第22話

 美女二人に見送られた恭弥は、家の前に停められていた黒塗りの高級車に乗り込む。いつもは現場までの足は自前で用意しなければならないが、今回は協会が用意してくれた。それがますます怪しさを誘う。


「いつも思いますけど、グラサンしてて運転しづらくないんですか」

「いえ、規則ですので」


 協会付きの運転手は某MIBのように黒いネクタイに真っ黒なサングラスという、いかにもな格好をしている。どこまでも個性を消すその姿勢は消耗品扱いに他ならなかった。


「あ、途中コンビニ寄ってもらっていいですか」

「かしこまりました」


 話しかけたところで話しを広げるような真似はせず、一言二言返すだけだ。そこには明確な上下関係があり、とてもではないが気安く会話出来る雰囲気にはならない。


「……まったく、息がつまる」


 恭弥の呟きは確実に彼の耳に届いているはずだが、やはり返事をする気配はなかった。


 道中で桃花を拾い、再び車は走り出す。高級車だけあって車内の揺れは気にならなかった。走り出して二時間は経ったが、おかげで長距離移動の疲れはなかった。


 途中立ち寄ったコンビニで買ったおにぎりをお茶で流し込んでいると、不意に桃花が身を寄せて来た。耳元に顔を近づけ、小声で話しかけてくる。


「送迎車、椎名家のものを使用すると打診したのですが、断られました」

「……それはまた。隠す気すらないのかね」

 恭弥も桃花に倣い小声でそう返す。


「裏には恐らく稲荷がいる事でしょう。危険を感じたらすぐに撤退する準備を」

「りょーかい。まったく、嫌になるね」


 窓の外の景色に目をやると、畑ばかりが目立ち、民家がポツポツと存在するだけになっていた。


「そろそろ目的地に着きます。準備をお願い致します」

「了解」


 首をポキポキと鳴らし、軽く背伸びをする。


 今回の目的地である三津山峠は、北海道札幌市の中心地から車で二時間と少しの場所に位置する場所にある。


 三津山峠は通には有名な心霊スポットであり、一昔前は道道が通っていたのだが、あまりにも事故が多発するので現在は封鎖されている。


 今は新たな道路が通っているので何か特殊な目的が無い限り電気の通っていないあの薄暗いトンネルを通ろうとする者はいないが、走り屋などは人がいないのをいい事にかなりのスピードを出していたりするらしい。封鎖されて何年も経った今でも定期的に死亡事故のニュースが流れるのにはそういう理由があった。


 そんな危険な場所が何故今に至るまで放置されているのか、それは、埋め立て工事を行おうとすると決まって人死が出るからだった。最初は偶然だと考えられていたが、二度も三度もそういう事が続くと、工事会社もどれだけ良い条件を提示されても縁起が悪いと工事を請け負わなかった。


 そんな理由から放置されている三津山峠だが、恭弥は犠牲者の大半が乗り物に乗っていたという点から、もし妖が存在するのであればダッシュババア辺りが棲息しているのではないかと睨んでいた。


 ふざけた名前だが、ダッシュババアはれっきとした妖である。主に薄暗く、長いトンネル内に棲息し、スピードを出して運転している者になんらかの合図を出して自身の方を向かせて金縛りに合わせる。そのままダッシュババアは並走し、運転不能に陥った運転手を事故に遭わせて殺すのだ。


 妖としての格は低いが、いざ討伐するとなるとその身軽さから面倒な相手だった。とはいえ、その程度の相手で済めば何も問題はない。


「着きました」

「了解です。ちなみに帰りも送ってくれるんですよね」

「そのように言われています」

「わかりました。じゃあそこで待っててください」


 安物の霊装をはためかせ、恭弥と桃花は三津山峠へと向かう。事前に言われていた通り、しめ縄で区切られた結界を越えると、確かに霊気の乱れを感じた。


「……妙ですね。霊気の乱れが激しい。事前の情報にはなかった事です」

「ダッシュババア辺りが出てきてはい終わりとはならなさそうだな。用心しろ」


 不審に思いつつも、二人は感覚を研ぎ澄ましながらトンネル内へと足を踏み入れた。


「……おいおい、なんの冗談だよ」


 トンネルも中腹へと差し掛かろうとした時、二人の眼前に道を埋め尽くさんばかりの妖の大群が現れた。引き返そうと後ろを確認すると、どこから湧いて出てきたのかこちらも妖の大群が待ち受けていた。


「……やられましたね」

「ちくしょう!」


 完全にハメられた。これだけ雑多な妖を従えられる上位の妖など数は知れている。見たところ、数は多いがどれもこれも格自体は低い妖ばかりだ。その上で、人との交流が図れる妖となれば、一体しかいない。ぬらりひょんだ。


 本来ぬらりひょんは「夜に哭く」本編で登場するはずの妖だ。主人公を邪魔に思った稲荷家が、主人公を陥れるために交流があったぬらりひょんに殺害を依頼するのだ。


 大方今回は恭弥か桃花、どちらかの死体を持ち帰って、外法を使い屍体とする事でその記憶のみを探ろうという腹づもりなのだろう。


「くそったれ! 上等だよちくしょう! 殺せるもんなら殺してみやがれ!」


 最早正史がどうこう言っている場合ではない。生きるか死ぬかの瀬戸際だった。携帯電話も圏外で援軍は望めない。孤軍奮闘、なんとか生き延びる方法を探るしかない。


 霊力で両の手に刀を形成する。退くも地獄進むも地獄。ならば少しでもあがいて前に進める地獄を選ぶのみ。


 隣を見ると、桃花も覚悟を決めたのか雷斬を鞘から抜き放ち霊力を通していた。刀身から雷の煌きがほとばしる。


「うおおおおおおおおおおお!」


   ○


 二人の眼前に妖が現れたのと同時刻、退魔師達は爆発的な霊気の乱れを感じ取っていた。それもそのはず、元々三津山峠はこの日のために妖を集め、その気配を隠すために隠形の結界が張られていた。二人が現場に赴いたため、その結界を維持する必要がなくなり、その結果、封じられていた霊力が一気に放出されたのだ。


「西の方角……確か、恭弥さんと姉様がお務めで行っている方角……」


 神楽はこの規模の霊力障害ならば、すぐに自分にも招集がかかるだろうと考えていた。しかし、いつまで経っても討伐の令は下されなかった。


 しびれを切らした神楽は協会に確認の連絡を入れた。すると、出動の必要はないと言われた。どれだけ尋ねても理由を言わない協会の担当者相手では埒が明かないと思い、神楽は協会に赴いて事情を知ってそうな老人に直接問う事にした。


「どういう事ですか? あれだけの霊気の乱れです。私達にも声がかかるのが普通でしょう。なのに、一向に討伐の令が出ない。当然説明してくれるんですよね」


「お前が知る必要はない。あの場にはもう退魔師が向かっている」


「誰が向かってるんですか?」

「お前が知る必要はないと言った」

「……『答えなさい』」


 神楽は言霊を使用した。格が上の相手であれば通用しないが、この老人は退魔師としての力でのし上がったタイプではない。小細工を弄して今の地位にある男だ。だから、神楽が言霊を使って命令すれば答えざるを得ない。


「……狭間恭弥と椎名桃花だ」

「やっぱり……他に行っている者は?」

「二人だけだ」


「どういう事ですか。なぜ二人だけで?」

「そこまでは知らん。だが、これは上の方で決められた事だ」

「もうっ! しょうがないですね」


(生きているかどうかは半々ですが、向かわないよりはマシです)


 用は済んだとばかりに立ち去ろうとする神楽を老人は呼び止めた。


「おい! まさか救援に向かおうなどと思っていないだろうな。そんな事をすれば、お前が不利になるだけなんだぞ」


「何がどう不利になるんですか。私はただ妖を討伐しに向かうだけ、お務めです。退魔師がお務めをするのは当たり前の事ですよね」


「協会での私の立場はどうするつもりだ! あれだけ便宜を図ってやったというのに」


「面白い事を言いますね。私が、いつ、あなたに便宜を図ってもらったって言うんですか?」


「……後悔するぞ……!」

 老人の捨て台詞に神楽は見向きもせずに部屋を後にした。

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