第6話 屍人の街の屍姫 中編

 冒険者ギルドで情報を取り損なった俺は、ギルドが立ち並ぶ西通りから中央広場を抜けて、そのまま東通りに向かった。人族領内の流通品は主に東から来る為、バザーは東通りが一番賑わう。ここで少しでも情報を得ようという訳だ。


「おやっさん、2本くれ」

「はいよぉ! ちょっと待ってくれ!」


 ナラクド川で獲れた魚を串に刺して炭火でじっくり焼き、注文を受けると魚醤ベースのタレにドボンと浸けて、仕上げにカリッと焼く。魚醤の焦げた匂いが食欲をそそる一品だ。


「はいお待ちっ! 2銀貨だ!」


 銀貨は人族領で最も一般的に使われている貨幣だ。この魚の串焼きが銀貨1枚、川の水面亭の宿代が1泊2食付きで40銀貨。枚数が増えると重いし嵩張るから、100銀貨を1金貨に両替して持ち歩くのが普通だ。


「ありがとな。ところでおやっさん、俺は今日、この街に来たんだが、何でも夜な夜な屍人が彷徨うろつくとか。俺もこういう立場だから、解決に協力したいんだが、話を聞かせてもらっていいか?」


 串焼きを受け取りつつ、腕輪をチラ見せして協力を仰ぐ。一般人から見れば、腕輪をしているのは冒険者という認識だ。


「にぃちゃん冒険者か? オレに分かる事なら教えるぜ!」

「屍人って、どの辺りで出てるんだ? 街区程度でいいから、知ってたら教えてくれ」


 この街は中央広場から北西、北東、南東、南西に向かって壁が作られていて、西街区、北街区、東街区、南街区に別れている。こういう構造になっているのは、橋のあった西から魔族が攻めてきた時に対処しやすくする為だったが、現在いまは橋がないから、只の名物と化している。


「オレの聞いた話じゃあ、北、東、南で見たって事だったぜ」


 川に近い西街区で出てない? ギルド関係は西街区にあるから、早々に殲滅される事を避けたのか? それとも別に理由があるのか?

 そういえば、フェラウノス商会の支店も西街区だったな。

 そして、街中で出た汚水を処理する地下施設も西街区だ。あそこなら、川から泥を運び込んで溜めておけるし、地下だから目立たない。

 水棲屍人を召喚しているのはそこだとして、問題はレイラが何処から何時、そこに赴いているかだ。

 普通なら、いない間にそこに潜んでおいて、レイラが来たら救出するという手もあるが、今回に関しては良い手とは言えない。

 地下施設というのは、守りに易く攻めに難い。出入り口が限られているから、見張るのが容易で、通路が狭い為に守備用の戦力を集中させ易い。特に今回は下水道だ。水棲の魔物を召喚すれば、水路がある分、守備側が圧倒的に有利だ。

 恐らく、エスペラルが言っていた消息不明のパーティーは、俺と同じように汚水処理場に当たりを付け、無謀にも下水道に侵入したのだろう。

 先に、「別に理由が」と言ったが、理由の1つは冒険者の数を減らす事だろう。この街を橋頭堡として確保するのに、冒険者は間違いなく邪魔になる。

 まぁ、他の冒険者の事はどうでもいい。俺が助けたいのはレイラだけだ。

 闇属性の魔法を使う以上、召喚を行っているのは夜。

 夜にレイラとその監視役が街を彷徨うろついていたら、見回りの衛士や冒険者に見咎められるだろうから、移動は下水道の通路。

 主だった出入り口は監視されているだろうから、それ以外のところから侵入、脱出するとして、さて、何処がいいか……

 ギルド等の公共の建物や大きい屋敷等は、地下室から下水道に出られるようになっている。廃棄物を投棄する為だ。

 勿論、下水道から侵入されない為に、頑丈な鉄格子の扉と、これまた頑丈な鉄の扉の二重扉になっていて、鉄格子と鉄扉の間のとろこまで水路が引き込んであり、そこに廃棄物を投棄する。当然、鉄格子は水路の中にまで達しているから、水路を潜って侵入する事も出来ないし、鉄格子は魔法で補強してあるから、錆びたり朽ちたりしない。

 うーん、俺が出入り出来そうな所で、下水道に繋がっている建物か。ギルドや商会の支店は論外として、他には……

 旅で使った消耗品や薬の材料を買いつつ、他の店でも話を聞くが、情報としてはほぼ同じだった。やはり西街区だけ出ていないようだ。

 そうこうしている内に日も傾き、バザーの出店もそそくさと店仕舞いを始めた。遅くなって屍人に出くわすのは避けたいのだろう。

 取り敢えず、俺も宿に戻るか。動くなら夜だからな。


◇◇◇


「ここが、レック・セラータがよく逗留しているという宿です」

「へぇ……もっと安っぽくて小汚いところかと思っていたけど、案外いい宿じゃない」

「あの、ギルド長、例え褒めていたとしても、店の前でそのような事を言われない方がよろしいかと」

「うっ……そうね。入ってみましょう」


 扉を潜ると目の前にカウンターがあった。そしてそのすぐ隣が食堂。今からちょうど夕食時だから、ちらほら客の姿も見える。至って普通の宿屋だ。


「いらっしゃい! 食事かい? それとも泊りかい?」


 宿の主人らしき女性が現れた。はきはきした感じのする中年女性だ。言葉遣いは丁寧とは言えないが、嫌な感じはしない。寧ろ親しみやすさを感じる。貴族が宿泊する高級宿ではないのだから、このくらいが丁度良いのだろう。


「私達は冒険者ギルドの者です。こちらにお泊りのレック・セラータ殿に用向きがありやってきた次第です。お取次ぎ願いたいのですが」

「あぁ、ギルドの人かい。レックはまだ出掛けたっきり戻ってないねぇ。夕食までには戻るって言ってたから、もうすぐ戻ってくるんじゃないかい?」


 あたしが答える前に、アドルが率先して宿の主人と話してくれている。頼りになるわ。


「そうですか…… それでは、食事でもしながら待たせてもらいましょう」

「え? 食事!? あたし達、レックに謝罪しに来たのよね?」


 あたしが情報を出し渋ったせいでレックが足で情報を集めてる時に?


「ですがギルド長、これから混むであろう食堂に、何もなしで居座るのはどうかと。丁度夕食時ですし、食事も済ませてしまいましょう」


 確かに、謝りに来ておいて、相手先に迷惑掛けていたら本末転倒ね。


「なるほど。そうね、分かったわ。ご主人、あたしと彼、2人分、席と食事をお願いしてもよろしいかしら?」

「もちろん! レックはいつもカウンターの一番奥に座るから、その隣2つでどうだい? レックが戻ってきたら、話もしやすいだろう? それと、"ご主人"はやめとくれ。そんな上等なもんじゃないさ。みんなは"おかみさん"と呼んでくれるからそれで頼むよ」

「心遣い感謝します、えぇと、おかみさん」

「あいよ! それで、日替わり定食でいいかい? 肉と魚があるけど、どっちがいい?」

「へぇ、選べるなんていいわね。じゃあ、あたしは魚で」

「僕は肉でお願いします」

「あいよ! 魚定食に肉定食ね! この葡萄酒も定食とセットだから、これでも飲んで少し待っててな!」


 なんと! 葡萄酒まで付くとな! かなり大きい木のカップで出されてきた葡萄酒。これ、結構値段張るんじゃ……

 飲んでみると少し薄い……あぁ、水代わりのやつね。生水は当たったりするから、お酒を水で割ったものを出すのが普通だ。でも、ストレートのものよりは安いとはいえ、タダで出せる程安くもない。


「はい! お待ち! 魚定食と肉定食ね! お代は1セット銀貨3枚ね!」

「うそっ!? 安っ!!」


 定食の内容は、黒パン4切れ、野菜のシチュー、魚の焼き物、刻んだ野菜の酢漬け、そして、葡萄酒の水割り。これだけ頼むとギルドの食堂じゃ5銀貨はする。


「おかみさん、はいこれ。ギルド長の分も合わせて6枚」

「アドル! そのくらいあたしが出すわよ!」

「まぁまぁ、早く食べましょう。美味しそうですよ?」

「もう……後で返すわね」

「まいど! ゆっくりしてってね!」


 折角だし、食べてみよう。まずは、黒パンをシチューに浸してから、齧ってみる。うん、特に変わり映えしない黒パンだ。でも、シチューは、塩気がギルドのより大人しいけど野菜の旨味がたっぷり出ていて美味しい。冒険者は身体を使う事が多いから、味のはっきりしたものを好むし、ここのギルドは登録人数も多くて、食堂の回転も早い。その辺りがこの差なのだろう。あたしはこっちの方が好みかも。

 魚の焼き物はどうかな? うん! 美味しい! 皮はパリっと、身はホクホクしていて、塩の振り加減も絶妙ね! 量も充分にあって、これで3銀貨なら満足出来る。

 隣に誰か座って、「おかみさん、日替わり定食、肉で」と言ってた気がするけど、この美味しい食事が終わるまでスルーよ!

 夢中で食べ終わって、残しておいた葡萄酒の水割りで喉を潤してひと心地つく。うん、この店、贔屓にしよう!


「旨かっただろ? 旨くて安くて量もある。ここを知らない奴等は、人生随分損してるぜ」


 隣に座った誰かが話し掛けてくる。うん、全くその通りね。


「この値段なら気軽に来られて良いわよね。それでこの味なら満足よ。あたしも贔屓にさせてもらおうかしら」

「そいつは良かった。ところで、何か用か? 俺に」

「えっ?! あっ! レック!」


 食事に夢中になってたから、相手から言われて気付いた。レックが来るであろう席の隣に座らせてもらったのだから、隣に来たのは当然レックなのに……


「あああ、えぇと、さ、先程は、と、とんだ失礼を……」

「落ち着けって、エスペラル。別に怒ってないから。それで、何の用だ?」

「えぇと、さっき伝え損ねた情報を……」

「それならもういいぞ。大体掴んだ。それに、とっておきのを連れてきてくれたようだしな」

「えっ?!」


 どういう事?


「そいつ、アドル・クリストだよな? 10年前、俺はそいつに会った事がある」

「……」 


 へぇ、アドルって、レックと知り合いだったんだ……

 でも、レックに名前を呼ばれたアドルは何も答えない。


「それにしても、冒険者ギルトも随分頭が柔らかくなったもんだな。魔族を職員に迎えるなんて」

「え……?」


 レックの言っている事が頭に入って来ない。アドルが魔族?!


「俺が10年前にそいつに会ったのは、頭の上半分を抉り取られた死体としてだ。魔族領でな。流石の"姿喰らいドッペルゲンガー"も、経年変化までは再現出来ないか」


 レックの言葉に、ゆらりと立ち上がったアドル。その雰囲気が明らかに変わった。禍々しい魔力のようなものが撒き散らされている。


「アドル…… 嘘よね?! 嘘だと言ってよ!!」

「残念ですがギルト長、レック・セラータの言った事は本当です。私は魔人ドッペルゲンガーのアルクーア。さる高貴な御方の命により、人族の組織に潜入していたという訳です。それにしても、これ程あっさり見破られるとは……侮っていました。レック・セラータ、ここで消えてもらいましょう」


◆◆◆


 俺に正体を見破られたドッペルゲンガー・アルクーア。闇の魔力を駄々漏れさせて威嚇している。

 が、俺はこんなところでやり合うつもりはない。旨い飯を食ってるところだしな。


 ダンッ! ガッ!


治療術で身体強化を施し、立ち上がる姿も見せずに、こちらに向けて持ち上げていたアルクーアの右腕を掴む。俺の術に触れた闇の魔力が霧散した。


「なっ? バカな!? 俺の魔力が!!」

はやるな。俺には人族と魔族の争いなんてどうでもいい。別にお前が何処で何をしてようが知ったこっちゃない。だがな、俺の知り合いに手を出すなら……」


 言葉を切り、相手の目を見て言い放つ。


「潰すぞ」

「ぐ…… あ…… これが、レック・セラータ…… 成る程、名だたる上位魔族がこぞってお前に手を出すなと言っていた意味がよく分かった……」

「エルラウラに伝えろ。『お前の思い入れのある場所で待っている。レイラを連れてこい』と。お前への用はそれだけだ。分かったらさっさと行け」

「くっ……」

 

 アルクーアは苦々しそうな表情を浮かべながら、店の外へと飛び出して行った。どうせ俺が動いてる事が知られていたのなら、手っ取り早くレイラを救出させてもらうとしよう。

 食事を再開しようとして、茫然自失で椅子に座り込んでいるエスペラルが目に入った。

 肩に手を置くと、ビクンっと身体を震わせてから、泣きそうな顔で俺の方に振り返った。

 仕方ねぇなぁ……


「ドッペルゲンガーは、魔力がそれなりに見られるヤツでも判別は難しい。あんたはそっち方面は得意じゃないだろ? アイツもそれが分かってて、そういう相手しか顔を会わさないようにしていただろうしな。取り敢えず、報告義務があるだろうから、ギルト本部に連絡しておくんだ。その連絡の最後に、"レック・セラータが関与を始めた"と書いておけば、"静観しておけ"という指示が来るだけで済む。後は俺に任せておけばいい。分かったな?」


 エスペラルは無言で頷いた。


「それじゃ、ギルトに戻って報告書作ってこい。終わったら顔出すから」


 背中を軽く叩いてやると、エスペラルはおもむろに立ち上がり、とぼとぼと扉から出ていった。

 さて、俺もさっさと片付けに行くか。


「おかみさん、ちょっと出てくる。帰りは連れが一緒だと思うから、2人部屋に変えておいてくれ。これ、追加料金な」

「あいよ。 気を付けて行っといで」


 おかみさんにもう1人分の追加料金を渡して、俺は外へと向かった。


◇◇◇


「レック、来なかったわね……」


 リバイドの支店で会う約束をしてから今日が丁度2週間。レックは約束を違える人ではないから、この街には着いている筈。それが会いに来ないとなると、屍人の件でワタシの関与に気付いたという事だ。恐らく、情報を集めて、事実関係を確認しているところだろう。

 レックの名前は、良くも悪くも種族問わずに知れ渡っている。レックが現れたと知れば、叔母様も、その後ろにいる黒幕も、最大限警戒する。だから、敢えてここに姿を見せずに情報を集めてる。


 トントントン


 扉がノックされた。ここは商会の支配人室だから、支配人の顔で対応する。


「はい、どうぞ」


 ガチャリ


「私よ、レイラ」


 扉を開けて入ってきたのは叔母様だった。今日はやけに早い。召喚は基本的に闇の力が最も強くなる真夜中。今はまだ宵の口。


「レック・セラータが現れたわ。冒険者ギルトに忍ばせた部下からの報告よ」


 叔母様、ギルトにまで潜入させてたのね。用意のいい事で。


「何処まで把握したのか確認する為にレック・セラータの逗留している宿に向かわせたら、あっさり正体を見破られて、言伝渡されて逃げ帰ってきたわ。『私の思い入れのある場所へ、貴女を連れて来い』ですって。良かったわねぇ。レック・セラータが貴女の為に動いてくれてるわよ?」

「そう……ですか」


 そっけない言葉で答えておく。内心は飛び上がらんばかりに嬉しいけど。

 でも、結局レックを巻き込んでしまった。こんなつまらない事でレックに迷惑を掛けたくないのに……


「それでね、貴女にもあとちょっと働いてもらうわ。これが終わったら解放してあげる」

「……それで、ワタシに何させる気なんです?」

「簡単よ。レック・セラータを倒してもらうわ。貴女の手でね」

「出来る訳ないじゃないですか! 気持ち的にも能力的にも!!」


 叔母様だって、レックに手を出したお馬鹿さんがどうなったのか、報告や噂で聞いてる筈。そしてワタシがレックに刃を向ける訳ない事も重々知ってる筈。


「貴女の意思なんて関係ないのよ。どうせ意思なんて無くなるのだから」


 ワタシに向かって手を翳した叔母様の眼が怪しく光る。まさか……!!


「やめて!! ワタシは!!」

「ウフフフ! 永劫とこしえの闇にいだかれて眠りなさいレイラ!」

「イヤッ!! ワタシは…… レック…… 来ちゃ…… ダメ……」


 そしてワタシの意識は闇へと……


◆◆◆


 川の水面亭を出た俺は、西街区のとある場所に来ていた。

 旧領事館。20年前の騒動の舞台となった場所。

 魔族に対する戦意高揚為に残されていて、落ちた橋と共にこの街の観光名所となっている。

 エルラウラも、姉のメルキアニアと共に侍従として同行していて、この騒動に巻き込まれていた。

 騒動自体は姉の機転で事なきを得たのだが、そこにある疑問が残った。

 "賊はどうやって領事館に侵入したのか?"

 重要人物の集まる会談だ。警備は考えつく限り厳重なものだった。

 それを易々とすり抜けられた。考えられるのは内部の手引き。

 メルキアニアやエルラウラも容疑者として取り調べられたが、 事件が起きたのが丁度食事の時間中で、2人共給仕として仕事をしていた為、早々に容疑者から外れた。

 結局、その容疑者は見つからず、人魔の争いが激化したこともあり、その件は棚上げになった。

 だが、実はエルラウラにはその間に5メニト(=5分)程の空白時間があったと聞いている。

 何故、そんな事を俺が知っているのか? それは、俺がメルキアニアから聞いたからだ。

 10年程前、俺が魔族領を旅していた頃、魔地民ダグヴェルクの長、ノスフェラウ家の当主が病に臥せっているという話を聞いた俺は、治療の為にメルキアニアの元を訪れた。

 人族など信用出来ないという周りの連中を実力で説得してメルキアニアを診察したところ、彼女の体調不良は病気などではなく、闇属性の魔法によるものだと判明した。闇属性魔法は魔地民の十八番おはこで、メルキアニアはその最も手練れの使い手だが、そのメルキアニアをしてそうとは悟らせなかったその術者の技量は相当なものだ。

 まぁでも当然、魔法は俺の治療術であっさり解除され、メルキアニアは元気を取り戻した。そして、その原因について心当たりを聞いたところ、さっきの話を聞いたのだ。

 自分への劣等感と妬み。それを一番感じているのは自分の妹だろう、と。

 エルラウラはあの事件の後、身体変異ポリモルフの魔法で肉体を変えて魔水民へと嫁ぎ、長の妻として魔水民を纏めていた。

 そして数年後、亡くなった夫を継いで長になった訳だ。

 この夫の死亡にもエルラウラの関与が疑われる部分があったが、脳筋種族の魔水民を丸め込むのは容易かっただろう。頭の切れる彼女なら。

 これで姉と同じ長の立場になった訳だから、満足したかと思いきや、更に劣等感に苛まれる事になる。種族の違いだ。

 魔地民に比べて魔水民の活躍出来る場所は少ない。水辺や水中なら、他の種族の追従を許さない高い能力を持つが、それ以外の場所ではからっきしだ。そして、魔地民は頭を使って動くのに対して、魔水民は脳筋だ。

 自然、総合的な評価は魔地民の方が上になる。

 要は、魔地民が汎用的なのに比べて、魔水民は局地的なのだ。

 水源という、生物にとって非常に重要な場所を押さえられるから、無用や無能扱いはされないが。

 そんな訳で、エルラウラは姉のメルキアニアを快く思っていないところがある。そこを利用されて、過激派の手引きをしたと考えられる。

 ノスフェラウ家の裏事情はこのくらいにするとして、そういう訳で、この街でエルラウラの思い入れのある場所となるとここにになる。

 で、何故俺がここを呼び出し場所に選んだのか? それはここに庭があって、夜なら人が近付かないからだ。

 ここなら多少の荒事になっても周りに及ぼす被害を少なく出来る。エルラウラが素直にレイラを解放してくれるのならそれはそれで構わないが、エルラウラの性格からしてそうはならないだろう。俺をその力で屈服させて、魔水民の地位向上に利用する筈だ。だったら、ここで相対して、後顧の憂いを絶っておいた方がレイラの為にもいいだろう。

 だからわざと相手に有利な場所に呼び出したのだ。剥き出しの地面があり、水場も近い。エルラウラはその力を十全に発揮できる。その状態で俺にやぶれれば、大人しくあっちに帰るだろう。

 問題はレイラをどう使ってくるかだ。ここまでお膳立てしてやった以上、連れて来ないという事はエルラウラの性格からしてないだろう。恐らく、魅了術で操って、俺を攻撃させてくると考えられる。

 それならまぁ、問題ない。どうせ属性魔法は無効化出来る。魅了術も、接触出来れば解除出来る。

 もし、レイラを人質にこちらの動きを封じようとしてきても、見える範囲にレイラがいるのなら問題ない。身体強化と縮地を併用すれば、相手が知覚するより早く接近し、レイラを救出出来る。

 さてと、2人が来るまで少し休憩させてもらうとするか。

 俺は強化した身体で玄関前のエントランスのひさしの上に飛び上がると、建物の壁に背を預けて座った。

 見上げると、オレンジから群青へと変わりつつある空に満天の星が瞬いている。今日はいい天気だ。

 そうだ。この騒ぎを終わらせたら、1週間くらいレイラに付き合ってやるか。俺のせいで迷惑掛けちまったしな。

 俺は来るべき戦いに備えて目を閉じた。


◇◇◇


 何も見えない……何も聞こえない……

 闇は魔地民にとって能力ちからの源。今まで恐いと思った事などなかった。

 だけど、今は恐怖しかない。ラウラ叔母様の傀儡呪によって精神こころを封印されたワタシは、ただただ闇の中、蹲る事しか出来ない。こうしてる間にも、叔母様はワタシの身体を使って、レックを嬲り殺しにしているかもしれない。それが何より恐かった。

 お願い……来ないで……レック……

 でも、彼はきっと来るだろう。

 レックは救うと決めた相手を絶対に見捨てない。

 お母様を治してくれた時も、館にいた並いる上位魔族を悉く捩じ伏せ、その治療に当たってくれた。

 そしてワタシは魅了された。治療中の真剣な眼差しに、治療が終わった後の優しげな眼差しに。

 他人ひとの為に、こんな眼差しを出来る人がいるんだと感激した。

 あの眼差しは、決して失くさせてはいけないもの。

 だから……だから、お願い! 来ないでレック!

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