第13話 其想
△△アイ△△
「あはっ! あははははっ! 凄い! 凄いわ! この力があれば!!」
アキラが見せた力の一端。
それだけでも、その力がこの世界における最も強いものである事は疑いようもない。
その力を使えば、世界の全てを手に入れる事だって不可能じゃない。
私はこの国の地方貴族、ロスチャイルド家の次女という立場だけど、本当は違う。
私の本当の名前は、アイ・オルメン。かつてこの国の北にあったオルメン帝国の第3皇女だ。
私は6歳の時、隣国の辺境伯であるロスチャイルド家に輿入れした叔母の元へ養女として入った。
これは将来、兄か姉が帝位を継いだ際、外交の面で貢献する為、今の内から慣らしておき、隣国に伝手を作る為の措置だった。
ロスチャイルド家には私の2つ上に義姉がいるが、私が養女に入った時には、この国の法律により、既にこの国の王都にある全寮制の幼年学校に入っていた。
これは体のよい人質だ。家の後継ぎを王都に留めておく事で、地方貴族が国に反抗出来なくする為の。
私がロスチャイルド家に入った翌年、妹が産まれ、そして同年、この国はオルメン帝国へと出征した。
ロスチャイルド家は武門の出ではなかった為、養父は帝国の臣民を手に掛けずに済んだ。
でも、例え後方支援とはいえ、侵攻に荷担した事には変わりはない。
帝国の皇族は私を除いて全て戦死するか処刑された。
でも、私には何のお咎めはなかった。
家族は私の存在を墓場まで持っていってくれたのだろう。オルメンの再興を願って。
弱き者は滅び、強き者が栄える。それは世の道理。
私が亡き家族の願いを叶える為には、私自信が強き者になるか、強き者と連れ添うしかない。
そして私は出会った。私の望みを叶えてくれる強き者に。
『ジェネシスの力は俺の敵を倒す時か守るべきモノを守る時にしか使わない。特に人間同士のつまらん争いにはな。そこの高笑いしてるヤツ! 肝に命じておけよ!』
「あははははっ! って、ええっ!? そんなぁ!!」
彼は言った。つまらない人と人同士の争いに力は使わないと。
でも彼はこうも言った。"守るべきモノ"を守る為に力を使うと。
それなら、私が、彼の"守るべきモノ"になれば力を使ってくれるという事。
ならば私はそうなろう! 身も心も彼に捧げて!
そのついでに私を幸せにしてくれるのなら更にいいけど……これは要らぬ心配か。
あの赤毛の少女、シアを見ていれば分かる。彼女は幸せそうだ。
彼女はもう、彼の"守るべきモノ"に入っている。だから幸せそうなのだ。
まずは本音を洩らしてしまったせいで警戒させてしまったそれを解かないと。
ここはシアを利用するのが得策か?
彼女と仲良くなっておけば、アキラも私を無下にはしないだろう。
よし、明日はアキラ達のいる宿に移ろう。仲良くなるには、会話を増やすのが一番いい。
そんな事を考えながら、アキラがゴブリンを消していく様子を眺めていると、アキラが呟く。
『これは……近くの村を襲撃に向かってるな。留守番もいないとなると、襲った村に拠点を移す気か』
アキラの言葉でアキラから送られてきている映像の、センサーの部分に目を移す。
確かに、今、アキラの傍には反応はない。
そしてアキラの現在地から南西の場所にたくさんの反応。これがアビットの街だとすると、この場所は私達が偵察に来ていた巣穴ね。
『大変!! 早くギルドに知らせないと!!』
『どうやって知らせる気だ? 『知り合いが夜中に周辺のゴブリン殲滅して回っていたら、襲撃に向かうゴブ集団を見つけました!』って報告するのか?』
『う……』
『それにこの距離ではどの道救援は間に合わないぞ?』
『でも、何とかしないと!!』
スノウももう少し考えてから喋るといいのにね。もう門は閉まってるのだから、誰もこの情報を
『心配しなくても何とかするさ。俺だって見殺しは寝覚めが悪い。だが、この距離だと光子魚雷は光が目立ち過ぎるし、銃で一匹一匹倒すには面倒な数だ。どうするか……お?』
「どうしたの? アキラ」
『こんな時間なのに村の屋外に人の反応があるな。もしかしたら冒険者か? 全部で6人だ』
『そうかも! 今までもちょこちょこ被害が出てたんなら、ギルドに依頼を出しててもおかしくないもの!』
アキラがアビットから東の村へ続く街道へと移動し、速度を落として着地すると村に向かって駆け始めた。
「どうするの?」
『冒険者として情報を届けにきた振りをする。先ずは避難を促してみて、それが難しいなら迎撃する』
『ちょ、ちょっと! 銃も光の剣もさっきのも使わないのよね?! 7人で70匹なんて無茶よ!』
『別に主な装備が使えなくても、ゴブリンならホブだのロードだのキングだのが混じっていても、もう一桁増えたって1人で余裕だけどな』
『うそ!? ホントに!?』
へぇー、言うじゃない。だったら……
「スノウ、アキラもああ言ってる事だし、お手並みを拝見させてもらいましょうよ」
『あんたよく平気でいられるわよね……まぁ、アキラが大丈夫って言うんなら大丈夫なんでしょうけど……』
そうこうしている内にアキラはもう村の門に辿り着いていた。
というか、普通に地面走っても凄く速いわ! 疾走している馬車も追い抜けそうだった!
夜だから村の門は開いていない。アキラはどうするつもりなのか?
「アイ、ちょっと借りるな。……【スタンボム】」
え……? アキラ、魔術使えたの!? しかも今、呪文詠唱を全くしてなかったし、時間も凄く短かったわよ!?
「ちょっと! 今、無詠唱じゃなかった!? ねぇ!!」
『俺にしてみれば、戦闘に使う技術で時間食うとかの方が信じられないけどな』
いや、そうかもしれないけれど!
そういえば確かこの前、「一応、魔法や魔術は使えなくはないが、俺が俺の敵と戦うのには実用に耐えないレベルだ」と言ってた。だけど、これで実用に耐えないアキラの敵って……
そうか、
それはともかく! 後でアキラに無詠唱のやり方を聞こう!
「おい! そこに誰かいるのか?!」
スタンボムの炸裂音を聞きつけて、村にいる冒険者達がやってきた。
アキラが彼らとのやり取りの途中に私に質問してきた。
『アイ、ちょっと聞きたいんだが、【センスライフ】って、俺のセンサーと同じような魔術だな?』
「そうよ。まぁ、精度はマイズの方が全然上だけど」
『感知範囲は?』
「魔力の込め方で変わるけど、大抵は100mくらいね。これで魔力使い果たしていたら意味ないし」
『そりゃそうだ。だからアイは街に戻る途中にこいつを使わなかったんだな。100mならスノウが気配感知出来るものな』
「そういう事♪ それに、それ以上に高い精度で感知出来るアキラが居たんだもの、魔力の無駄でしょ?」
『いい判断だ。頭を使ってこその人間。そういうクレバーな奴は好みだぞ』
「っしっ!」
思わずガッツポーズした声が洩れてしまった。アキラに聞こえてしまっただろうか?
アキラが相手の声を聞こえるようにしてくれたから、門の向こうにいるのがドライドのパーティーだと分かった。
という事は、あちらの後衛にはフィーアがいる。
彼女は私とは別の学院を卒業した才女で、ドライドのパーティーの戦闘指揮も務めている。
魔術の腕も私より上で、【フレイムスプレッド】や【ブリザードエッジ】より強力な上級範囲攻撃魔術も扱える。
頭も回るから、下手な嘘は見破られるかもしれないけど、アキラは上手く話を作り、不信感を抱かれなかった。
確かに、閉門ギリギリでアビットを出たらこのくらいの時間になる。
確かめた訳でもないのに、少し走った街道の状態とアビットからの距離からこの話をでっち上げだのだとしたら、アキラの頭の回転も相当なものだ。
最強の力とそれを律する事の出来る強い心。そして早い頭の回転と他人を思いやれる優しさ。
益々貴方が欲しくなったわ、アキラ!
『噂で聞いた事くらいはあるだろう? ギルドが運営を維持する為に、ゴブへ生け贄を渡しているとか。そんな胡散臭いギルドに貢献したくはないさ』
『噂は噂でしかないだろう?』
『だといいんだがな』
アキラの視界に映るドライド達の胸と顔に丸いマークが付いて数字が表示されている。これで生け贄の件を聞いたドライド達の様子を確認している?
迎撃の手筈を話し合っている途中でドライドがアキラをパーティーに誘ったけど、アキラは即答で断ってくれたから少しホッとした。
アキラの作戦提案を気に入ったフィーアと握手を交わすアキラ。
『『「ぶーぶーぶー!」』』
みんなで揃ってブーイング。
そうよ、アキラ。私以外の女と親しくしないでね!
『フィーア! 索敵に反応! 数10! 恐らく斥候だ!』
少し前からアキラのセンサーに捉えられていたゴブリンの小集団がいよいよ近付いてきたのを、アキラがフィーアに告げる。
『!! 皆、戦闘態勢を……』
『いや、10なら俺だけで問題ない。あんた達は温存しておきたいから、全員柵の中に退いてくれ。俺の腕を見るいい機会だろ?』
さっき70匹に対して、一桁増えても 問題ないと言っていたアキラだもの、10匹なんて余裕の余の字よね。
『今から1対多数の近接戦闘を見せる。俺は片手でこの槍を使うが、各々自分の武器でどうやって動くのかを想像しながら見ていてくれ。基本は昼のスノウの訓練をそのままやる感じだ。分かったな?』
『『「はい!」』』
見せてもらいましょうか。アキラ・フジミヤの、その実力とやらを。
多分、その実力の、数割も出さずに終わってしまうのでしょうけど。
▲▲スノウ▲▲
『今から1対多数の近接戦闘を見せる。俺は片手でこの槍を使うが、各々自分の武器でどうやって動くのかを想像しながら見ていてくれ。基本は昼のスノウの訓練をそのままやる感じだ。分かったな?』
『『「はい!」』』
1対10なんて、いくらゴブリンでも普通は無謀。
でもアキラは、既に8匹のゴブリンを軽く撃退してる。アキラなら、後2匹増えたところできっと問題にもならないだろう。
さっき村に入る前にも、後一桁増えても平気だと言ってたし。
それなら、アキラの戦い方を勉強させてもらいましょう。
『いいか。恐らく相手は斥候だ。だとすると、一匹も逃さず殲滅する必要がある。何故だか分かるか?』
アキラの問い。まあこれは、多少なりとも軍事に関わった事があるなら分かる事。
「情報を相手に渡さない為、ね」
『正解だ、スノウ。俺が君らに出会った時にも言ったよな? 『情報っていうのは、持ってないヤツからすれば金品より価値がある』と』
「もしかして、フィーア達を下がらせたのも?」
『それも正解。万が一逃がしたとしても、情報として伝わるのは俺の分だけで済むからな。流石に領主の娘だけあってそのくらいは分かるか』
『わ、私だってそのくらいは分かっていたわよ!』
アイもこの国の地方貴族の次女とか言ってたけど、魔術の事で遅れは取っても、他の部分じゃ、アイ、アンタに負けないわよ?
『という訳でだ、まずは風下から回り込んで相手の退路を断つ』
夜の森の中でもマイズのお蔭で木々の場所ははっきり見えるし、相手までの距離も分かる。ほんと、スゴいわよね、これ。
でも、ほんとにスゴいのはアキラだ。
マイズのお蔭である程度見えているとはいえ、森の中を疾走しているのにほとんど音を立てない。本職の斥候でもここまでは出来ないだろう。
『まずは奇襲。以前2人にゴブを倒してもらった時の逆だな。ただ、たまに相手が罠を張っているいる時があるから注意が必要だ。簡単なスネアトラップでも、視界の利かない夜の森とかなら効果は抜群だからな』
今、アタシ達が見えてるヤツを何かで記録して軍とか衛士隊とかに売れば儲かるんじゃ? 教材にピッタリじゃないの。
木々の間からゴブリンが見えた。センサーの反応だと、集団の斜め後方から近付いてる。
アキラがグンと加速。音を立てないとか関係なしに一気に突入する。
『!?』
音に気付いた集団後方のゴブリンが声を上げようとしたけど、それより早く横をすり抜けたアキラが、短く持った槍の穂先で首を薙ぐ。
そして足を止めずに、その向こうにいた2匹の首を飛ばし、素早く身体を切り返して残りのゴブリンへと向かっていく。
残り7。
『〇×※!!』
よくやく事態に気付いたゴブリンが声を上げる。
武器を構えたのを意に介さず、集団のど真ん中に突入して身体ごと槍を振り回し、四つの首が宙を舞う。
残り3。
更に、身体を回した勢いを殺さずに2匹のゴブリンに接近、首を飛ばす。
そして、最後の1匹に向かって槍を投げた。投げられた槍はゴブリンの胸を突き抜けて、その向こうにあった木の幹に突き刺さって止まった。
最初のゴブリンの首を飛ばしてから1分と掛かってない。でもアタシは違和感を覚えた。
前にゴブリンと戦っていた時、アキラの踏み込みはアタシにすら見えなかったのに、今回はアタシにもアキラの動きが見えていた。
明らかに前よりも手加減している。
「アキラ、かなり手加減してなかった?」
『流石にスノウは気付いたか。今回は全力の1割、つまり、普通に鍛えた人間と同じ程度に抑えた。でないと、君らの勉強にならんだろう?』
これで1割。改めて、アキラの凄さを思い知らされる。
と共に、アキラならアタシの願いを叶えられると改めて思った。
アタシはアキラに「ここから二つほど離れた国の、一地方の領主の娘」と自己紹介したけど、それは正確ではない。
アタシは、ここから北に二つほど離れた国の次期国主、つまり女王となる立場だ。まだ継いではいないから王女という事ね。
アタシ達の国、
アタシの偽名"スノウフラウ"は、"雪華"をこっちの言葉にしたもので、ホリィツリーも"柊"をおんなじように変えたものだ。
本名は……今はまぁ置いとくとして、雪華は北方の厳しい環境の小さな国だけど、山から採れる鉱物資源を加工して周辺国と取り引きし、それなりの平穏を手に入れてた。
でも、隣の国、
新たな羅號の王、
傲慢不遜で女を道具のようにしか思っていない男なんてアタシも妹も願い下げだった。
幸い、住むには厳しい雪華の地は、逆に云えば天然の要害でもある為、羅號がいきなり攻めてくる事はなかった。
けど、取り引き相手国に働き掛け、雪華を経済封鎖しようと手を回していた。
このままではじりじりと追い詰められていく事は分かりきっていた。
そこでアタシは国を妹に任せ、国を救ってくれる
そして、流れ流れてこの国に辿り着き、アキラに出逢った。
出逢った当初ですらも特別に頑強な身体と高い戦闘能力、そして知謀、何よりその大きな優しさに惚れたけど、今回見せてくれたその力は間違いなく雪華を救ってくれる。そう思った。
『でだ、わざと1ヶ所、あまりよろしくない動きをしたんたが、何処だか分かるか?』
『『「えっ? えーと……」』』
アキラがいきなり問題をぶつけてきた。さっきのアキラの動きを思い出してみる。
奇襲で3匹屠って、ゴブリン集団の真ん中に飛び込んで4匹倒して、間合いの外で生き残った2匹と1匹の内、2匹を切り飛ばして、最後の1匹は槍を投げて倒した。
『ん~と、さいごのなげちゃったところ?』
シアに先んじられた!?
確かに、戦場で武器を手放すのはよろしくない事だとは思うけど……
『惜しい! 確かに武器を手放すのはよろしくない事だが、それは"よろしくない動き"をしたせいでやらなきゃいけなくなった事だな』
つまり、槍を投げたのは結果であって、原因が別にあると。
集団に飛び込んで倒したはいいけど、2匹と1匹に別れて残ったから最後に槍を投げるハメになった……そうか!
『あ! 分かっ……』
アイも気付いたらしい。させないわよ!
「ゴブリンの集団のど真ん中に飛び込んだのが悪かったのね! どちらかに寄っていれば、別れて残る事もなかったんでしょうし!」
『スノウ、正解。別れて残した事で、一手余分に動く必要が出来てしまった訳だ。その一手が致命的な結果に繋がる事もある。特に相手の方が多い時は、動きや攻撃の手順に細心の注意を払うようにな』
『むきーー! 私も同じ事言うつもりだったのにーー!』
おほほほほ! 速さでアタシに勝とうなんて甘いわよ、アイ!
『さてと、村に戻る……前に、ゴブの耳だけ切り落としておくか。確か、お駄賃程度の金にはなるんだろう?』
「それと、ギルドの貢献ポイントの証拠にも必要よ」
『それは心底どうでもいいな』
槍の穂先で器用にゴブリンの片耳を切り落とし、これまた器用に右手の薬指と小指で掴み上げて小袋にしまっていく。
右手、アキラは不便だが大したことないって言ってたけど、もしかして結構大事なんじゃ?
「アキラ、右手、大丈夫なの?」
『大丈夫だ。問題ない……事はないが、何とかなる程度だ』
「ホントに?」
『……スノウ、心配してくれているのは分かるが、ちょっとしつこいぞ?』
『……うぅ……ごめんなさい……ぼくのせいで……』
あ、そゆこと!? うわ、失敗したかも……
『ふっ……』
アイに鼻で笑われたー! くやしーっ!!
『大丈夫だから泣くな、シア。これが問題になるとすれば、"アイツ"が現れた時くらいだから』
『うん……』
"アイツ"ってどいつ?
そういえばアタシ、アキラの身の上って詳しく聞いてない……今の会話からすると、シアは知ってるって事よね。
「ねぇ、アキラ。アンタの身の上って……」
『ジェネシスを見せたんだ。教えてやってもいいが、それは帰った後にしてくれ。今は長話している時じゃない』
あ、またやっちゃった! 気になるとつい……
『ふっ、空気の読めない女は駄目ね』
またアイにーー! 自分が悪いのは分かるけど、くやしーー!!
『さてと、村に戻るか。後はゴブ側の指揮官次第だな』
あぁ。そういえば出会った時に言ってたわね。リーダークラスのいる群れだろうって。
「ゴブの指揮官次第っていうのは?」
『アイツらに渡った情報が1つだけある。分かるか?』
え? 情報を与えない為に1匹も逃さずに倒したのよね? それなのに、渡った情報が?
シアちゃんはともかく、これにはアイも黙っている。どういう事?
『簡単な事さ。偵察に出したゴブ10匹が戻って来ない。それはつまり……?』
アキラのヒント。情報を持って帰れない者がもたらす情報……あっ!
「分かった! 偵察ゴブ10匹を逃さず倒せる戦力がこの村にあるという事ね!」
『正解だ。で、この情報を受け取った指揮官が取る行動は2つ。強行するか撤退するかだ。俺としては撤退してくれた方がいい。村から充分離れたところで空爆してやれば手早く済む。が、間違いなく強行してくるだろうな』
『え? 何で? 戦力がいる事が分かってるのに?』
アイが不思議がっているのはもっともね。
ゴブリンは比較的臆病な性格だ。理由がない限りは巣の外には出たがらないし、不利だと悟ればすぐ逃げ出す。単独でうろつく事もまずない。
でも、このゴブリン達は巣を引き払ってまで移動してきている。ここで逃げたら、リーダーの求心力は地に落ち、部下は言う事を聞かなくなるだろうし、我慢の限界で動き出したのならこれ以上我慢も出来ないだろう。
だからアキラは強行してくると踏んだのね。
『ま、少しばかり手筈が変わってしまったが、殲滅するという目的には問題ない。なら、皆の勉強になるように利用させてもらうさ。次は魔術に関係する事にしようか。これを知るだけでも、アイは世界中の魔術士より一歩二歩先を行けるだろうし、シアやスノウでも簡単なものなら使えるようになるかもな』
またアキラがとんでもない事言い出した!
でも、それが本当なら願ってもないわ!!
「ほ、ほんとに?! アタシでも使えるようになるの!?」
『ぼくもつかいたい! それでアキラのやくにたちたい!!』
『ふふ……ふふふ!! やっぱりアキラは私の……』
なんかまたアイが不穏な事呟いてるわね!?
ダメよ! アキラには雪華に来てもらうんだから!!
『……やめとくか。何かアイが段々壊れてきてるみたいだしな』
『らめぇ~! さいごまれっ! さいごまれしてぇ~~!!』
『やめんか! シアの教育に悪い!!』
『ん~??』
ナニ喜劇かましてるのかしらこの人たち……
アイが妙に暴走してるのが気になるけど、とりあえず止めておくべきよね。
「はいはい、話が進まないから、アイは静かにしててね~」
『スノウには言われたくないーー!』
失礼ね! アンタほどおかしくはないわよ!
『ま、今はその概要程度になるだろうけどな。明日の訓練はそっち方面にしとくか?』
『『「さんせー!!」』』
『それじゃ、ドライド達の所に戻るから、暫くし・ず・か・に・見ていてくれ』
『『「は~い!」』』
うん! やっぱりアキラを何としても取り込まないと!
ここは"将を射んとする者はまず馬を射よ"の言葉の通り、まずあのシアと仲良くなるべきね。アキラはあの娘に甘いようだし。
よし! 明日はアキラ達の宿に移ろう!
そしてシアと仲良くなって、よりアキラと親密になるのよ!
◆◆アキラ◆◆
「それじゃ、ドライド達の所に戻るから、暫くし・ず・か・に・見ていてくれ」
『『『は~い!』』』
女3人寄れば姦しいとは言うが、2人でも姦しいなアイとスノウは。
シアはとてもいい
さてさて、あまり時間を掛けるとドライド達が不審がるだろうからとっとと戻るか。
俺は音を立てずに森を抜けて放牧地の方へと歩いていく。下手にガサゴソすると攻撃魔術を撃ち込まれそうだからな。
センサーで視ると人数が増えているから、村人に相談しに行った2人も戻ってきているようだ。
俺は集団の下まで来てから声を掛けた。
「終わったぞ」
「うおっ?!」
6人が驚いたようにそれぞれの得物を俺に向かって構えた。
今、声を上げたのは誰だ? この程度で驚くとはまだまだだな。
「おいおい、撃たないでくれよ?」
「アキラか! 脅かすなよ! 大丈夫だったか!?」
さっき声を上げたのはお前か、ドライド。
まぁ、こっちに背中向けてたというのもあるが、もう少し肝は太い方がいいと思うぞ?
「声が大きいぞ、ドライド。ほい」
俺はゴブ耳の入った小袋をドライドに投げ渡した。
「これは……ゴブリンの耳か? ふむ、10個あるな。成る程、言うだけの事はある」
「それはアンタ達が持っていくといい。この後襲撃を撃退したとして、耳も残らないくらいの攻撃をしても、それがあればクエストの達成証明になるだろう?」
どうせ俺にはいらないものだしな。
「いやいや、そういう訳にはいかない。それはアキラが1人で倒したものだろう?」
「その本人が構わないと言っている。俺のクエストには関係ないしな」
「しかし……」
「なら、これが終わったら少し話を聞いてもらうという事でどうだ?」
「話というと、生け贄がどうとかいうやつか?」
「ああ。実は特殊な魔道具で得た、確たる証拠がある。それを見て本当だと分かったら静観してくれるだけでいい。俺も俺のパーティーの面々も、アンタ達とは敵対したくないと思ってるからな。勿論、手を貸してくれるなら非常にありがたい」
「……成る程。返事はその証拠とやらを見せてもらってからでいいな?」
「勿論だ。それじゃ、それはアンタ達が持っていってくれ」
『『うまい! うますぎる!』』
こらこら、どこかの風が語りかけてくる饅頭屋の宣伝みたいな事言うんじゃありません!
ゴブリンの耳ごときでドライド達を丸め込めるなら安上がりどころかほとんどタダだ。
「分かった。それで、アキラは来ると思うか?」
「来るな。この規模の斥候を二回も送ってきたんだ。本気でこの村を取りにきていると考えられる。それに、斥候がやられた程度で逃げ出したら、リーダークラスの求心力がガタ落ちになって手下が言う事を聞かなくなるだろうしな」
「ふむ。理に叶っているな。分かった。朝まで警戒しておこう」
徹夜は慣れているが、俺としてはさっさと帰りたい。
ま、そんな事にはならないだろう。
甘く見てはいけない。我慢の効かなくなったゴブの行動力を。
果たして、ゴブの集団が段々と拡がりながらこちらに向かって動き始めた。
ん? ゴブ同士の距離が更に開いていくな。こちらを半包囲する気か?
こちらが少人数なのを知っていなければ出来ない判断だ。
これはコイツらに入知恵したのがいるな、って、あの2人しかいないか。
あの2人なら、この村の警備をしているのがドライド達のパーティーだと知っている。
後の誤魔化しが面倒だが、一発デカイので削るか。森も半壊させてしまうが、コブに蹂躙される事を考えたらマシだとおもって諦めてもらう。
「ドライド、索敵に反応。数凡そ60。かなり拡がってるな。こちらを半包囲する気のようだ。これだと【ブリザードエッジ】程度の効果範囲では効果が薄いかもしれない」
「何!? 何故ゴブリンごときがそんな戦術を採れる!?」
「いるんだろう。後ろに、誰かが。ゴブリンだってリーダークラスならバカじゃない。相手が1パーティー6人程度で機動力が然程ないと知れば、この程度の戦術くらいは用いるだろうさ」
「……つまり、アキラの言っていた事は本当だと?」
「勿論、違う可能性はある。だが、足元を掬われない為にも、頭の片隅には入れておくべきなんじゃないか?」
「アキラの言う通りだと思うわ。注意しておく事は大切だと思う。少なくとも、戦術の知識がある相手なのは確かなのだから」
ナイスフォローだ、フィーア。こっちの意図を理解してくれる人間がいると助かる。
「それで、具体的にはどうするつもり? 私も上級魔術を使った方がいいかしら?」
「いや、アンタ達は予定通りの迎撃を頼む。先に俺がとっておきのヤツで削っておく。ただ、コイツは物凄い力で周りの奴等を吸い寄せるから、前衛は絶対に前に出ないでくれ。効果範囲に引きずり込まれたら確実に死ぬぞ?」
『『「一体どんな魔術使う気よ!?」』』
通信の2人と目の前のフィーアがハモっている。仲いいな。
「効果範囲を強烈に冷却するヤツだ。そこにある全てのモノが一瞬で凍り付く程のな。使う前に合図を送る。とにかく、アンタ達は自分達と村の安全を最優先にしてくれ。それじゃ、また後でな」
「ちょ、ちょっと!?」
これ以上時間を取られるとゴブ共が更に散開してしまう。ちょっと強引に話を打ち切ってドライド達から距離を取るべく走る。勿論、彼らが見ているから通常の膂力でだ。
走りながら小声で3人に呼び掛ける。
「さて、講義の続きだ。まずはアイ、この世にあるモノは何で出来ている? その種類は? ホントに初歩の事だが、シアも聞いてるしな」
さてさて、ちゃんと答えられるかな? ま、無理だと思うが。
『それは簡単ね。この世の全ては
『うんうん。魔術士じゃなくても基本よね』
そう答えるだろうな。あんな魔術を使ってるようじゃ。
「前半は正解だが、後半は間違っている。
元素周期表をシステムから呼び出して3人のマイズに送る。
『うそ……こんなに……?』
『これって、ホントに……?』
『ほえ?』
シアの反応は仕方ない。教育なんて受けてないだろうしな。
「前に言っただろう? 勉強不足なだけだと。で、だ。モノを細かく分けていくと、この元素の種類に別れる訳だが、その元素一粒の事を
『え? え? 熱くなるのは火属性で冷たくなるのは水属性じゃ……』
「という"幻想"を無理矢理具現化しているから無駄に魔力を消耗する事になるし、効果を想像する為に長ったらしい呪文詠唱が必要になる。現実の現象に基づいた具現化をすれば、少ない魔力、無詠唱で効果的に魔術が発動出来る。だから、ちゃんと勉強すれば誰でも使える。ちなみに、現実の現象を魔力で起こすのが"魔術"で、アイ達が使う、幻想や想像を具現化するのが"魔法"。だから、この世界で使われているのは"魔術"ではなく"魔法"だ」
『『……』』
アイとスノウは絶句しているな。
無理もないか。今まで正しいと信じていた事を間違っていると言われれば。
『ほええぇぇ!』
シア、君はどこかの魔法カード集めをしている女子小学生かな?
3人と話している内に目標地点に到達。すかさず
「今からぶっ放す! 注意してくれ!」
『え、遠話の魔術!? 貴方……』
フィーアが何か言いかけていたが、忙しいので
ちなみに
「さぁ、よく見ておけよ。やる事は単純。
マイズの補正と強化された視覚で視認出来るぎりぎりの森の中に効果範囲の中心点を取り魔術を発動。
マイズが示す温度の値が見る見る下がる。
マイナス183℃を下回った辺りで、効果範囲に向かって強烈な風が吹き始めた。酸素が液化し始めたせいで範囲内が減圧された為だ。
更に温度が低下し、マイナス196℃を切ると風は更に強くなる。窒素すら液化して範囲内は真空に近い。
周辺の木や石、そしてゴブリンが、効果範囲に飛び込み、真空場で破裂する前に瞬く間に凍結。
そして吸い寄せられた他の物体と衝突し、ガラスの様に砕け散る。
そもそもの効果範囲は半径20mに設定しているが、強烈な吸引効果の為に森がどんどん禿げていく。
そしてこいつにはもう一つ副次効果がある。それをドライド達に伝えて備えてもらわないとな。
「ドライド! 今度は今までとは逆に衝撃波が来る! 中衛、後衛を護るように防御態勢を! 早く!」
3秒待ってから魔術を解除する。その瞬間……
ドンッ!!
魔術の効果範囲だった場所を中心に炎を伴わない爆発が起こる。魔術の解除によって温度が元に戻り、液化した空気が急激に沸騰、蒸発、それが爆発したのだ。
俺なら能力で見えるとはいえ、爆心地は森の中。木々があるお蔭で村に被害が出ない程度に威力は減衰される。
センサーで確認すると、ゴブ共の数は15、6匹程度になっていた。そしてその生き残り共は、村とは別の方向に移動していく。流石に恐れをなしたようだ。後でサクッと潰しておこう。
俺は槍の先に魔術で灯りをともすと、ドライド達の方へ歩いていく。
と、ドライド達の方から何かが急速接近。それは両の腕を伸ばし俺の襟首をガシッと掴むと、顔を触れ合わんばかりに近付けて俺に言った。
「私にもあの魔術教えなさい!!」
あーー絶対こうなると思ったんだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます