第17話



 さて。

 お茶を飲むほうも飲ませるほうも幸せそうでいいが、話も進めなくてはな。


「パルル。どうして真勇教を作ったんだ?」

「ふへぇ……お師匠さまが知りたいのなら、もちろんお話しいたしますですう」

「ああ。教えてくれ」

「お師匠さまのにおいって、お日さまのアレっていうか岩清水のアレっていうか、もうあの、アレですねえ~」

「わからんし、教えてくれ」

「ふひひひひお師匠さま……」


「勇者は嫌いでありますか?」


 語調を改めたセシエの言葉に、パルルは再び反応した。


「嫌いじゃないですよ。わたし……なりたかった、今でもなりたいものですもん。本物、には」

「本物。……それは?」

「存在自体が希少なはずの勇者が、どうして免許制度で大量生産されるようになったのか。お師匠さま、ご存じですか?」

「いいや。俺はほとんど、何も知らないも同然だ」

「そんなお師匠さまもなんだかキャワイイってパルル思っちゃいますうへへうへへへへへへ!」


 手に負えないとはこのことか。

 と、俺の頬にねじこまれるパルルの額の感触に、ただ沈黙していたのだが。


「100年ほど前です」


 思いのほか早めに正気を取り戻し、パルルは俺からやや体を離した。


「お師匠さまが『亡くなって』、ほんの10年も経たないうちでした……この人間界に、魔界からの大侵攻が行われたんです」

「魔界が……? ということは、俺の転生には110年ほどかかっていたのか? いや違うか、生後も合わせると、90年程度か」

「だと思います。今はもう、侵攻は撃退され、世の中は平和になってますです。けど……」


 目を伏せ、言いよどむパルルにかわって、


「思い出したであります!」


 パンとひざを打ち、セシエがうなずいた。

 どうでもいいが、いくら騎士とはいえ、女の子があぐらをかくのはいかがなものか。


「イルケシス……イルケシス〔勇〕家!! 大陸に国家数あれど、唯一この国にのみ存在した、勇者の称号を家の名そのものに冠する名家中の名家でありますな! 歴史の授業は大の苦手だったので、すっかり忘れていたであります」

「歴史の授業……存在、した・・?」

「はい……」


 ちらりとパルルに目をやってから、セシエは静かに言った。


「パルル殿の言っていた、100年前の魔界大侵攻。それにより、イルケシス家は……この世から消滅したのであります」


 消、め……


 なんだと。

 なにを、言っている?


「かつてないほど大規模の世界間戦争に、イルケシス家出身の勇者たちはみな軍の先頭に立ち、押し寄せる魔物の大群と戦って……人間界の営みは守り通したものの、1人残らず消えてしまったと。そう学んだであります……」


 全身を駆け巡る衝撃を、受け止めきることができなかった。

 イルケシスが……全滅?

 ばかな。


 あの家が……誰も彼もが勇者だった、あの家が。

 当然のように最強で、あまりにも力を持ちすぎるがゆえ、こぼれ落ちた俺のことを拾い上げようとすら考えなかったあの家が。

 大嫌いだった、勇者たちが……


 知らず、俺は胸元で、左手を握りしめていた。

 かつてはそこにあった物。片時もはなさず身につけていた物。

 転生宝珠。

 今はもう、ないけれど。


「母上……!」

「! レジード殿……」


 お師匠さま、とパルルが身を離した。

 整った顔を苦く引き締め、小さな頭を低くしている。


「このパルル、一生の不覚です。あの戦いのとき、わたしは……この世界に対して、何の役にも立てず。お師匠さまの生家をお守りすることはできずとも、せめて殉じることくらいはと思い、死力を尽くしたのですが……」

「よせ。……そうか。イルケシスは、もう、ないか」

「お師匠さま……!」

「この上、おまえまで失っていたら、転生した甲斐がないだろう。よく生きていてくれた」

「っ……、ふええええ」


 そしてまた抱きついてくるのか。難儀なやつだ。

 ふうー、と、ことのほか長く俺は吐息した。


 落ち着け。


 とうの昔に終わったこと……そう、すでに過去の歴史だ。

 そもそも、俺が転生に入ってから起きたこと。

 つまり、イルケシス家を出てからは、数十年が経過している。


 〔勇〕の恩恵を得た者は寿命を長らえさせることもあるが、母上がその大戦のときまで生きておられたとは考えづらい。

 きっと天寿を全うされたはずだ。きっと、きっとそうだ。

 それでも。


「そうか……魔界か。魔族か」


 人間族と折り合いが良かったことなどない、この世の薄皮1枚向こう側の住民ども。

 やつらがこちらの世界欲しさに起こした争いで、イルケシスは皆、死んだか……

 そうか。


 仇を討てる血筋は、俺だけだということだな。


 あの家は嫌いだった。

 俺を大事には思ってくれなかった。本当に家族と思えたのは母上だけ。

 血の繋がりをむしろ憎んだことなど、何度あったか覚えてもいない。

 あの家は嫌いだった。

 力と適性がすべてだった。それだけが絶対の価値で、圧倒的に強くて、大嫌いで……

 あこがれだった。いついかなるときでも、彼らはかっこよかった。

 あの家は嫌いだった。


 だが、あの家が。

 イルケシス〔勇〕家こそが。

 俺にとっての勇者だ!!


「ゆるさん」


 パルルの頭をなでながら、俺は決意をそっと呟きに乗せた。

 仇を討つ。いつか必ず。

 願わくば、真の勇者となりて。


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