第31話



 しかし、キレさせた当の指導員は、きょとんとしている。

 パルルの「マジかあの女」という呟きにも、いくらか同意せざるをえない。


「さっきから聞いてりゃちくしょうちくしょう! どう考えてもバカにしてんだろよ!?」

「いえ、してないですって。きりがないですし。本当、いっぱいいるんですから、あなたみたいなの」

「その言いかたもうやめてくれねえ!? クソがああああ傷ついた! ああよくわかったぜ、俺の実力を見せろっつーことでいいんだな!? 覚悟しやがれ!」

「え、ちょっとー。学園職員への暴力は、校則で禁じられていますよー?」

「ははん、だから女のくせしてズケズケ言ってくれたってわけだな!? 知ったこっちゃねえよ! さっさと免許よこしやがれ!」


 荒くれ男が殴りかかる。

 武器の使用を控えたのはギリギリの自制か、それともそんな必要もなく勝てると判断してしまった・・・・・・

 おしょさまっ、とパルルが声をあげるが――まあ、割って入る必要はないだろう。


「違いますよー」


 いっさい変化のない、のんびりした声とともに、荒くれ男の体が宙を舞った。

 べしゃっ、と教室の床にたたきつけられる。


 男の仲間だったのかそれとも勢いにつられてか、次々に襲いかかるE組生徒たちを、指導員はひらりひらりとかわした。

 のみならず、彼女が少し動くたびに、生徒たちが軽々と投げ飛ばされている。

 あっというまに、室内で立っているのは1人だけになった。


「私これでも、Aクラス勇者免許と、Sクラス格闘士免許持ってますからー」


 ぱんぱんとひざのほこりを払い、先生はやはり、幼子をあやすように笑った。


「ここ、本当にいろんな人が入学してきますからねー。王侯貴族の子息とか、王侯貴族本人とか、隠居した賢者さんなんかも生徒になりにくるんですよ」

「ば……ばか、っな……」

「盗賊団の親分さんでしたっけ? それもいましたよー、何人も。数万人のファミリー抱えてる人もいました」

「そ……そんなやつ、勇者に、すんなよ……」

「あなたが言いますかー。まあともかく、勇者適応度による組分け以外は、本当に何の区別も差別もない学校ってことですよ。まじめに授業を受けて卒業さえすれば免許をもらえる、というのも本当です。でもそのぶん、組分けはガチですからー」

「うう……」

「上のほうのクラスになると、縁魔界えんまかいでの実戦想定授業なんてのもあるんですよー? 指導員は当然、それを前提にした者ばかりです。だから、親分さんも安心して、授業をふぁいとふぁいとですよー」

「ちくしょお……なんか納得できねえ……!」


 む。

 涙する荒くれ男に、指導員は気を取られているようだが……

 教室の奥に投げ飛ばされた別の男が、ふところから免許を取り出している。


 勇者の仮免許か……、いいや。

 種類こそわからないが、あれは正規の免許だ。

 指導員を背後から狙っている。


「能書きばっかたれてんじゃねーぞ、このアマっ……!」


――スキル 『村人』 風ランク65+地ランク87+火ランク30

――擬似的顕現、雷攻技能・這電、


「<バチッとくるどころじゃない>」


 とっさに放った雷のスキルが、教室のドアを伝い、室内に入りこみ、床に沿ってはしって男を直撃した。

 全身をしびれさせたその手から、免許がコトリと落下する。


 よし。

 いや……よけいなお世話だったか?


「さ、退散しよう。いいものを見れた」

「お師匠さまっ、今のは魔法剣士スキル<ヴァイオレットライト>ですねっ」

「そうだ。魔法剣士には器用なスキルが多いからな。だがただのまねごとで、今のは」

「村人スキルだ!」

「セリフをとらないでくれ」


 貼り付いていたドアから離れ、そそくさと退散する。

 E組もなかなかたいへんだな。

 そのEよりさらに奥に教室があるFよりは、いくぶんマシかもしれないが。


「しかしお師匠さま、いいものとは? パルルにはアホの無様さしか見てとれませんでした」

「実を言うと俺も、この学園のシステムには引っかかりを感じているからな。まあ、そういうものかと割り切るつもりだったが、あの荒くれ者のおかげで指導員の教えを受けることができた」

「ああ、確かに。この学校も、いろいろ大変そうでしたねえ」

「まったくだ」


 国からの命令を遂行せねばならず、さりとてろくな人材が集まらない。

 ならば、やれと言われたことだけ忠実にやり、あとは手を出すこともしない。

 自己保身としては上等かもしれないが……〔勇〕からは遠い気もすることは、さて、言うまい。

 思いがあるなら、行動あるのみだ。


「ま、俺たちの授業はないわけだが」

「そういう意味でも、貴重な覗きでしたねえ」

「気づかれていたぞ、あの指導員殿にはな」

「あちゃー」


 それも含めて、なかなか楽しくなってきたじゃあないか。



**********



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