一日目

始まりの朝



 その年、世界中で謎の異常気象が発生されたというニュースが昼間に流れた。


 砂漠では何日も雨が降り続け、某国の世界的大都市で観測史上最大の竜巻が発生し、南極の気温が一時的に日本と同じ温度になるなど学者たちがこれまでに築き上げた目と知識を疑わせるよな事実が、少し遅めの昼食を取る俺の耳に入って来たのだ。


 が、興味がない。こちとら昨日の四時半まで購入したばかりのゲームを完全にクリアするために熱中し続けているためまだまだ眠いのだ。時間にして二時近くを回っている時計をしり目に昨日の残ったごはんとおかずで腹を満たしたら二度寝。起きたら夕方ごろというのが、普段通りの俺の休日である。


 遅くまでゲーム? 大丈夫さ、次の日は月曜日。明日が学校ならさすがの俺でもちゃんとしっかり起きる。


「現地で調査されている研究者によれば――」


 神妙な顔つきで語る学者だかリポーターだかは渡された資料を手に持ってスタジオ内で読み上げる。話している内容については俺はさっぱりだし、聞いたこともない単語が飛び交っているのだからまったく理解できない。


 まぁ、脳が疲れてるし容量を割きたくないと言う気持ちもあるのは確かである。


「――このような自然現象が起こるには予兆ともなる現象が起きるはずなのです。それも、数年ほどの時間を挟みながら徐々に徐々に変わっていくはずが……それなのに、何の前触れもなく経った数日ほどで南極が温帯ほどの気温に変わってしまうなんてありえない……」


 テレビに出演している学者らしき初老の男は運んできたホワイトボードに数値化されたグラフをカメラに写そうとする。円グラフだの棒グラフだのには国ごとの気温や気候、変化が起こる前の環境の変化の違いがしっかりと描かれている。


 ふいに窓の方へと目を向けた。今日は晴れ日和。暖かな春の陽光が降り注ぎ、のんびりとした一日を約束してくれた。気持ちのいい二度寝を迎えられそうだ。


 ……ところで最近、俺が読み進めている漫画の最新刊の発売日はいつだったろうか。普段は週刊誌なんてかさばるだけだから買わないので、いつもは単行本が出るのを待つことが多いのだ。話の続きが気になると数か月先の楽しみが出来ると同時にネタバレを食らわないための毎日、これが楽しい。


 気づけばテレビの方はCMを挟み、例のニュース番組は終わっていた。特に俺の興味や好奇心を刺激しない、つまらない内容だから聞き逃しても後悔はなかった。


 それに、どうせあんな番組誰も見るわけがないんだ。確かにここの所、異常な気象が良く見られると話を聞くし、現地の方では災害に巻き込まれた人が何百人と命を落としている。


 ……それで、俺に何をしろというのだろうか。


 向こうの方では命がけの危機が訪れているのかもしれない。けど、それはテレビの向こうの、海の向こうの、さらにもっと先のほうで起きている遠い世界での出来事でしかない。実感を伴わぬ事実なぞ、俺にとっては空想と何も変わらない。


 命を落としていく者たちに対して心が痛まないわけじゃない。だけど、気にしたところで俺がやれるのは町中やコンビニでの募金が限界であり、全力を出せる部分は懐を痛めて万札を出してやれることくらいだ。


 なにより、命を落としかねない命がけの場所であろうとヒトはどこにいても死ぬ。それは”俺だって”ずっと前から知っているのだから。


 二階にある仏壇の事を思い出した。もう使われていないある人の部屋。もう会う事も触れることもできない自分の父親。


「……眠れなくなったな」


 寝ぼけていた頭が回転率を上げたがために休めなくなったみたいだ。休日は寝て過ごして、夜に起きてゲームやって時間を潰すモノだと思っていたのにこれでは健康優良児みたいだ。


 母さんはいまごろ買い物に行ってる頃だ。母親と二人暮らしの家だと、とても広く感じられる。



 ここは静かな”地方都市”。自転車で十分ほどにある駅ビル周辺は栄えてるがそれ以外の場所は田園地帯と山がある田舎町だ。


 警察署、病院、さびれた商店街と大勢の若者と客を奪った大型ショッピングモール。探そうとしてネットでマップ検索すれば腐るほどの写真を見れる、この街並みが俺はそこそこ好きだった。俺はそんな田舎町で母親と暮らしている普通の高校生だ。


 テレビの向こうの事情は遠い世界の出来事で、俺にとってはまったくの無関係だ。我が家に訪れた悲劇は父親が”事故”で亡くなったことだけで、あとは普通の少年――”ヒラナリ・アキ”。それが俺だ。


 だって、そうじゃないか。俺は平凡な暮らしを望んでいて、この町の中で成長して、遠い場所へは旅行の時くらいに行くときだけ。自身に背負うことは個人的な範囲だけのはずだ。


 はず、だったのだ。


 一つの曇りもない空が、不気味なほどに晴れ渡る。


 俺は家を出た。もう、二度と訪れる事のない玄関を後にして。


 

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