第6話 新たな出会い 2

 ぼーっとする意識の中、頭の下から柔らかい感触が伝わってくる。とても気持ちのいい枕のような感触だった。


 ゆっくりと瞼を開けると、そこには見慣れた天井があった。それは、佐藤家のリビングの天井だった。


 そこで、瞼を開けたままの男──佐藤 暁は自分が寝ていた──正確には気絶していたことに気が付き、勢いよく起き上がった。

 どうやら、今までソファーで横になっていたらしい。そして、あの気持ちのいい枕の正体は──、

 ──本当に気持ちのいいただの枕だった。暁は少し残念そうに、周りの様子を窺う。


 見渡すと(と言っても特に目が行くようなものは何もないが)、リビングにいた妹──茜の姿が見えた。

 それともう一人、妹の対面に居るのが天使 瑞紗。彼女は、一言でいえば暁の元カノであり、暁が現在片思いをしている相手である。たった一言で矛盾を感じてしまっただろうが、経緯については長いので省略、と。まぁ、そんな感じだ。


 二人は仲良く椅子に腰かけて、楽しそうに話をしていた。

 最初に暁の目が覚めたことに気が付いたのは、瑞紗だった。

「あ、暁くん。おはよー。大丈夫ー?」

「え? あ、うん。大丈夫だよ瑞紗。おはよ」

 今日初めての幼馴染みずさからの第一声がおはようだなんて夢のようだ、と色々と想像する暁にまたもや蔑むような視線が飛んで来た。

「おにーちゃん。キモイ」

「……うるさいな。普通に会話しただけだろ」

 軽い挨拶交わしただけで、直ぐあかねは首を突っ込んでくる。


「いくら口で嘘を言っても、その欲望に塗れた目を誤魔化すことは出来ない」

「この曇りなき眼のどこに欲望の色があるんだ! どこに!!」

「ふふ。やっぱり二人は仲良しだね」

「そんなことない!」「そんなことない」

「息ぴったり」

「……別にそういう訳じゃないから!」

「うわぁ……」

 暁は今の言い争いで少し疲れたようだ。一方、茜の方は平然としている。いや、平然と暁を睨んでいる。さっきの言い合いで大声で怒鳴ったのは暁だけであって茜はずっと冷静な態度だった。


「おにーちゃん、体力なさすぎ。運動した方がいいよ。いや、そうしないときっと、死んじゃうよ……」

 茜は本気で言っているようだった。それと続けて

「死なないで。おにーちゃん……」

 わざとらしくそう言う茜は、兄の目から見ても素直に可愛いだろうと思えた。もし、兄弟じゃなかったら恋に落ちるのは至極当然のことだと思う。


 しかし、それよりも煩わしさの方が大きかったため、例え兄弟でも好感を持つことはない(好感がない訳では無いが)。

 茜は、イマイチ掴みどころのない性格だ。(まぁ、物理的には掴めるが……)あ! とにかく! 兄の目線から見ても茜の行動がよく分からなかった。

 時には、テンションの高い明るい女の子。

 時には、地味な暗い女子。

 恐ろしいのは、見た目のみならず、話し方までもが変わることだ。

 まるで、別人かのようなビフォーアフターをこれまで暁は沢山見てきた。だからこそ、よくわからない。これが結論だった。

(日替わり、若しくは気分転換か何かなのだろうか?)


 しかし、分からないのは暁だけなのかも知れない。現に瑞紗は茜の行動を気にすることなく楽しげに話しているのだから。そんな茜の姿を見て安心する。


「別に、死なないから安心しろ。……所であの子たちは?」

 暁は、今まで気になっていたことを口にする。

 暁の質問に答えたのは茜、ではなく瑞紗だった。

「あ、あの二人なら暁くんのご両親のベット借りて寝てるよ」

 寝ている、という言葉を聞いて一安心した暁。


「そっか、所で誰なんだろうあの子たち。ホームレスって感じじゃなさそうだし」

「うーん、おにーちゃんが誘拐したんじゃないなら……迷子?」

「その可能性が一番高いよね。だとしたら、警察に言った方がいいのかもね」

「やっぱ警察かー。」

 暁がぽつりと呟いた瞬間。二人の目は暁に集まっていた。何のことか分からなかったが、なんとなく察しがついてしまった暁は動揺を隠せなかった。


「おにーちゃん、警察に行きたくない理由でもあるの? あるなら、素直に言った方がいいよ」

「暁くん、大丈夫だよ。素直に打ち開ければ、きっと許してもらえるよ?」

 先程の蔑む視線が二つに増えている。別に本当にやましい事は一切ないのだが、うっかり思ってもない行動をとってしまった。

「え、いや、僕は……僕は何もしてなーい!」

 そう言いながら、自室まで一直線だった。



 自室に入り、何やってるんだと自分に愚痴を零しながら落ち着こうとベットに向かう──が、その足は部屋に入ってから僅か二秒と経たずに止まった。

 その理由はただ一つ。部屋に見知らぬ少女がいたからだ。それも二人。それも割と美が付くほど少女。

 その二人は決して茜と瑞紗ではない。見た目が明らかに少女だったからだ。

 二人の少女は暁のベットの上で一人はゴロゴロし、もう一人は勉強机の椅子に座り本を読んでいた──。


 ────え!? 本!?


 暁はその少女が読んでいた、本に似ているが本ではないような冊子を二度見した。

 少女たちが玄関で寝ていた際は、何か持っていたようには見えなかったので自分たちの本を読んでいるわけではないと推測。


 だとすると、暁の部屋にある本──大半が多数──を読んでいることになるのだが、少女が読んでいるのは明らかに出版されたものではないと誰が見ても分かるようにペラペラとしていた。ペラペラというのは、普通の本ならば、背に厚く頑丈な一枚の紙が施されているのに対し、自作本はその部分がなく紙をリボンで工夫して作ったような簡素なものである。

 まるで、誰かが手造りしたような、そんな風を思わせる冊子だ。


 では、誰がその冊子を作ったのか。

 作った張本人は、現在慌てて少女から取り返そうとしていた。最初は、そっと忍び寄って、すっと取ろうとしたのだが、失敗。少女の反射神経が暁よりも早かった。少女はまるでどうすれば避けられるのか予め知っているような素振りでシュールに動いている。


 このままでは取り返せないことを知って、少女相手に本気で取りに行こうとする。

 急に速度を上げられたことに、驚いたのか若干少女が怯んだように見えた。


 その隙を見逃さなかった暁は、そこを攻める──が、若干遅れて少女が動き出した。暁にとって予想外の動きをされたため、スピードを殺しきれずそのまま少女に突進してしまった。


 ガン! いや、ドン! だろうか。そんな音が一度だけ家中に響いた。

「イタタタ。あ、大丈夫?」


 そう言うと、少女は暁に手を伸ばす。

「ありがとう。大丈夫だよ、それより君こそ大丈夫? ごめんね。急に取ろうとして……」

「ううん、心配はいらない平気だから。……それよりも、これ」

 少女が申し訳なさそうに見せてきたそれは、既に破れてしまった自作本──オリジナルの瑞紗の為に書いた小説だった。

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