陰影

子餡

陰影

 その日は雲一つない快晴だった。


 今年もマラソン大会の時期が近づいてきた。黒川くろかわ いつきの通う高校では1月中旬に行われる10kmのマラソン大会に向けて、体育の授業では長距離走が行われる。授業が始まり、準備体操を終えれば、チャイムが鳴る5分前まで走らされる。2クラス合同で行われる体育では、40人近くの生徒が同じトラックを並走する。当然のようにサボる者が現れる。樹もその中の一人であった。同じくサボる灰島はいじま けいが樹に声をかける。


 「なー、樹。あの藤棚の下で座ってる奴知ってる?」


 圭は監督する体育教師にバレない程度に速度を落して樹の横に並んだ。樹はチラッと藤棚の方に目をやる。藤棚の下には確かに樹らと同じ体操服を着た生徒が座っていた。


 「知らない。別クラスの奴だろ?話したこともないし。」


 そう言って、樹は視線を進行方向に戻した。


 「俺もそうなんだけどさ、……あいつ何で休んでんだろうな?」


 体操服なのにランニングに参加していないということは、何らかの事情で体育を見学しているのだろう。


 「さぁ?怪我でもしてんじゃない?」


 「……そうかなぁ。まぁ、そうか。そんなもんか。」


 圭は口ではそう言いつつも、なんだか煮え切らない様子だ。しばらくしてから圭は、もう一度、樹に声をかけた。


 「いやさぁ、噂でさ、噂で聞いただけなんだけどさ。」


 圭は口ごもってから恥ずかしそうに続ける。


 「この学校には、なにやら生徒がいるんだって。」


 圭は少し興奮した様子で樹の反応に期待をしている。


 「へぇ。」


 樹の相槌からその話に興味がないことは明らかだった。


 「あいつ、そうなんじゃないか?ほら、今も藤棚で影が隠れてあるのかどうか分からないようになってるし。」


 「そんなわけ」


 そんなわけない、と樹が言おうしたところで


 「黒川、灰島、喋ってないでちゃんと走れー!」


 と監督していた体育教師から横やりが入った。

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