかっていないようです。稲荷はそれを知りたいのでしょう」


「だからこの間の会合で恭弥さんと姉様が突っつかれてたんですね」


「ええ。あの場では竜牙石家の手前引きましたが、どうあっても情報が欲しかったのでしょう」


「とすれば、今回の依頼、裏で糸を引いていたのはやはり稲荷という事になるでしょうね。神楽さんが現れなければどうなっていたか……。とはいえ、不幸中の幸いです。椎名家相手にそう何度もこんな手は使えないでしょう。暫くは稲荷家も大人しくしているはずです」


「そうであればよいのですが」


 話が落ち着いた頃合いを見計らって、それまで静かに空気に徹していた文月が「あの」と切り出した。


「恭弥様に妖が取り憑いたというのは本当なのでしょうか?」


「ん? そういえばあなた誰ですか? この家にいるって事は関係者なんでしょうけど」


 ドタバタとしていたおかげですっかりと失念していたが、神楽は文月と会うのはこれが初めてだった。


「ご紹介が遅れました。本日付で恭弥様の傍使いとなりました天上院文月と申します。ご紹介が遅れた事、お詫び申し上げます」

 文月は丁寧な一礼をする。


「ええ! 恭弥さんが傍使いなんて取ったんですか。あれだけ他人を入れるの嫌がってたのに。どういう心変わりですか」


「先の一件で老人達が何やら企んでいるのです。その過程で送られてきた間者です。わたくしも詳細は聞き及んでいませんが、何か考えがあって取ったのでしょう」


 間者という単語を聞き、神楽は目を細めた。同時に僅かに殺気を向けた。ビクリとする文月を見た桃花が「やめなさい」と神楽をたしなめる。


「彼女が間者である事は恭弥さんにして百も承知です。その上で傍使いとして置いたのならば、わたくし達が口を挟む問題ではありません」


「姉様がそう言うなら……でも、恭弥さんに危害を及ぼすようなら、その首落としますからね。気をつける事です」


「はい。重々承知しております。それで、その、恭弥様は……」


「見たところ邪気が漏れ出ている訳でもありませんし、よく気配を探らなければわからない程度ですからねえ。目覚めて見なければわかりません」

 千鶴の回答に文月はシュンと気を落とした。


「そうですか……」


「今は祈りましょう。さ、もう夜も遅い事ですし、眠りましょう。私は万が一に備えて恭弥の部屋で眠ります。お二人は客間を使ってください。文月さん、お布団って用意ありましたかね?」


「客間の押入れに入っています。今ご用意致します」

 文月が客間に布団を用意し終えると、狭間家の電気が消えた。

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